‘常設展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

夏支度~昔のクイズ 最終回~

5月 17日 火曜日

 今回で最終回となりました「夏支度~昔の道具クイズ~」です。

 この白い骨のような陶製の道具、何に使われたのでしょうか?

 

 実際に触っていただけるとよいのですが、この道具、すべすべでひんやりした気持ちよい手触りです。

 答えは、(3)陶器製の枕です。寝苦しい夏の夜に使われました。

 形も竹の節を模してあり、竹の持つさわやかなイメージも喚起させます。

 

 

 「夏支度~昔の道具クイズ~」でご紹介した道具はほんの一部で、暑い夏を涼しく快適に過ごすために昔の人は色々工夫してきました。

 今回の展示替えでは、夏に使う道具を展示しておりますので、ぜひご来館の上、涼しさを感じていただければと思います。

夏支度~昔の道具クイズ3~

5月 15日 日曜日

 前回のクイズ、「ハイトリック」が捕まえるもの、わかりましたでしょうか?

 

 まずは、このハイトリックが「ある生き物」を捕らえる仕組みを簡単に説明します。

 手前にある木のローラーに蜜やお酒、砂糖水などを塗ると、それに引き寄せられて「ある生き物」がローラーに止まります。ローラーはゼンマイでゆっくり回るので、内部にはいると逃げられなくなるわけです。

 ネズミでは大きいですね。

正解は、(1)ハエです。

ハイトリックは、愛媛県歴史文化博物館の民俗展示室で見ることができます。

ちょっと不思議な道具をぜひ見にいらしてください。

では今日のクイズ、「夏支度~昔の道具クイズ3~」です。

白くてつるっとした陶製の道具です。

一体何に使われたのでしょうか?

(1)   花瓶

(2)  金庫(大事なものを入れる)

(3)  枕

今回のクイズはノーヒントです。

答えは「夏支度~昔の道具クイズ最終回~」で!

 

夏支度~昔の道具クイズ2~

5月 14日 土曜日

 

 暑くなると人間と同じで、動物や虫も活動的になります。

 活動的になった虫が入ってこないようにする「蚊帳」のクイズを前回出しましたが、答えはお分かりになったでしょうか?

 

この蚊帳は、小さな子どもが眠る時に使われた蚊帳です。

というわけで答えは(2)子どもです。

この蚊帳は、昭和50年代に西予市宇和町で使用されたもので、上にある部品を引っぱると簡単に折り畳みができます。

持ち運びもできますので、主にお昼寝用として、小さな赤ちゃんから幼稚園に上がるくらいまで大切に使われたそうです。

赤ちゃんへの愛情あふれる、たいへんほほえましい道具です。

愛媛県歴史文化博物館の民俗展示室2、里のいえに展示してありますので、ぜひご来館下さい。

では今日のクイズ、「夏支度~昔の道具クイズ2~」です。

 茶色い箱のようなこの道具。夏に出てきて困らせる「ある生き物」を捕まえるものなのですが、その生き物とは何でしょうか?

(1)ハエ

(2)ネズミ

(3)ゴキブリ

ヒントは、この道具の名前です。

「ハイトリック」といいます。

答えは「夏支度~昔の道具クイズ3~」で!

夏支度~昔の道具クイズ1~

5月 11日 水曜日

ここ2、3日で急に暑くなりました。

お洋服やお家のしつらえで夏支度をされている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

愛媛県歴史文化博物館でも、民俗展示室2を夏仕様に模様替えしました。

その中から、夏に活躍する道具をいくつかクイズ形式で紹介したいと思います。

座敷に置かれた、水色の大きなネットです。

子犬がボールを追う可愛い絵が描かれています。

この道具は「蚊帳(かや)」といいます。

網戸やクーラーなどがない時代、蚊が入ってくるのを防ぐネットのことを「蚊帳」と呼びました。

蚊帳にも色々種類がありまして、ここで問題です。

この蚊帳の中にはどんなものを入れて虫から守ったのでしょうか?

次の三つから選んでください。

(1)    食事

(2)   子ども

(3)     大人

答えは「夏支度~昔の道具クイズ2~」で!

