Archive for the ‘常設展おすすめ情報’ Category

国宝シリーズ切手

2024年1月16日

今回は現在開催中のテーマ展「日本の切手と葉書」から、国宝シリーズを紹介します。

国宝切手シリーズは、第1次が昭和42(1967)~44年にかけて21種類が、第2次が昭和51年から同53年にかけて16種類が、第3次が同62~平成元(1989)年にかけて16種類が発行されました。

今回はその中から絵画・建築に関するものを4点紹介しますので、ヒントを参考に絵画・建築が作成された時代順に並び替えてみましょう。(※答えは一番下に記載しています)

①奈良県にあるお寺の塔。明治時代に来日した「お雇い外国人」であるフェノロサ(アメリカの東洋美術史家)が「凍れる音楽」と評したといわれる。

②今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」と関係が深い絵巻。作成時は10巻ほどで構成されていたと思われるが、現存しているのは4巻。

③平清盛が一族の繁栄を願って厳島神社に奉納した装飾経。経典の装飾は絢爛豪華で、平家の栄華を今に伝える。

④長谷川等伯の日本を代表する水墨画。 東京国立博物館蔵。

【答え】作成順に①薬師寺東塔(奈良時代・白鳳文化)、③平家納経(平安時代・院政期の文化)、②紫式部日記絵巻(鎌倉時代・鎌倉文化)、④松林図(安土桃山時代・桃山文化)

文化人シリーズ切手

2024年1月11日

今回は現在開催中のテーマ展「日本の切手と葉書」から、文化人シリーズを紹介します。

切手の中には一つのテーマにもとづいて数年間にわたり発行されたシリーズものがあります。今回紹介する文化人切手は、昭和49(1974)年から同52年にかけて、18人の文化人の肖像が切手として発行されました。

 文化人の中には、文学者、教育者、歌舞伎役者、俳人だけでなく、科学者、医学者、宗教者、天文学者なども含まれています。みなさん、次の切手の人物が誰かわかりますか? (※答えは一番下に記載しています)


1862~1922 現島根県津和野町出身。 医学博士。文学博士。 『舞姫』、『阿部一族』、『高瀬舟』の作者 。
1872~1896 現東京都千代田区出身。『うつせみ』、『十三夜』、『たけくらべ』の作者 。
1867~1902 現愛媛県松山市出身。『歌よみに与ふる書』を新聞「日本」に連載し、短歌の革新にのりだす。長い病床生活の中で多くの俳句を遺す。

1859~1935 現岐阜県美濃加茂市出身。写実主義である『小説神髄』の作者。 シェイクスピアの全作品を翻訳刊行。

【答え】上から順に森鴎外、樋口一葉、正岡子規、坪内逍遥

辰年の年賀切手シート

2024年1月2日

みなさん、明けましておめでとうございます。今年も博物館ブログをよろしくお願いします。

令和6年は辰年です。現在開催中のテーマ展「日本の切手と葉書」では、昭和10年に発行された日本初の年賀切手から令和5年に発行された年賀切手を年代順に展示しています。今回はその中から今年の干支、辰に関する年賀切手を紹介します。

年賀切手に辰がデザインされたのは昭和39年用のものからになります。山形県と島根県の郷土玩具「竜神と辰」がデザインされました。以後、昭和51年用は福島県の「たつぐるま」、昭和63年用は岡山県の「倉敷はりこ」、平成12年用は佐賀県の「からつ曳山人形・七宝丸」と広島県の「常石張子」、平成24年用は神奈川県の「相模土鈴」と高知県の「土佐和紙雁皮張り子」がデザインされました。このように年賀切手の多くは、郷土玩具がデザインされています。

今年のデザインは川崎巨泉(1877~1942)の「郷土玩具」から辰にちなんだものが採用されています。みなさんが生まれた年の年賀切手やその後の変遷に注目してご覧になるのもいかがでしょうか。


昭和39年(1964)用お年玉年賀切手シート 

昭和51年(1976)用お年玉年賀切手シート

昭和63年(1988)用お年玉年賀切手シート    

平成12年(2000)用お年玉年賀切手シート

平成24年(2012)用お年玉年賀切手シート

記念切手にみる日本の近・現代史

2023年12月27日

今回は、現在開催中のテーマ展「日本の切手と葉書」から記念切手を紹介します。 日本初の記念切手は、明治27(1894)年3月9日に発行された明治天皇の銀婚式(結婚25周年)を祝って発行された「明治銀婚」切手です。鶴と唐草模様がデザインされています。以後、皇室関係や国家行事などにあわせて様々な記念切手が発行されました。記念切手の歴史は、日本の近・現代史を表しているとも言えます。では、いくつか記念切手を紹介しましょう。

大正8(1919)年発行/飛行試行記念切手 / 郵便飛行機の試行飛行が東京~大阪間で行われたのを記念して発行。
大正10(1921)年発行 / 郵便創始50年記念切手 / 逓信省の庁舎をデザイン。

