‘常設展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

書籍『古地図で楽しむ伊予』完成!

9月 29日 土曜日

9月15日から秋の展示が始まりました!

特別展「古地図で楽しむ伊予」

テーマ展「愛媛の近代都市~松山・今治・宇和島を中心に~」

そして・・・、ついに・・・、

関連図書『古地図で楽しむ伊予』が完成いたしました-!

表紙は当館所蔵の「松山城下図屏風」です。

県内外の学芸員や研究者が、

多種多様な古地図から近世・近代の伊予の様子を読み解いています。

今回は、目次だけご紹介!

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【目次】

はじめに 井上 淳

愛媛県地図

[Part 1] 伊予の古地図を読み解く

寛永伊予国絵図  井上 淳

目黒山形模型と裁許絵図  上杉和央

元禄伊予国絵図  井上 淳

宇和島藩の測量図  井上 淳

大洲藩の測量図  井上 淳

明治時代につくられた地図と地誌  柚山俊夫

明治10年の愛媛県地図  平井 誠

[Part 2] 伊予の城と城下町

松山城の旧天守曲輪を探る  西村直人

松山城下図屏風にみる松山城  井上 淳

砂土手と念斎堀  柚山俊夫

少年時代の子規・真之がみた松山  川島佳弘

子規・漱石が訪ね歩いた道後  川島佳弘

吉田初三郎が描いた近代都市松山  平井 誠

宇和島城下絵図屏風にみる宇和島城  井上 淳

宇和島城下図にみる恵美須町界隈の変遷  塩川隆文

安政の南海地震と宇和島  志後野迫 希世

正保今治城絵図を読み解く  藤本誉博

姿図から読み解く大洲城  白石尚寛

……【コラム】一万石の大名、一柳家の小松陣屋  井上 淳

[Part 3] 海に開かれた伊予

伊予国嶋々古城之図で読む海賊が活躍した舞台  山内治朋

海の参勤交代  東 昇

大阪商船の瀬戸内海遊覧絵図  甲斐 未希子

港とともに発展した八幡浜  井上 淳

……【コラム】宇和島藩の水軍基地  井上 淳

[Part 4] 伊予の遍路道を歩く

松尾峠から観自在寺  井上 淳

観自在寺から宇和島城下  井上 淳

宇和島城下から明石寺  井上 淳

大寶寺、岩屋寺から三坂峠へ  今村賢司

道後温泉と海の遍路道  井上 淳

延命寺から三角寺奧之院  今村賢司

……【コラム】四国遍路絵図の傑作 細田周英『四国遍礼絵図』  今村賢司

[Part 5] 伊予の海村と山村

石垣に守られた半島の海村  高嶋賢二

宇和海の漁村の生活  井上 淳

篠駄馬における土地利用の諸相  塩川隆文

参考文献

執筆者一覧

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この書籍に紹介されている資料の一部は、特別展とテーマ展にて展示しております。

ぜひ、書籍『古地図で楽しむ伊予』を片手に、秋の歴博へお越し下さい!

書籍『古地図で楽しむ伊予』 愛媛県歴史文化博物館 編

発行所 風媒社

定価 本体1,600円+税

発売日 10月15日

愛媛県歴史文化博物館では10月1日より先行販売予定です!

【参加者募集】内海清美先生ギャラリートーク

9月 6日 木曜日

弘法大師空海の生涯を紹介する歴博「密●空と海」。平成24年の開展から6年。9月15日(土)より空海の生涯の名場面を紹介する名場面展へと展示内容が一新されます。その展示のオープニングにあわせて、和紙彫塑家・ 内海清美氏に「密●空と海」の総合芸術としての魅力や制作に係るこぼれ話などを展示室内で内海氏本人による展示解説をしていただきます。 参加無料。事前申し込み不要です。

ギャラリートーク「和紙芸術による弘法大師空海の世界」

話し手:内海清美氏(和紙彫塑家)