歴史展示室1の新しいパネル

2月 17日 木曜日

    先日、歴史展示室1では展示替えを行いました。2年前の2009年春の企画展「えひめ発掘物語2&絵で見る考古学」にて展示しましたイラストレーターの早川和子氏作成の遺跡復元画2枚を新しくパネルにて紹介しています。

  1枚目は、「丘の上の弥生ムラ」(西条市半田山遺跡)です。

  現寸復元している竪穴住居のモデルとなった遺跡です。模型も展示していますが、少し異なるところがあります。

 

  1点は海が描かれていることです。模型製作時には瀬戸内海を見下ろすムラ(集落)であることが表現されていませんでした。

  もう1点は、人物が表現されていることです。よく観察すると、中央の広場で脱穀作業をしている人々の様子がわかります。

   なお、原画作成時の様子については「遺跡復元画ができるまで-2」をご参照ください。

  2枚目は「経塚に祈りを込めて」(今治市奈良原山経塚)です。

 展示解説ボランティアをされている方によると、よく尋ねられる質問で、「どうしてあのような山頂に経塚があるのか?」「誰があのような経塚を造ったのか」というものがあるそうです。この復元画をご覧いただくと、その疑問は少し解決するかもしれません。

   これらのパネルの詳細はぜひ、展示室にてご覧ください。展示資料について、より興味を持っていただけると思います。

お正月準備

12月 26日 日曜日

 みなさんのお家のお正月準備は進んでいますか。今日は博物館の今年最後の開館日。お正月の準備に取り掛かりました。

 どうです?すごい御馳走でしょう。民俗展示室2の海山里の暮らしのコーナーでは、季節ごとに料理を取り替えています。お節料理も海、山、里のそれぞれでかなり違いがあります。

 その献立は?それはお正月の博物館でご覧ください。当館は2011年は1月2日(日)から開館しています。企画展示室では、昭和11年からの年賀切手シートがずらりと並んだテーマ展「故榊原幸雄氏収集切手コレクション展」が開幕します。こちらもお見逃しなく。

考古展示室展示替え                        「えひめ考古学の名品 PART2」

 

 特別展「伊予の城めぐり」の閉幕に伴い、12月25日から考古展示室では展示更新を行いました。

 今回のテーマは、「学芸員が選ぶ えひめ考古学の名品 PART2」です。(前回は『愛媛歴史民俗100モノ語り』の刊行に合わせ、2008年3月に開催しました。)今回の展示替えでは、これまでに考古学担当学芸員が調査研究テーマとした資料を中心に19件の資料・テーマを設定しました。19のテーマは次のとおりです。

四国最古の石器群/愛南町で採集された旧石器(◎)/約二万年使われた赤い石/愛媛県最古の土器/縄文時代の漆技術/国内でも数少ない木製のよろい/弥生木製農工具の世界(◎)/弥生時代の家を描いた絵画土器(◎) (※1/13まで展示予定、その後 国内最古の舶載鉄器を展示予定)/弥生人はどんな顔?/破片になった卑弥呼の鏡/県内最大の前方後円墳/鶏形埴輪見いつけた!(◎)/古墳時代の飾り馬/1300年前の役所の文房具/古代の銅印(◎)/古代の高級なやきもの/大量に埋められた中世の銭貨/江戸時代のミニチュア製品/型紙で絵付けされたやきもの(◎は今回新たに展示する資料です。) 

 

 また、展示室中央には県内最古の土器をモデルにした「土器パズル」と、展示している鶏形埴輪をモデルにした「ハニワパズル」があり、子どもから大人までが見て、楽しめる展示となっています。この機会に是非ご覧ください。展示は4月下旬までの予定です。

 

 なお、主要な資料が掲載されている当館監修の『愛媛歴史民俗100モノ語り』もミュージアムショップで好評発売中です。

歴史展示室1 展示替えしました!

