‘常設展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

テーマ展「久万高原町発掘50年の足跡」の開幕!

3月 25日 土曜日

前回のテーマ展(考古)では、“南予地域”に関連した考古資料を展示いたしましたが、今回の展示は「久万高原町発掘 50年の足跡」と題し、“久万高原町”にスポットを当てた展示を行います。
上浮穴郡久万高原町は、県の中南部に位置し、いにしえより、豊かな自然の恵みを生活の基盤としてきた高原地帯の町です。同町には、全国的にも著名な“国史跡・上黒岩岩陰遺跡”が存在し、現在もその調査・研究が進められています。近年では、それ以外の遺跡でも学術調査が行われ、多くの成果が得られています。
そこで本展では、上黒岩岩陰遺跡の発見から50余年、これまで久万高原町で発見されてきた埋蔵文化財を、関連写真や文献資料等とともに展示することで、その足跡を振り返りたいと思います。また、当館が、平成28年度に県内外の研究者や研究機関と共同で行った、上黒岩岩陰遺跡出土遺物の資料整理の成果についても合わせて紹介いたします。こうした観点から、久万高原町の埋蔵文化財にご理解いただき、その魅力についても再発見していただければと思います。
本展は、考古展示室を会場にして、3月25日(土)から9月3日(日)まで開催しております。常設展示室の一部ですので、常設展示観覧料が必要(小中学生は無料)となりますが、ぜひ見にいらして下さい。

民俗展示室3「四国遍路」展示替えのお知らせ

3月 23日 木曜日

民俗展示室3「四国遍路」は、3月17日に一部資料の展示替えを行いました。
今回の展示替えでは、弘法大師空海の誕生から高野山入定、その後の高野臨幸に至るまでの様々の奇瑞・霊験などを絵入りの版本で紹介した『弘法大師御伝記』(寛文2・1662年)、弘法大師空海の弟子たちの事蹟を紹介した道猷著『弘法大師弟子譜』(天保13・1842年以降)、明治前期の四国霊場(阿波の札所)の霊験を伝える繁田空山著『八十八箇所四國霊験記圖會』(明治19・1886年)など、博物館が収集した弘法大師空海と四国遍路に関する新資料の一部を公開します。
博物館ご来館の際にはぜひとも、常設展示・民俗展示室3「四国遍路」の新資料もご覧ください。

テーマ展「松山城下図屏風」「没後50年 永井刀専展」オープン

12月 22日 木曜日

  会 期
平成28年12月20日(火)~平成29年1月29日(日)

「松山城下図屏風」は紙本著色の四曲一双の屏風で、縦1m80cm、横6mを超える大画面に、松山城と城下町を西方上空から俯瞰して描かれています。
本テーマ展では、「松山城下図屏風」に加えて、松山城主であった加藤家、蒲生家、久松松平家に関わる資料や松山城の絵図を取り上げ、城下の変遷を辿ります。また、武家屋敷、町屋、寺社を描いた絵図も展示し、屏風の描写と比較することで、「松山城下図屏風」が細部にいたるまで写実性を備えていたことを紹介します。
約300年前にタイムスリップした気分で、「松山城下図屏風」の世界をお楽しみください。

永井刀専(1895~1966)は、松山でハンコ屋を営んでいた人物です。しかし、ハンコだけでなく多彩な分野で活躍しました。今回の展示は、新聞題字・風刺漫画・商業デザイン・刀専版画の4構成からなっています。刀専は、『海南新聞』や『愛媛新報』などの題字、大正から昭和初期における政党の争いを中心とした風刺漫画のほか、土産や名産などの商業デザイン、松山城・道後温泉などの版画を数多く遺しています。
刀専は、髪を結って櫛でとめていたため「ちょんまげの刀専さん」と呼ばれました。「ちょんまげの刀専」は、彫刻刀によって新たなデザインを生み出すとともに、歴史や文化を後世に遺した人物です。ぜひ、刀専の幅広い才能をご覧ください。

文書展示室
刀専の写真と使用していた机

風刺漫画
民衆の火の上で踊る政友会と憲政会
政友会の高橋是清(大正10(1921)~大正14(1925)総裁)と憲政会の加藤高明(大正5(1916)~大正15(1926)総裁)が民衆の熱を感じている。普通選挙の熱であろうか。大正13(1924)年に革新倶楽部の犬養毅と護憲三派が結成され、男子普通選挙法が成立する。

民俗展示室2「愛媛のくらし」秋の展示替え② 脱穀(だっこく)の道具「カラサオ」

10月 8日 土曜日

今回は、豆類などの脱穀に広く使われた、カラサオをご紹介します。

収穫した穀物は、莚(むしろ)などに広げておきます。
長い竿(さお)の頭に、回転する棒が数本取り付けられています。竿を持ち、莚に向けて打つと、棒が回転して穀物を強く打ちます。
打ち方にはコツがあって、上手に打たないと自分の足を打ち怪我をすることもありました。

