中国四国名所旧跡図33 阿州灌頂瀧

9月 14日 木曜日

西丈は正規の札所よりも、そこから少し外れた奧之院や番外霊場を好んだのか、そうした所にも積極的に足を伸ばしている。19番札所立江寺を参拝した後も、20番札所の鶴林寺には直接行かず、奧之院の慈眼寺に向かっている。谷川に沿って歩き、山に入っていくと、谷を隔てた向こうに雄大な滝が西丈を迎えた。灌頂ヶ滝である。

勝浦川の支流、藤谷川の上流部にあり、落差約80メートル。付近は古生界の泥岩のほか、塩基性海底火山噴出物と石灰岩が分布しているが、西丈は墨をにじませながら、滝周辺の岩肌を巧みに表現している。このモノトーンの色調の中に、赤く燃え上がる火の玉。滝の半ばに浮かんで見える火の玉の正体は?

灌頂ヶ滝は、四国山地東部の旭ヶ丸(1020m)を中心とする山なみ南面の水を集めて落下しているが、滝の半ばで岩に当たり霧散するため、晴天で風が吹くと虹となって輝いた。この虹を人々は「不動尊のご来迎」と称して拝んでいた。西丈は左下に「不動御朱光」と記しており、不動尊を虹ではなく、赤い光の中に見出している。元禄2(1689)年刊の『四国遍礼霊場記』には、「天晴日移る時火焔たち、此時不動明王降臨あり、故に不動の滝ともいふ」と記す。西丈はまさしくこのイメージで灌頂ヶ滝を描いている。

西丈は滝に感動したのか、和歌を書き留めている。

くわん頂の瀧に旭かさせはとそ不動表われもおなし灌頂
朝にさす影に不動も行水のあまりに我も垢をそゝかん

また、あわせて「栗林子猷」という人物の句も書き留めている。

焔なる汗を灌ん瀧の水

中国四国名所旧跡図32 阿州長尾城村チル瀧

9月 7日 木曜日

大きな崖を勢いよく落下する滝。落ちた先でも急流となり、画面右から左へ流れ下っていく。その川縁に藁屋が2棟。対岸に渡すように真ん中が高くなった木の橋が架けられている。対岸には道が続いているようだ。

左上には「阿州長尾城村チル瀧」という文字が記されている。これを手がかりに、19番の立江寺から灌頂ヶ滝の間で探してみたが、長尾城村に該当する地名が見つからない。音でいうと「ナガオジョウ」。もしかすると那賀川下流北岸の中之庄村(阿南市)ではないかと考えてみたが、ほとんどが低地の穀倉地帯ので、西丈が描く景観と大きく異なる。

ルート上の滝といえば、立江寺の奧の院星谷寺に、岩窟のようになってところで、滝を裏側から見ることができる裏見の滝がある。文字情報と一致しないが、あるいは裏見の滝を描いたものであろうか。西丈の場合、旅日記が残されておらず、絵だけで読み解かないといけないので、特定できない絵が何枚かある。

資料紹介「聖戦必勝態勢昂揚」~テーマ展「戦時下に生きた人々」から~

8月 28日 月曜日

テーマ展「戦時下に生きた人々」ものこり一週間となりました。今日は最後に、「5 まだまだがんばれ、がまんしろ!」のコーナーで展示している「聖戦必勝漫画昂揚」を紹介します。
戦前の漫画界は、いくつものグループに分かれていました。例えば、「日本漫画会」(北沢楽天、岡本一平)、「漫画連盟」(麻生豊、宍戸左行)、「新漫画派集団」(杉浦幸雄、横山隆一)、日本漫画界系の若手集団「三光漫画スタジオ」(松下井知夫、根本進)、漫画連盟系の若手集団「新鋭漫画グループ」(秋好馨、南義郞)などがありました。しかし、昭和15(1940)年に第2次近衛内閣が新体制運動を表明して大政翼賛会がつくられると、政党だけではなく新聞や漫画なども統合されました。若手の三光派と新鋭派が「新漫画派集団」に合同を持ちかけたことで「新日本漫画家協会」が設立されました。そして、翌年にはベテランを含めた「日本漫画奉公会」となります。
本展では「日本漫画奉公会」(会長北沢楽天、副会長田中比左良、顧問岡本一平、幹事細木原青起)が描いた「聖戦必勝態勢昂揚」を展示しています。多くの子どもが入った風呂を沸かすお母さん(池田永一治)、防毒マスクをかぶっている女性(北沢楽天)、油の取れる蓖麻(ヒマ)という植物を植える少女(細木原青起)などが描かれています。本来、笑いや笑顔を引き出すはずの漫画家たちも、大政翼賛会の傘下にあっては、戦意を昂揚させ国民に苦しい生活を我慢させるものしか描くことができなかったのです。漫画家をとおしても本テーマ展が目的とした戦争の悲惨さと平和の大切さを感じ取ることができます。 
テーマ展は9月3日(日)まで開催しています。ぜひ、ご来館下さい。