10月 10日 日曜日

10月上旬に、常設展示室「愛媛のあけぼの」(歴史展示室1)の展示替えを行いましたのでお知らせします。

 今回、展示替えしたコーナーは「瀬戸内海の形成と愛媛県最古の人々(旧石器時代)」と「大和朝廷と伊予(古墳時代)」です。各コーナーでは、下記の当館保管資料を新たに展示しました。特に、伊予市上三谷出土三角縁神獣鏡は資料整理・報告のため、ながらく展示していなかった資料です。

また、先月までテーマ展「木村剛朗氏と西四国の先史文化」にて初公開しました愛南町和口遺跡採集旧石器についても、常設展示にてご覧いただけるようにしました。多くの方にご覧いただければ幸いです。

 ■展示替え資料

 <瀬戸内海の形成と愛媛県最古の人々(旧石器時代)>

  ・愛南町和口遺跡採集旧石器

<大和朝廷と伊予(古墳時代)>

  ・今治市高橋仏師4号墳出土遺物 

    ・伊予市上三谷出土三角縁獣文帯四神四獣鏡 

なお、常設展示していました下記の資料は、徳島市立考古資料館にて開催中の特別企画展「副葬品が語る古墳文化」(10/9~12/5)にて見学することができます。

 ・今治市相の谷1号墳出土鏡

・同別名一本松古墳出土鏡

・同高橋仏師1号墳出土遺物の一部

・伊予市猿ヶ谷2号墳出土遺物の一部

・四国中央市四ッ手山古墳出土遺物の一部

四国遍路展示室 展示替えしました!

9月 1日 水曜日

 9月1日より、常設展示室「四国遍路」(民俗展示室3)の展示替えを実施しましたのでお知らせします。

 今回、展示替えしたコーナーは「四国遍路の発生」、「四国遍路の盛行」、「近現代の四国遍路」、「巡礼の歴史」。各コーナーでは、下記の館蔵資料を新たに展示しました。なかでも、弘法大師空海の生涯を描いた「高野大師行状図画」や、江戸時代のお遍路さんの所持品(納経帳や札挟み他)、四国徧礼(へんろ)絵図など貴重な資料を展示します。多くの方にご覧いただければ幸いです。

 ■展示替え資料

  <四国遍路の発生>

  ・「梁塵秘抄」(複製) 

  ・『弘法大師行状記』巻1 童雅奇異 天保5(1834)年刊

  ・弘法大師と衛門三郎の刷り物

  ・札始大師堂(写真)

  ・「高野大師行状図画」第4巻 清涼宗論

  <四国遍路の盛行>

  ・県内最古の記年銘遍路道標(写真)

  ・四国徧礼絵図 

  ・四国寺社名勝八十八番

  ・『四国遍路道指南増補大成』 天保7(1836)年刊

  ・『旅行用心集』 文化7(1810)年刊

  ・江戸時代のお遍路さんの所持品(納経帳、札挟み、四国中御宿入用控、四国順拝日付帳) 文政11(1828)年

  <近現代の四国遍路>

  ・改正新刻新四国八十八ケ所案内図 明治36(1903)年刊 

  <巡礼の歴史>

  ・『伊勢参宮名所図会』 寛政9(1797)年刊

お知らせ 戦前戦後の雑誌展について

8月 19日 木曜日

平成22年7月24日(土)から平成22年9月12日(日)まで、常設展示室内の文書展示室で、「戦前戦後の雑誌展―相原コレクションよりー」を開催しています。

<主な内容>
 当館で寄託されている相原コレクションから、戦前戦後の創刊雑誌を紹介します。雑誌は、出版物の中でも、新聞と同様に消費されることを目的とされていました。日本の近代化の象徴のひとつでしたが、現在では雑誌の創刊号が残ることは、たいへん珍しく貴重といえます。
 故相原隣二郎氏は、明治・大正・昭和時代初期、そして、戦後にかけて、944点の創刊雑誌を収集しました。
隣二郎氏は、教養から娯楽に至るまで、さまざまな種類の雑誌を収集しました。それぞれの時代に、人々が何を見、何を聞いて、どのような姿で生きてきたのか、感じ取っていただければ幸いです。