昭和22(1947)年発行 / 日本国憲法施行 / 左:5月の花束 右:母子と議事堂

昭和24(1949)年発行 / 子どもの日記念切手 / 昭和23年に子どもの人格を重んじ、子どもの幸福をはかり、母に感謝するため、子どもの日を制定。
昭和32(1957)年発行 / 国際連合加盟記念切手 / 昭和31年に日本は80番目の加盟国となり、国際社会に復帰した。
昭和34(1959)年発行 / 皇太子殿下御成婚記念切手 / 左: ひおうぎ 右:皇太子ご夫妻
昭和45(1970)年発行 / 日本万国博覧会記念切手 / 左:地球と万博会場 中央:夏秋草図(酒井抱一)  右:博覧会場風景

来年は「明治銀婚」記念切手が発行されてから120年の節目にあたります。これを機会にこれまで発行された記念切手を振り返ってみてはいかがでしょうか。テーマ展では明治から平成までに発行された数多くの記念切手を展示しています。ぜひご来館ください。

テーマ展「四国歩き遍路の旅―金盛弥版画作品展―」の作者・金盛弥氏来館!

2023年12月22日

現在、文書展示室ではテーマ展「四国歩き遍路の旅―金盛弥(かなもり・わたる)版画作品展―」を開催しています(令和6年1月28日(日)まで)。

先日、作者の金盛弥氏が遠路よりご来館いただき、本展をご見学いただきました。

金盛氏が独学で版画を始めたのは昭和44(1969)年からで、制作数が格段に増えたのは大阪府庁退職後に四国遍路を始めた平成12(2000)年からだそうです。四国路には沢山の版画の対象があることや、同じものが一つもない四国八十八箇所霊場の個性的な山門の姿に魅力を感じて、すべての山門を彫ってみたいと決意したのが、制作の動機となったとのことです。山門の制作に約8年を要し、続いて大師堂、塔、別格霊場、番外霊場、へんろみち小景(遍路の墓や遍路休憩所、特徴的な地物など)を彫り進み、高野山町石道や般若心経なども制作されました。

会場でご自身がこれまで制作された四国遍路関係の数々の版画作品をご覧いただき、各作品にまつわるエピソードや思い出話などもお話いただきました。今回の展示では、作品の解説ラベルに金盛氏自らのコメントを紹介しています。是非、展示室で実物の素晴らしい版画作品を見つつ、作者のコメントを読みながら、金盛版画作品を通じて、四国遍路の魅力や歴史文化をたっぷり感じていただきたく思います。

なお、当館ミュージアムショップにて金盛弥版画集『四国歩き遍路の旅 へんろみちと札所』を限定販売中です。この機会にお買い求めください。

【金盛弥氏略歴】

昭和13(1938)年  京都府生まれ

昭和36(1961)年  大阪府入庁

平成 4(1992)年  大阪府土木部長

平成 7(1995)年  大阪府副知事

平成12(2000)年~ 退職後、歩き遍路を順打ちで3回、逆打ちで2回結願、バス遍路で1回結願、現在、6巡目を歩き遍路中(区切り打ち)。

平成19(2007)年  JR四国マリンライナー内で作品展示

平成23(2011)年  NPO遍路とおもてなしネットワーク「遍路大使」と「おもてなし大使」に任命

平成24(2012)年  スペイン・モリナセカ町巡礼資料館で作品展示 <br>

平成26(2014)年  愛媛県歴史文化博物館企画展「四国遍路ぐるり今昔」で作品展示

平成28(2016)年  朝日新聞地方版連載記事「巡礼四国遍路」に作品紹介(~平成30年) 日本郵便記念切手「四国遍路」台紙に作品採用(~平成29年)

令和4(2022)年  金盛弥版画集『四国歩き遍路の旅 へんろみちと札所』発刊


本展を見学する作者・金盛弥氏

お年玉くじつき年賀葉書と賞品

2023年12月21日

昭和24(1949)年、日本初のお年玉くじ付き年賀葉書が発行されました。終戦後、間もない時期にお互いの消息を伝えるとともに、お年玉や寄付金をつけることで夢や社会福祉に貢献するといった願いが込められていました。

当時の賞品は何だったのでしょうか? 特等がミシン、1等が純毛洋服地、2等が学童用グローブ、3等が学童用コウモリ傘、末等が円山応挙の「とら」をデザインとした切手シートでした。

来年のお年玉の抽選日は2024年1月17日(水)となっています。1等が現金30万円または電子マネー31万円、2等がふるさと小包など、3等がお年玉切手シートだそうです。お年玉の賞品からも世相の変化や価値観の変化をうかがうことができます。

日本初のお年玉くじ付き年賀葉書
昭和25年の切手シート(円山応挙の「とら」)