防毒マスクをかぶっている女性(北沢楽天)


多くの子どもが入った風呂を沸かすお母さん(池田永一治)

資料紹介「千人力と血染めの鉢巻き」~テーマ展「戦時下に生きた人々」から~

8月 24日 木曜日

今日はテーマ展「戦時下に生きた人々」の中から、「4 飛べなかった特攻隊員」のコーナーで展示している「千人力」と「血染めの鉢巻き」を紹介します。
特攻隊とは、戦死を覚悟しての体当たり攻撃です。飛行機では「桜花」、潜水艦では「回天」、船艇では「震洋」などがありました。展示室では、学徒出陣で海軍に入った特攻隊員を紹介しています。この方は昭和20(1945)年8年10日に相模湾に来ることが予想されたアメリカ艦隊への特攻を命じられました。13~15日、千人力のジャケットと腹巻きを身につけ、血書の鉢巻きを巻いて、いつでも離陸できる態勢をとっていました。千人力とは千人針の赤い糸さえ無くなったため、「力」という文字を千個押したものです。そして、鉢巻きは、女性たちが小指を切って皿にためた赤い血で「桜花」と書いて贈ってくれたものでした。結局、アメリカ艦隊は相模湾に現れず、15日の終戦を迎えたのでした。
当時、特攻隊は英雄とみなされていました。この方は生きて終戦を迎えましたが、簡単に喜べるものではありませんでした。仲間たちは特攻で戦死したのに自分は生き残った、故郷に帰っても生きて帰った特攻隊員として世間の目は冷たかったそうです。兵士と言えば、海外で戦ったイメージがありますが、国内にこのような兵士がいたことを知ることも大切です。
テーマ展は9月3日(日)まで開催しています。ぜひ、ご来館下さい。


               千人力


               血書の鉢巻

「教員のための博物館の日 2017」開催報告

8月 22日 火曜日

オリエンテーション

8月18日(金)に今年も「教員のための博物館の日」を開催しました。参加者は遠くは高知県、東予地域からの方も居られ、小学校・中学校・高校・特別支援学校・図書館司書、社会教育施設職員と様々な学校・職種の方にご参加いただきました。
10時~16時までの長時間に亘り、常設展示室やバックヤードの見学、各種体験講座など非常に内容の濃いものでしたが、参加いただいた方のアンケートには「教員も博物館がより身近になる。」や「出前授業をお願いしたい。」という好感触のご意見が多数ありました。
この講座は、学校の先生方に博物館に足を運んでいただき、博物館のことをもっと知っていただく目的のものですが、担当した学芸員にとっても普段気付くことのない「博物館」を再認識することができました。

常設展示解説

博物館の裏側探検

昔のくらしと道具体験

綿から糸体験

土器や石器にふれてみよう

浮世絵を楽しむ

本事業は来年度も開催する予定です。今年参加できなかったという方も是非ご参加ください。

平成29年度博物館実習の終了

8月 20日 日曜日

8月15日(火)~20日(日)の6日間で実施した29年度の博物館実習も無事に終了しました。

今年度、当館では3名の実習生を受け入れました。期間中実習生は、1名のインターンシップ生とともに、歴史・民俗・考古資料の実物資料の整理作業や写真撮影、「教員のための博物館の日」やワークショップなどの各種イベントの受付・運営補助などに取り組みました。

博物館実習を通じて、実習生は博物館の裏側で学芸員による地道な資料収集・整理、調査・研究、展示などの活動があること、また、博物館と人を結びつける普及活動の大切さを学ぶことができたのではないかと思います。

