「高虎と嘉明」紀行1 -高虎生誕の地-

10月 19日 木曜日

藤堂高虎は、弘治2(1556)年、近江国犬上郡藤堂村に藤堂虎高の子として生まれました。現在の地名では、滋賀県甲良(こうら)町在士(ざいし)にあたります。

琵琶湖の南を走る近江鉄道の尼子駅を降りて南東へ向かうと、そこが甲良町在士です。途中、出雲の戦国大名として有名な尼子氏の発祥地尼子城もあり、見所は豊富です。

江戸時代に編纂された藤堂家の歴史書『宗国史』によれば、当地には「城之内」と呼ばれる父・虎高が築いた構造物の遺構が残っていたといいます。現在、これに該当するとされる場所には、高虎出生地跡として小さな公園が整備されています。

出生地跡公園

少し北へ行くと、藤棚の美しい在士八幡神社が鎮座します。藤堂家の先祖藤堂景盛が応永年間(1394~1412)に京都石清水八幡宮から勧請したのが始まりと伝えられています。その時に藤も植えられたといわれ、現在は甲良町の天然記念物に指定されています。
江戸時代、当地は彦根藩井伊家の領地でしたが、藤堂家は歴代藩主が米を奉納するなど代々崇敬しました。

在士八幡神社

「高虎の道」と名付けられた小径を少し東へ散策すると、近年整備された高虎公園があります。中央の小さな池の中には、後部左右に大きく伸びた「纓(えい)」と呼ばれる装飾が印象的な、秀吉から拝領したとされる唐冠形兜をかぶる高虎の騎馬像が立っています。

高虎公園

現在当館で開催中の特別展では、「唐冠形兜」(伊賀市蔵)の実物を展示しています。

公園の入口には、徳川大坂城再築の時に藤堂家によって切り出されながらも未使用に終わったとされる巨石も据えられています。

高虎や藤堂家の痕跡が随所に残る甲良町在士、琵琶湖の東のこの地から高虎の出世の道は始まりました。

現在、愛媛県歴史文化博物館では、特別展「高虎と嘉明 -転換期の伊予と両雄-」を11月26日(日)まで開催しています。秋の行楽の季節、ぜひこの機会にご来場ください。

特別展の詳細はこちら

特別展図録『高虎と嘉明―転換期の伊予と両雄―』の刊行

10月 7日 土曜日

特別展「高虎と嘉明―転換期の伊予と両雄―」が開幕しましたが、展示内容を詳しく解説した特別展図録も完成しました。群雄割拠の戦国時代から、豊臣秀吉や徳川家康により天下が統一される時代。その時代の転換期に生き、伊予の近世の礎を築いた二人の生涯を、関連資料の図版満載で紹介しています。

最新の研究成果を盛り込んだ論考も6本掲載しています。A4版135頁、1500円でミュージアムショップにて販売しておりますので、ぜひご覧ください。

高虎と嘉明―転換期の伊予と両雄― 2017年9月30日発行 A4版135頁

図版
[プロローグ] 藤堂高虎/加藤嘉明
[いくさの世] 秀吉のもとで/家康のもとで/豊臣から徳川へ
[太平にむけて] 伊予の知行/城・町の建設/村方の整備/寺社の保護/伊予八藩
[エピローグ] 国替

論考
武田和昭「資料紹介 木造阿弥陀如来立像 一躯」
西村直人「伊予松山城跡から出土した加藤期の陶磁器と瓦」
藤本誉博「関ヶ原合戦後の越智郡の知行配分について」
井上 淳「初期今治城絵図に関する一考察」
山内治朋「藤堂南予支配における田中林斎と灘城代藤堂良勝」
山内治朋「近世初頭伊予に見る「重判」文書」

項目解説・図版解説
図版目録
主要参考文献

図録は郵送で取り寄せることもできます。
詳しくはこちらをご覧ください。

中国四国名所旧跡図34 阿州鶴ノ奧之院灌頂寺(慈眼寺)