日 時:平成30年9月15日[土]10:30~12:00

会場:新常設展示室

「縄文」好きの皆さまへ -特に「縄文女子」必見です!-

8月 16日 木曜日

最近、テレビや雑誌等で「縄文(JOMON)」と名の付くものをよくよく目にします。東京上野にある国立博物館でも「縄文-1万年の美の鼓動-」展が開催されており、国宝や重要文化財をはじめ、全国の遺跡で出土した名だたる資料が並んでおり、改めて縄文人たちの高度な技術や、その美意識の高さに驚きます。
このように巷では、「縄文」がブームのようですが、何を隠そう当館でも縄文時代に関するテーマ展を開催中です。そのタイトルは、ジャ!ジャン!!「縄文時代の精神文化-心のよりどころ-」。なんだか少し硬いタイトル(T_T)ではありますが、この展示では、縄文人たちが「心」のよりどころにしていたと考えられる資料を、県内全域より集めて展示しています。

現在考古展示室で開催中のテーマ展を、縄文女子の私が案内しますね。顔は弥生顔ですが…(本人談)


例えばその展示資料には、まつりや祈りに使っていた土偶(足だけですが…)や石棒をはじめ、縄文女性が身に付けていた耳飾りやペンダント、亡くなった子どもを埋葬する際に用いた土器、十字形や円盤形をした用途不明な石器など、その数は約200点。なかでも必見なのは、国史跡・上黒岩岩陰遺跡(久万高原町)で出土した鹿角製の耳飾り、これは現在、日本列島最古の耳飾りとして位置づけられています。

わぁ!これが全国的にも有名な上黒岩岩陰遺跡で出土した線刻礫!細い線で長い髪や乳房が描かれているんだぁ。


また展示室内には、多種多様な土器パズル7個も用意しており、子どもさん逹にも楽しく学んでいただけると思います。
本展は9月3日(月)まで開催しておりますので、「縄文」好きの方はもちろん、そうでない方も、ぜひお見逃しなく。

ジャーン!これが縄文時代の女性たちが身に付けていた耳飾りで~す。


その耳飾りの1つ。約3,000年前のもので、松山市谷田Ⅱ遺跡から出土したそうです。


こんな感じで「耳たぶ」にあなをあけて身に付けていたのね。ちょっと痛そう。


ぜひ土器パズルにも挑戦してみてね。すごく楽しいよ!

新常設展「密●空と海」名場面編へリニューアル

8月 9日 木曜日

 愛媛県歴史文化博物館では、平成24年度に、高い芸術性で国際的評価を得ている和紙彫塑家・内海清美(うちうみ きよはる)氏の作品を展示する新常設展「密●空と海―和紙彫塑による「弘法大師空海」の世界―」を開展し、弘法大師空海の生涯を紹介しています。

現在は壮年期から晩年までの10場面を展示していますが、8月31日(金)で閉幕し、9月15日(土)からは、真魚の誕生、室戸崎、艱難の遣唐使、大唐長安、満濃池の修築、兜率天へなど、空海の活躍を紹介する名場面9章への展示替えを予定しています。

作品には大洲や川之江など四国の伝統的な和紙が用いられ、さらには音響やLED照明により魅力的な展示空間を演出しています。

なお、9月15日(土)10:30から内海清美氏ご本人よるオープニング解説(ギャラリートーク)も開催します。

資料貸出に伴う歴史展示室1の展示替え

7月 10日 火曜日

展示替え後の様子

今回の「平成30年7月豪雨」により被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

豪雨被害の出るの前の7月6日に、今治市相の谷1号墳出土資料の貸出に伴い歴史展示室1にて展示替えを行いました。

この展示ケースは相の谷1号墳出土銅鏡と埴輪がいつも展示されているのですが、7月16日に発掘場所近くの来島海峡海上交通センター(今治市湊町2丁目)、同月24日~9月17日に大西藤山歴史資料館(今治市大西町宮脇)にて、発掘後50数年ぶりに里帰り展示されることになったためです。

代わりにこのケースに登場したのは伊予市上三谷出土三角縁獣文帯四神四獣鏡2面です。(詳細は、冨田尚夫2010「調査報告伊予市上三谷出土三角縁獣文帯四神四獣鏡について」『愛媛県歴史文化博物館研究紀要』第15号をご参照ください。)これらの資料は、今年1月28日まで開催したテーマ展「学芸員のまなざし‐収蔵資料逸品展‐」で展示して以来の展示になります。

その横の展示ケースには当館保管の古墳時代の銅鏡が展示されていますので、このコーナーでは銅鏡を数多く展示しています。この機会に是非、当館保管銅鏡をご覧ください。また、お近くの方は今治市での展示会で県内最大の前方後円墳の出土遺物を是非ご覧ください!