今回の体験が実習生の皆さんにとって博物館の役割について理解を深めていただければ幸いです。実習生の皆さん、6日間お疲れ様でした。

歴史資料の整理実習

民俗資料の整理実習

考古資料の整理実習

「教員のための博物館の日」 運営補助

イベントの受付

ワークショップの準備

【混雑状況】1時間待ちの「トリックアート 大江戸物語」

8月 11日 金曜日

3連休が始まりました。

本日8月11日(祝)は、午前中から多くのお客様でにぎわっています。

現在開催中の「トリックアート 大江戸物語」は

午前11時頃から入場される方々の行列ができ、

午後2時現在、入室まで約1時間待ちとなっています。

今後も、お盆休みや土日は、展示室内や駐車場が混雑することが予想されます。

なお、午前9~10時半は、比較的待ち時間が少なく、入場できています。

なるべく時間に余裕を持ってお越しになることをお勧めいたします 。

皆様のお越しをお待ちしております。

自由研究応援講座「戦争を調べよう」~テーマ展「戦時下に生きた人々」~

8月 6日 日曜日

8月6日(日)、テーマ展「戦時下に生きた人々」に関連して、自由研究応援講座「戦争を調べよう」を開催しました。小学校・中学校の親子3組10名が参加しました。
まず、自由研究の「きっかけ」、「目的」、「調べ方」、「まとめ方」など、自由研究をする上で大切な点を講義し、次に展示室で解説をしました。参加者には事前に配布した穴埋め問題を通して、自由研究のキーワードとなる言葉をみつけてもらいました。再び研修室にもどって答え合わせをした後、具体的な自由研究の一例を紹介しました。そして、「戦争の悲惨さと平和の大切さ」など、自分なりに普遍的な言葉を見付けてほしいと伝えました。
本講座には展示資料の寄贈者である宇都宮長三郎さんもお越しいただきました。終戦時に宇和島中学校の生徒だった宇都宮さんには、宇和島空襲の様子や「自由」の素晴らしさを語っていただきました。早速、参加者は宇都宮さんに質問したり、一緒に写真を撮ったりしていました。「調べ方」、「まとめ方」で「君たちが戦争体験者から直接話しを聞くことができる最後の世代です」と聞き取り調査の重要性を強調していただけに、早速すばらしい「調べ方」ができていると思いました。
夏休みの児童・生徒のみなさん、歴史や文化を取り上げた自由研究で分からないことがあれば、遠慮なく博物館にお電話下さい。


            展示解説の様子


         空襲について語る宇都宮さん

資料紹介「まぼろしの一銭陶貨」~テーマ展「戦時下の人々」から~

8月 3日 木曜日

今日はテーマ展「戦時下に生きた人々」の中から、「3 留守を守ったお母さん」のコーナーで展示している「まぼろしの一銭陶貨」を紹介します。
明治以降、日本の貨幣は金・銀・銅を主な材料として作られました。戦争の長期化と軍需優先のあおりを受けて、昭和8(1933)年に純ニッケル硬貨が作られました。この背景には軍需資材としての利用価値が高いニッケルを輸入して、貨幣として備蓄しようとした意図があり、昭和13(1938)年にニッケル硬貨は回収され、次はアルミニウム硬貨が作られました。しかし、アルミニウムは飛行機の材料となるため、2度にわたり量目が変更されました。10銭硬貨の場合、昭和16(1941)年に1.5gから1.2gへ、昭和18(1943)年には1.2gから1gになったのです。アルミニウムに続いて作られたのが南方の占領地でとれる錫や亜鉛を使った硬貨です。しかし、戦況の悪化で南方から錫や亜鉛も手にはいらなくなります。
そこで、政府が考えたのが粘土を材料とした陶貨です。有田焼や瀬戸焼で有名な佐賀県、愛知県などの陶器メーカーが作りました。表には富士山、裏には桜花の模様があしらわれています。昭和20(1945)年の敗戦によって使用されることなく、粉砕されたのですが、少量ながら市場に出回っています。なお、一銭という単位の貨幣が作られたのは、不発行ながらこの陶貨が最後となりました。お金を通じて戦争を捉えてみると、戦争を身近にイメージできるかもしれません。
8月6日(日)には自由研究応援講座「戦争を調べよう」(事前申し込み必要)を行います。ぜひ、ご参加ください。展示は9月3日(日)まで開催しています。

               表


              裏

浮世絵摺りに挑戦!

7月 22日 土曜日

7月15日から特別展「トリックアート 大江戸物語」が始まりました!

関連イベントとして、特別展会期中の土曜日に

「浮世絵摺りに挑戦!」が行われています。

 

今回摺るのは「六十余州名所図会 伊予西条」という浮世絵です。

「六十余州名所図会」は歌川広重が日本全国の名所を描いたシリーズで、

石鎚山の壮大な風景を愛媛の名所として描いています。

 

この浮世絵は五色摺りとなっているので、一色ずつ丁寧に摺っていきますよ!

薄い色から順番に重ねていきます。

まずは黄色のインクを、版木にのせます。

 

次ぎに紙をのせて、ずれないように気をつけながら摺ります。

 

黄色の次は、赤→緑→青→黒の順番で

同じように重ね摺りしていきます。

 

黒まで重ねたら、完成です!

 

一色だけだと、何を書いているのか分かりませんが

五色重ねることで綺麗な浮世絵が完成します。

江戸時代、大流行していた浮世絵が

どのようにして作られていたのか

実際に体験してみてください!

 

 

浮世絵摺りに挑戦!

日時:特別展会期中毎週土曜日 13:00~15:00

※8/11~8/15の夏休みイベント期間は除く

場所:エントランスホール

参加費:特別展もしくは共通観覧券が必要

 

特別展「トリックアート 大江戸物語」は9月3日(日)まで!

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