カラサオは「唐棹」「唐竿」という字を書きます。「唐」は、唐箕の「唐」と同じく、昔の中国の国の名を意味しています。昔の中国から伝わった道具です。
東アジアやヨーロッパでも、同じような道具が使われていました。

展示中のカラサオ。比較的、竿が短く出来ています。回転部分は鉄製です。
奥の写真(村上節太郎撮影)は、カラサオで豆を脱穀しているところです。

カラサオの使い方(イラスト:愛媛県歴史文化博物館編『これ、なぁに? ―なぞの形は工夫の形―』パンフレット 平成11年)

民俗展示室2「愛媛のくらし」秋の展示替え① 脱穀(だっこく)の道具「千歯扱き」

10月 7日 金曜日

秋は、稲や豆など様々な穀物が実る、収穫の季節。
しかし、収穫の後も様々な農作業は続きます。

民俗展示室「愛媛のくらし」、収穫後の脱穀と選別に関わる資料に展示替えしました。何回かに分けて、主な展示資料をご紹介します。

脱穀とは、稲の場合、稲刈り後に干して乾かした稲穂(いなほ)から籾(もみ)を取り外す作業をいいます。
稲や麦の脱穀には、18世紀初頭前後に大坂で発明された「千歯扱(せんばこ)き」という農具が、約200年間も広く使われていました。

千歯扱き。穂(鉄製の歯)の部分を拡大すると…

先が尖った穂が、台木という角材に留められています。

江戸時代の農書『農具便利論』に紹介された千歯扱き。
現存する千歯扱きと、基本的な形は変わっていません。

脚部分を外した、2点の千歯扱き。
写真では分かりにくくて申し訳ないのですが、右と左では穂の形が違います。右は平たい形、左は丸い形です。穂の幅や数も微妙に違っています。穀物の種類に応じて使われました。

テーマ展「南予の戦国乱世―館蔵品を中心に―」開催中!

9月 20日 火曜日

愛媛県歴史文化博物館では、9月17日(土)から11月27日(日)まで、テーマ展「南予の戦国乱世―館蔵品を中心に―」を開催しています。

本展示では、館蔵品を中心に南予の戦国史にまつわる古文書や武具等の関連資料を、関係城郭の現況写真や縄張図等とともに紹介しています。
あわせて、最近発見され織田信長・足利義昭・長宗我部元親らの関係を知る上で非常に興味深いとして全国的に話題を呼んでいる、林原美術館(岡山市)所蔵「石谷家文書」を特別に出展し、乱世の南予を振り返ります。

南予の戦国時代にまつわる主な館蔵資料が終結する久しぶりの機会です。
話題の「石谷家文書」からは、4通の文書を展示紹介。巻子2巻の中に散らばって収められているため、会期中に展示替えを行います。
  前期:9月17日(土)~10月10日(月)
  中期:10月12日(水)~11月4日(金)
  後期:11月5日(土)~11月27日(日)
また、写真パネルですが、最近新発見した南予関係の古文書も2点紹介しています。

開催を記念して歴史講演会も開催します。
  記念講演会  「石谷家文書」から見える 伊予の戦国時代
     講  師   内池英樹氏(岡山県立博物館学芸課主幹)
     開催日   平成28年11月3日(木・祝)13:30~15:00
      ※ 事前申込が必要です。お申し込みはこちら

本展は、“えひめいやしの南予博2016”の関連テーマ展でもあり、南予という地域を見つめなおす一つの機会となれば幸いです。
ぜひお見逃しなく!

展覧会の詳細はこちら

テーマ展「南予の裂織」開催中!

7月 28日 木曜日

7月16日(土)テーマ展「南予の裂織」展、開幕しました!

裂織とは、経糸(たていと)に麻・藤・木綿などの丈夫な糸を用い、緯糸(よこいと)に細かく裂いた古木綿布などを用いた織物やその技法をいいます。古布などを再利用した裂織の布地は丈夫で暖かく、撥水性もあることから、主に農・山・漁村の仕事着として使用されました。

裂織の衣服は、主に農山漁村に分布し、四国地方での事例は大変珍しく、愛媛県佐田岬半島や南予山間地域で確認されています。

裂織の仕事着。袖有りと袖無しの両方があります。

裂織の帯。帯は仕事用だけではなく、街着や浴衣にも用いられました。

今回の展示では、当館所蔵の裂織コレクションから仕事着や帯など約30点と、裂織クラブの皆さんの作品を展示しています。

裂織クラブ制作の裂織りんご。りんごの実は、緋色の絹布を用いています。

裂織クラブ制作のバッグとタペストリー。力作揃いですね!

☆テーマ展「南予の裂織」

期間:~8月31日(水)まで

開館時間:午前9時~午後5時30分(入館は午後5時まで)

観覧料:常設展示観覧料が必要です。

☆体験イベントのお知らせ

7月31日(日) 午後1時~午後3時 「コースターを織ってみよう」 文書展示室前

☆当館の裂織コレクションは、平成24年度特別展の展示図録「佐田岬半島と西日本の裂織」(定価2000円、友の会会員価格1600円)で詳しくご紹介しています

歴史展示室3(近世)を一部展示替え!