展示替え前の相の谷1号墳出土遺物

なお、当館は平常通り開館しております。レストラン(軽食)・ミュージアムショップも開店しています。心を癒やす場所として、ご利用いただければ幸いです。

民俗展示室にこいのぼり

4月 14日 土曜日

ゴールデンウィークが少しずつ近づいている某日、民俗展示室に恒例のこいのぼりが登場しました。

この真鯉(黒い鯉)と緋鯉のこいのぼりは、若松旗店(八幡浜市)が製作したもの。昭和25年頃に、今では珍しくなった手描きでつくられています。

民家をバックにおもしろそうに泳いでいる博物館のこいのぼりをぜひ見にきてください。

常設展示室を展示替えしました!

3月 8日 木曜日

博物館では特別展やテーマ展を開催するほか、常設展示室についても一年に2~3回展示替えを行っています。3月6日(火)の休館日を利用して展示替えを行いましたので、その中から一部資料を紹介します。
まずは「憲法発布五十年記念盃」です。箱書きによると昭和13(1938)年に大日本帝国憲法発布50年を祝して行われた式典で、出席者に下賜されたものです。
次に元松山藩士の画家手島石泉が92歳の時に描いた県内各地の名所です。今回は、松山城、岩屋寺、道後温泉(玉の石)などを展示しました。
また、NHKの朝ドラ「トト姉ちゃん」で有名になった『暮しの手帖』も展示しました。中にはテレビでも話題となった「直線裁ち」が掲載された創刊号も含まれています。
このほか大正12(1923)年に宇和島で開催された全国自転車競走大会の写真や衛生兵の軍隊手帳、日誌、医療品なども新たに展示しました。今回展示替えした資料は、いづれも県民の皆さんから寄贈いただいた資料です。寄贈いただいた資料はこのように展示しています。博物館にお越しになった際は、ぜひ常設展もご覧ください。

憲法発布50年記念盃


『暮しの手帖』コーナー

久松家ゆかりの懐中時計について記者発表!

12月 15日 金曜日

当館は、今年3月に寄贈いただいた懐中時計について、これまでの行ってきた調査研究の成果を記者発表しました。この懐中時計は、1871(明治4)年に長崎のポルトガル領事ロウレイロが松山藩知事久松隠岐守勝成(かつしげ)に贈ったものです。

くわしくはこちら
      
なお、この懐中時計は19日(火)からのテーマ展「学芸員のまなざし―収蔵資料逸品展―」(平成30年1月28日(日)まで)で公開します。ぜひ、博物館にお越し下さい。

「大型器台のその後」テーマ展「大型器台とその時代」展示資料から⑥

12月 12日 火曜日

瀬戸内東西の器台の中心地域(松村さを里氏作成協力)

最終回は「大型器台のその後」についての解説です。

■伊予型特殊器台の創出
 伊予型特殊器台は、今治市大西町に所在する初期(約1800年前)の前方後円墳、妙見山(みょうけんさん)1号墳の墳丘から発見されたもので、2008年、下條信行氏によって命名・提唱されました。現在のところ他に類例はなく、同古墳で創出されたとものと考えてられます。
 伊予型特殊器台は、西部瀬戸内(せいぶせとうち)で盛行(せいこう)した弥生大型器台の型式を継承(けいしょう)したものではあるが、新しい古墳時代の特徴もあわせ持っています。
 全体的なプロポーションがやや寸胴(ずんどう)ではあるが、口縁部(こうえんぶ)と裾部(すそぶ)が大きく開く筒形の形態は、大型器台から受け継いだ最大の特徴です。
新時代の要素としては、畿内系二重口縁壺(きないけいにじゅうこうえんつぼ)とセットで使用されることの外、口縁部・胴部・裾部を区別する突帯(とったい)による段の表現、胴部の長方形(ちょうほうけい)・巴形(ともえがた)・三角形(さんかっけい)の透(す)かし孔(あな)や、胴部全体への施文(せもん)の充実などが挙げられますが、胴部文様の綾杉文(あやすぎもん)や孤帯文(こたいもん)などの分析から、この文様もまた在来の大型器台から発展したものと考えられています。
伊予型特殊器台の新旧の時代要素が複合する様は、西部瀬戸内地域の個性豊かな初期古墳の成立事情を深めるため注目されます。