10月 5日 木曜日

灌頂ヶ滝を谷越しに見ることができる場所には、不動堂があった。西丈が描く絵にも、前の道沿いに小さな建物が描かれているので、これが不動堂であろう。46番浄瑠璃寺から遍路に出た英仙本明の「海南四州紀行」には、灌頂ケ滝の箇所に「此方ニ堂アリ、茅屋疏ナリ、一間半ニ二間不動木像坐ス」と記している。そこから少し登って橋を渡り、くねくね曲がる道を一丁ごとに設けられた丁石を辿るように800メートルほど登って行くと、20番鶴林寺の奧の院、慈眼寺に到着する。西丈は慈眼寺のことを、灌頂ケ滝に因んで灌頂寺と記している。

石灰岩質の奇怪な岩を背景に、曲り家の草屋が2棟。文化元(1804)年の「海南四州紀行」は、「寺鍵作、茅屋麗ナリ」と記すが、鍵作とは曲り家のことをいうので、西丈の絵と一致する。そのうちの左側の1棟に向かい、袈裟を着た僧侶と随者が歩いている。草屋には、山から樋を伝って水を引いていた様子も描かれている。おそらく左側が本堂と思われるが、そこには本尊の大師作とされる十一面観音、不動尊が安置されていた。人里離れた山中のためか、松浦武四郎の「四国遍路道中雑誌」には、「行暮候節は止宿をゆるす」と記されている。

歴博・秋の企画展示開幕!

9月 30日 土曜日

愛顔つなぐえひめ国体が、本日9月30日(土)から開幕しますが、歴博でも本日から秋の企画展示がスタートします。

特別展は、「高虎と嘉明」。ともに秀吉に見出され、朝鮮出兵にも参加し、同じ年に伊予の大名になり、関ヶ原の戦では家康方について、それぞれ加増され、伊予の国を折半して治めるようになります。藤堂高虎は、宇和島、今治で城をつくり、加藤嘉明は松山城を築いたことで有名ですが、その生涯となると意外と知らない方も多いのではないでしょうか。

今回の展示では、高虎が転封となった伊勢の津藩や、加藤家が幕末まで治めた近江・水口藩ゆかりの資料をはじめ、賤ヶ岳の戦や関ヶ原の戦を描いた屏風、秀吉や家康から出された書状など、県外からも関係資料をお借りするほか、最近発見された今治の城下図など、盛りだくさんの資料で、当時の伊予の姿をたどっています。

文書展示室では、えひめ国体の相撲競技が、西予市野村の乙亥会館で10月6~8日に開催されることにちなんで「相撲の歴史と民俗」というテーマ展を開催しています。南予地方は子どもによる相撲練はじめ相撲にまつわる行事が多いようです。それが、初代朝汐太郎や横綱・前田山、最近の玉春日などの強い力士を輩出した遠因かも。
江戸時代に活躍した新居浜大島出身の石槌島之助の足型や、松山の三津出身の陣幕嶋之助(雷電を倒したことで有名)の姿絵、相撲の起源などが書かれた古代の史料などもご覧ください。

考古展示室では、テーマ展「大型器台とその時代」を開催しています。今年、県の指定有形文化財となった大型器台を実物展示しています。

祭祀の際に使われたものと思われますが、まだ謎が多く残る大型器台。今回の展示では、大型化していく移り変わりや瀬戸内地域での広がりの様子などにもふれています。

それぞれの学芸員による力作ぞろいの秋の企画展示。えひめ国体の観戦ついでに、お立ち寄りいただければ幸いです。ちなみに10月1~3日は、西予球場ほかで成年女子のソフトボールが開催されます。ソフトボール界のレジェンド・上野由岐子投手も来県されるとのことです。

特別展「高虎と嘉明」の展示作業、始まりました

9月 22日 金曜日

特別展「高虎と嘉明」の資料の集荷が終わり、今日から展示作業が本格化。

まずは今回の展示を象徴する資料、藤堂高虎が豊臣秀吉から拝領したと伝えられる兜(伊賀市蔵)から展示をスタート。

秀吉が好んだ中国の冠を模した形状の兜で、唐冠形(とうかんなり)兜といいます。兜から突き出た纓(えい)と呼ばれる装飾は、片方だけで約85センチ。近付いてみると、その迫力が伝わってきます。展示室の入口付近に、観覧者をにらみつけるように展示していますので、ぜひその迫力を体感してみてください。