7月 14日 木曜日

 当館の常設展示室では、随時展示替えを行っていますが、今回歴史展示室3(近世)の資料を一部展示替えしました。いくつかご紹介します。

「加藤嘉明自筆書状」
 江戸時代初期 当館蔵
 加藤嘉明が小出吉親へ宛てた8月13日付けの書状です。明後日15日の晩に来訪することに満足し、来る22日の晩にも松平忠国・松平忠晴・戸田氏信を招待したので是非おいでいただきたいという旨を伝えています。また、両日ともは難しいという場合は、22日には必ずきてほしいとも伝えています。寛永3年8月の徳川秀忠・家光の京都上洛に諸大名が供奉しており、書状中の5名はすべて供奉しているので、その際のものと考えられます。大名同士の交流の一端がうかがえます。

「武人図」(松本山雪筆)
 江戸時代前期 当館蔵
 松山藩の御用をつとめた絵師松本山雪が描いた中国風の武人図です。描かれた三人の武人はいずれも視線を右に向けており、もとは右側に続きがある双幅だった可能性があります。そのことから、三人の武人を劉備、関羽、張飛として、右側には諸葛孔明の草庵が描かれていたと想定し、「草廬三顧」(そうろさんこ)を画題としたものという解釈も提示されています。

「伊達家筆跡貼交幅」【※初公開資料!】
 安土桃山時代~江戸時代末期 個人蔵・当館寄託
 宇和島・吉田両伊達家の関係人物の書状や書画5点がおさめられた掛軸です。上部には仙台藩初代伊達政宗書状、宇和島藩初代伊達秀宗書状、下部には同7代伊達宗紀書、吉田藩6代伊達村芳画、同夫人満喜子和歌が貼付されています。政宗書状には見廻りへの感謝、秀宗書状には竹の調達に関する指示が記されています。宗紀は能書家として知られ、村芳は学問を好んで書画をよくし、夫人満喜子は和歌にすぐれたことで知られています。

 常設展示室は、実はこのように少しずつ変化しています。
ご来館の際にはぜひ常設展示室へも足を運んでいただき、新たな資料との出会いや発見をしてみませんか。

民俗展示室2「愛媛のくらし」 展示替え

7月 12日 火曜日

先日、民俗展示室「愛媛のくらし」の展示資料を一部展示替えしました。

蚊帳…夏の夜、涼しく安眠するために大事なことは蚊を防ぐこと。海の家では布団を敷いて蚊帳を吊っています。

回転式除草機…夏は、稲がよく育ちます。しかし雑草もすぐ伸びます。農家では、草刈り・草取りが大事な仕事でした。かつての除草作業は、這うように田んぼの中を進まなければならず、とても大変でした。
里の家の前にあるのは回転式除草機。田植えが正(せい)条(じょう)植え(同じ間隔で苗を受ける方法)で行われるようになると、除草機を使って、立ったままで除草ができるようになりました。

桑摘み爪…夏は、田んぼの仕事の他に、養蚕も行う地域が多くありました。山のくらしのモデルとなった西予市城川町野井川竜泉地区も、その一つです。
蚕がよく育つためには、食料となる新鮮な桑の葉が欠かせません。桑の葉を摘むための、専用の道具もありました。

海、山、里…それぞれの地域では、その地形や気候に応じたくらしが営まれていました。しかし、共通する仕事が全くなかった訳ではありません。その一つが養蚕です。
愛媛での養蚕は明治期以降に急速に広まり、海辺、山あい、里…県内の広い地域で、人々は「お蚕さん」を育てていました。今回は、養蚕で使われた道具も展示しています。

歴史展示室1の銅鏡X線写真パネル追加

5月 13日 金曜日


先日、当館のX線透過撮影装置を確認していたところ、5年前の機器更新時に撮影した画像がありましたので展示パネルとして、この度、歴史展示室1の相の谷1号墳のコーナーに追加しました。
相の谷1号墳出土鏡二面については、過去のブログ12にて紹介しましたが、中国鏡の一種の画像鏡一面と国産の鏡(倭鏡)の一種である獣紋鏡(ダ龍鏡)一面です。

写真パネルでもわかるように、画像鏡は割れて出土し、2003~2004年度の保存処理の際に完形に復元したものです。割れ方を観察すると数箇所に力が加わって割れている状況がわかります。また、銘文の一部も見ることが可能です。
獣紋鏡はX線写真で観察すると、獣の形が簡略化されていることがわかります。このX線写真パネル(拡大)により、銅鏡の文様がより見やすくなったのではないかと思います。
当館では、県内の調査機関や市町教育委員会の依頼を受けて、X線透過写真撮影を行っています。今後も新しい発見があれば、紹介していきたいと思います。

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