今治市大西町妙見山1号墳出土伊予型特殊器台・二重口縁壺(今治市教育委員会提供)

■埴輪の時代へ
 弥生時代後期から終末期(約2000年前~約1800年前)の中部瀬戸内(ちゅうぶせとうち)(特に吉備(きび))とそれ以東の地域では、器高1m前後、径30~40㎝の太い筒部の上下に口縁部と脚部が付いた「特殊器台(とくしゅきだい)」が墳墓祭祀(ふんぼさいし)に用いられ、それが、特殊器台形埴輪、円筒(えんとう)埴輪に発展したと考えられています。
 伊予において円筒埴輪が最初に用いられるのは、今治市相の谷(あいのたに)1号墳です。全長約81mの前方後円墳の墳丘の西側のみしか調査されていませんが、円筒埴輪の他に、朝顔形(あさがおがた)埴輪、壺形(つぼがた)埴輪が確認されています。
 古墳時代前期後半以降、埴輪が古墳の外表施設(がいひょうしせつ)として配置されるようになり、大型器台とその系譜にある伊予型特殊器台はその役割を終えることとなります。

今治市相の谷1号墳出土円筒埴輪・壺形埴輪

なお、今回の展示の記念イベントとして、12月16日(土)に大分市教育委員会の坪根伸也氏をお招きして、愛媛大学名誉教授下條信行氏、愛媛県埋蔵文化財センターの松村さを里氏の三者による鼎談会(講演会(愛媛・大分交流講座))を開催いたします。多くの皆様にご参加いただければ幸いです。

「大型器台の分布圏」テーマ展「大型器台とその時代」展示資料から⑤

12月 9日 土曜日

西部瀬戸内に広がる大型器台(松村さを里氏作成協力)


今回は「大型器台の分布圏」についての解説です。

■大型器台の分布
 松山平野で成立した大型器台は弥生時代後期後半から古墳時代初頭にかけて(約1800年前)、周防(すおう)、豊後(ぶんご)、豊前(ぶせん)といった西部瀬戸内地域を中心に、日向(ひゅうが)、肥前(ひぜん)、土佐(とさ)、讃岐(さぬき)にも分布しています。   
県内では、南予地域の宇和盆地で松山平野の大型器台の影響を受けた資料が西予市宇和町坪栗(つぼくり)遺跡、同永長上塚田(ながおさかみつかた)遺跡において確認されています。
 伊予灘(いよなだ)、周防灘(すおうなだ)を挟んだ周防では、伊予からの影響を受けた器台が出現しています。周南市天王(てんおう)遺跡17号住居跡出土資料と同岡山(おかやま)遺跡1号台状墓周溝内出土資料は、小型でエンタシス状の胴部も細く、円形透(す)かしも小さいものです。
 豊後(ぶんご)水道を挟んだ豊後では、別府(べっぷ)湾沿岸で多く分布しています。器形は伊予と類似していますが、突帯を加え、赤色顔料を塗布するなど独特の加飾性を付加しています。
 
四国山地によって隔てられる土佐では、弥生時代終末~古墳時代初頭にかけて(約1800年前)の資料が土佐市居徳(いとく)遺跡で確認されています。口縁部の伸びは伊予出土資料ほど大きくないが、法量は松山市土壇原北遺跡の資料に類似しています。
 西部瀬戸内の外側の肥前では、みやき町原古賀(はらこが)遺跡の溝(SD107)で弥生時代終末~古墳時代初頭にかけて(約1800年前)の資料が確認されています。綾杉(あやすぎ)文などの施文は松山市福音(ふくおん)小学校構内遺跡出土資料と類似しています。
 このように大型器台の分布圏は西部瀬戸内の文化圏を示していると考えられます。

西予市宇和町坪栗遺跡出土大型器台・器台(西予市教育委員会蔵)

なお、今回の展示の記念イベントとして、12月16日(土)に大分市教育委員会の坪根伸也氏をお招きして、愛媛大学名誉教授下條信行氏、愛媛県埋蔵文化財センターの松村さを里氏の三者による鼎談会(講演会(愛媛・大分交流講座))を開催いたします。多くの皆様にご参加いただければ幸いです。

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