(1)雑誌のはじまり
日本における雑誌のさきがけは、慶応3(1867)年に柳河春三が発行した『西洋雑誌』です。わずか十数ページで、欧米の雑誌を習ったものでした。まだ、日本人にとって雑誌はなじみがなく、一から説明しなくてはなりませんでした。

(2)文明開化と雑誌
文明開化が花開くと、文化人が次々と欧米へ留学して、教育や法律、科学などさまざまな分野を学んで帰国しました。そして、雑誌を刊行して、近代国家へと文化の向上を図りました。

(3)大正デモクラシーと雑誌
 日清・日露戦争の勝利を背景に、大正時代に入ると、日本国内の諸産業(絹や茶、鉄鋼業など)が海外へ多く輸出されるようになりました。人々の生活にも近代化が浸透して、大衆文化が栄えるようになりました。この社会現象を大正デモクラシーと言います。庶民による雑誌の講読数も増え、次々と新しい文化が雑誌に紹介されました。

(4)愛媛県と絹
古来より絹の産地だった愛媛県は、明治時代以降、全国でも有数な産地となりました。中でも西予市野村町の養蚕は、明治初期に始まり、大正初期には1,138戸を数えました。20年に一度、伊勢神宮で行われる式遷宮では、伊予の絹を使う慣わしがあります。野村町で生産された絹織物は、現在でも皇室に献上されています。

(5)昭和の雑誌
昭和に入ると、日本の都市部では鉄筋コンクリートの建物が次々と建てられ、大衆文化が栄えました。雑誌にも100万部にものぼるベストセラーが登場するようになりましたが、昭和4年の昭和大恐慌を契機に日本も大きな経済打撃を受けて、太平洋戦争へと進んでいきました。

(6)戦争と雑誌
昭和12(1936)年に、日本と中国の間で戦争が始まりました。その二年後、テレビジョン実験放送が開始となり、やがて、雑誌は、戦争へと人々を誘導する媒体と変化していきました。昭和16(1941)年、日本は太平洋戦争に突入しました。戦局が悪化するにつれて紙も不足し、雑誌社の統合によって、種類が減らされました。終戦を迎える頃には、雑誌のほとんどが発行できなくなっていました。

(7)戦後の創刊雑誌
昭和20年8月15日、終戦を迎えた日本は、廃墟の中で復興へと歩き始めました。家族や生活基盤を失った人々の希望となったのは、雑誌の復活でした。物資が不足する中で、紙は配給制でした。部数を制限して発行された雑誌が店頭に並ぶと、飛ぶように売れていきました。

(8)GHQと雑誌
戦後日本は、マッカーサー率いるGHQによって、政治・経済・文化のすべての面において、改革がありました。アメリカ文化を紹介する内容が数多く発行され、占領軍に対する批判や、戦前の軍国主義に関わる内容などは、検閲によって発行されませんでした。

(9)戦後の創刊雑誌の特徴
戦後の創刊雑誌のタイトルは、新しい時代に期待をこめて「新」の文字が多く用いられました。また、復興の象徴として、「自由」・「平和」・「希望」、英語をカタカナで表記する「スタート」など、新しいタイトルが次々と登場しました。

(10)女性の解放と雑誌
昭和21(1946)年、日本で初めて男女平等の総選挙が行われました。主婦や働く女性に向けた雑誌も数多く発行されました。戦後の食糧難の時代に生き抜く食事の工夫や、戦争中は途絶えていた女性の教養の手本としてアメリカ人女性のスタイルが紹介されました。

(11)戦後のこども雑誌
戦争中、子供向けの雑誌は、わずか6種を数えるのみでしたが、昭和21(1946)年4月には40種類を超えて発行されました。明るく、想像力の豊かな子供が育つように、希望に胸ふくらむ物語などが編集されました。混乱と困難の時代の中、子供たちはいきいきと、のびのびと育って行きました。

(12)映画・演劇・スポーツの復興
戦後、京都の映画村は被災を免れ、いち早く復興の先陣を切りました。野球を始めとしたスポーツも次々と復活しました。大衆文化が復活し、戦後の困難を生きる人々に大きな希望と楽しみをもたらしました。

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