特別展の開幕は9月30日(土)。展示作業はまだまだ続きます。

中国四国名所旧跡図33 阿州灌頂瀧

9月 14日 木曜日

西丈は正規の札所よりも、そこから少し外れた奧之院や番外霊場を好んだのか、そうした所にも積極的に足を伸ばしている。19番札所立江寺を参拝した後も、20番札所の鶴林寺には直接行かず、奧之院の慈眼寺に向かっている。谷川に沿って歩き、山に入っていくと、谷を隔てた向こうに雄大な滝が西丈を迎えた。灌頂ヶ滝である。

勝浦川の支流、藤谷川の上流部にあり、落差約80メートル。付近は古生界の泥岩のほか、塩基性海底火山噴出物と石灰岩が分布しているが、西丈は墨をにじませながら、滝周辺の岩肌を巧みに表現している。このモノトーンの色調の中に、赤く燃え上がる火の玉。滝の半ばに浮かんで見える火の玉の正体は?

灌頂ヶ滝は、四国山地東部の旭ヶ丸(1020m)を中心とする山なみ南面の水を集めて落下しているが、滝の半ばで岩に当たり霧散するため、晴天で風が吹くと虹となって輝いた。この虹を人々は「不動尊のご来迎」と称して拝んでいた。西丈は左下に「不動御朱光」と記しており、不動尊を虹ではなく、赤い光の中に見出している。元禄2(1689)年刊の『四国遍礼霊場記』には、「天晴日移る時火焔たち、此時不動明王降臨あり、故に不動の滝ともいふ」と記す。西丈はまさしくこのイメージで灌頂ヶ滝を描いている。

西丈は滝に感動したのか、和歌を書き留めている。

くわん頂の瀧に旭かさせはとそ不動表われもおなし灌頂
朝にさす影に不動も行水のあまりに我も垢をそゝかん

また、あわせて「栗林子猷」という人物の句も書き留めている。

焔なる汗を灌ん瀧の水

中国四国名所旧跡図32 阿州長尾城村チル瀧

9月 7日 木曜日

大きな崖を勢いよく落下する滝。落ちた先でも急流となり、画面右から左へ流れ下っていく。その川縁に藁屋が2棟。対岸に渡すように真ん中が高くなった木の橋が架けられている。対岸には道が続いているようだ。

左上には「阿州長尾城村チル瀧」という文字が記されている。これを手がかりに、19番の立江寺から灌頂ヶ滝の間で探してみたが、長尾城村に該当する地名が見つからない。音でいうと「ナガオジョウ」。もしかすると那賀川下流北岸の中之庄村(阿南市)ではないかと考えてみたが、ほとんどが低地の穀倉地帯ので、西丈が描く景観と大きく異なる。

ルート上の滝といえば、立江寺の奧の院星谷寺に、岩窟のようになってところで、滝を裏側から見ることができる裏見の滝がある。文字情報と一致しないが、あるいは裏見の滝を描いたものであろうか。西丈の場合、旅日記が残されておらず、絵だけで読み解かないといけないので、特定できない絵が何枚かある。

資料紹介「聖戦必勝態勢昂揚」~テーマ展「戦時下に生きた人々」から~

8月 28日 月曜日

テーマ展「戦時下に生きた人々」ものこり一週間となりました。今日は最後に、「5 まだまだがんばれ、がまんしろ!」のコーナーで展示している「聖戦必勝漫画昂揚」を紹介します。
戦前の漫画界は、いくつものグループに分かれていました。例えば、「日本漫画会」(北沢楽天、岡本一平)、「漫画連盟」(麻生豊、宍戸左行)、「新漫画派集団」(杉浦幸雄、横山隆一)、日本漫画界系の若手集団「三光漫画スタジオ」(松下井知夫、根本進)、漫画連盟系の若手集団「新鋭漫画グループ」(秋好馨、南義郞)などがありました。しかし、昭和15(1940)年に第2次近衛内閣が新体制運動を表明して大政翼賛会がつくられると、政党だけではなく新聞や漫画なども統合されました。若手の三光派と新鋭派が「新漫画派集団」に合同を持ちかけたことで「新日本漫画家協会」が設立されました。そして、翌年にはベテランを含めた「日本漫画奉公会」となります。
本展では「日本漫画奉公会」(会長北沢楽天、副会長田中比左良、顧問岡本一平、幹事細木原青起)が描いた「聖戦必勝態勢昂揚」を展示しています。多くの子どもが入った風呂を沸かすお母さん(池田永一治)、防毒マスクをかぶっている女性(北沢楽天)、油の取れる蓖麻(ヒマ)という植物を植える少女(細木原青起)などが描かれています。本来、笑いや笑顔を引き出すはずの漫画家たちも、大政翼賛会の傘下にあっては、戦意を昂揚させ国民に苦しい生活を我慢させるものしか描くことができなかったのです。漫画家をとおしても本テーマ展が目的とした戦争の悲惨さと平和の大切さを感じ取ることができます。 
テーマ展は9月3日(日)まで開催しています。ぜひ、ご来館下さい。


防毒マスクをかぶっている女性(北沢楽天)


多くの子どもが入った風呂を沸かすお母さん(池田永一治)

資料紹介「千人力と血染めの鉢巻き」~テーマ展「戦時下に生きた人々」から~

8月 24日 木曜日

今日はテーマ展「戦時下に生きた人々」の中から、「4 飛べなかった特攻隊員」のコーナーで展示している「千人力」と「血染めの鉢巻き」を紹介します。
特攻隊とは、戦死を覚悟しての体当たり攻撃です。飛行機では「桜花」、潜水艦では「回天」、船艇では「震洋」などがありました。展示室では、学徒出陣で海軍に入った特攻隊員を紹介しています。この方は昭和20(1945)年8年10日に相模湾に来ることが予想されたアメリカ艦隊への特攻を命じられました。13~15日、千人力のジャケットと腹巻きを身につけ、血書の鉢巻きを巻いて、いつでも離陸できる態勢をとっていました。千人力とは千人針の赤い糸さえ無くなったため、「力」という文字を千個押したものです。そして、鉢巻きは、女性たちが小指を切って皿にためた赤い血で「桜花」と書いて贈ってくれたものでした。結局、アメリカ艦隊は相模湾に現れず、15日の終戦を迎えたのでした。
当時、特攻隊は英雄とみなされていました。この方は生きて終戦を迎えましたが、簡単に喜べるものではありませんでした。仲間たちは特攻で戦死したのに自分は生き残った、故郷に帰っても生きて帰った特攻隊員として世間の目は冷たかったそうです。兵士と言えば、海外で戦ったイメージがありますが、国内にこのような兵士がいたことを知ることも大切です。
テーマ展は9月3日(日)まで開催しています。ぜひ、ご来館下さい。


               千人力


               血書の鉢巻

「教員のための博物館の日 2017」開催報告

8月 22日 火曜日

オリエンテーション

8月18日(金)に今年も「教員のための博物館の日」を開催しました。参加者は遠くは高知県、東予地域からの方も居られ、小学校・中学校・高校・特別支援学校・図書館司書、社会教育施設職員と様々な学校・職種の方にご参加いただきました。
10時~16時までの長時間に亘り、常設展示室やバックヤードの見学、各種体験講座など非常に内容の濃いものでしたが、参加いただいた方のアンケートには「教員も博物館がより身近になる。」や「出前授業をお願いしたい。」という好感触のご意見が多数ありました。
この講座は、学校の先生方に博物館に足を運んでいただき、博物館のことをもっと知っていただく目的のものですが、担当した学芸員にとっても普段気付くことのない「博物館」を再認識することができました。

常設展示解説

博物館の裏側探検

昔のくらしと道具体験

綿から糸体験

土器や石器にふれてみよう

浮世絵を楽しむ

本事業は来年度も開催する予定です。今年参加できなかったという方も是非ご参加ください。

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