年賀特別郵便の始まり

2023年12月15日

今日15日(金)から年賀状の受け付けが始まりました。今回は現在開催中のテーマ展「日本の切手と葉書」に関連して、年賀特別郵便制度の歴史を紹介します。

明治4(1871)年に日本初の切手「竜文切手」が発行されたのに続き、同6年に日本初の葉書「紅枠はがき」が発行されました。その後、葉書は年始の挨拶を交わす文化と相まって年賀はがきとして普及しました。当時、葉書には受付局と配達局で2つの消印が押されましたが、人々は1月1日の消印を押してもらおうとしたため、年末の郵便局は多忙を極めました。 そこで、明治39年11月29日付逓信省令第51号で「年賀特別郵便規則」が制定されました。10通以上の年賀状を1束にして「年賀郵便」の札を付け、12月15~29日の間に郵便局へ出せば、1月1日の消印が押されて1月1日の最先便で配達されました(1月1日に配達されるとは限らない)。これが内国郵便約款第146条にある年賀特別郵便の起源です。

(年賀特別郵便の取扱い)      

「第146条 当社は、郵便物を12月15日から12月28日までの間に引き受け(引受開 始日については、1週間を限度として繰り下げることがあります。)、料金別納又は料金後納とするものの場合を除きこれに翌年1月1日付けの通信日付印を押印し、翌年1月1日の最先便からこれを配達する年賀特別郵便の取扱いをします。                                 ただし、通信日付印の押印は、その郵便物が料額印面の付いた郵便葉書であるときは、これを省略することがあります。 」                                     

第146条には受付期間について12月15~28日とありますが、元旦に届くためには例年25日までの差出が推奨されています。なお、14日までに差し出すと通常郵便として配達されてしまいます。また、通常の官製葉書に切手を貼って赤字で「年賀」と書けば、1月1日の消印が押されて当日の最先便で配達されます。


【昭和37年用年賀状】
この年から料額印面下方に消印に代わる表示が印刷され、消印がなくなりました。

テーマ展「四国歩き遍路の旅―金盛弥版画作品展―」開催中!

2023年12月10日

現在、文書展示室ではテーマ展「四国歩き遍路の旅―金盛弥(かなもり・わたる)版画作品展―」を開催しています(令和6年1月28日(日)迄)。

金盛弥氏(元大阪府副知事、NPO遍路とおもてなしネットワーク「遍路大使」「おもてなし大使」)は、平成12年(2000)から歩き遍路を行い、その体験を通じて、四国八十八箇所霊場や遍路道などの風景を版画に描いた絵はがき作品を精力的に制作しています。

金盛氏の作品は歩き遍路ならではの独自の視点で捉えられ、墨刷りや多色刷りの美しく調和された色彩で表現されています。平成28年に朝日新聞地方版記事「巡礼四国遍路」の連載、日本遺産認定記念で発行された日本郵便記念切手「四国遍路」の台紙に採用され、全国的に注目されています。

会場では、金盛氏の代表的作品である四国霊場八十八箇所シリーズ「山門」をはじめ、「大師堂」「塔」「別格霊場」「番外霊場」「へんろみち小景」、さらに「高野山町石道」や最新作など、金盛版画作品の全体像とその魅力がわかるように、シリーズごとに分類して実物展示を行っています。また、作品解説は作者の金盛氏によるもので、作品への思いやエピソードがわかります。

展示構成は以下のとおりです。                        

Ⅰ 歩き遍路がとらえた四国八十八箇所のすがた―山門・大師堂・塔―    

  四国霊場八十八ヶ所のシリーズ「山門」「大師堂」「塔」「般若心経」作品  を紹介。                                  

Ⅱ 四国の霊場・遍路道の風景                      

 「別格霊場」「番外霊場」「へんろみち小景」シリーズ作品を紹介。          

Ⅲ 高野山奥之院への道―高野山町石道―                     

 「高野山町石道」シリーズ作品を紹介。                     

Ⅳ 工房・製作道具類                                       

  制作工程見本、工房・製作道具類などを写真パネル紹介。

この機会に、是非とも本テーマ展をご覧いただき、四国遍路に魅了された金盛弥氏が手がけた味わい深い優れた版画作品の鑑賞を通じて、四国遍路の魅力や歴史文化を見つめなおす機会となれば幸いです。

金盛弥《四國第四十二番 佛木寺》(四國八十八カ所霊場 山門) 当館蔵
金盛弥《四國別格第六番 龍光院》 当館蔵
金盛弥《四國別格第七番 出石寺》 当館蔵
金盛弥《四國番外 満願寺》 当館蔵

明治4年に始まった日本の郵便制度

2023年12月9日

12月9日(土)からテーマ展「日本の切手と葉書」が始まりました。今回は明治初期の郵便制度についてご紹介します。

廃藩置県前の明治4(1871)年1月24日、郵便事業の内容が太政官から布告されました。3月1日(陽暦4月20日)から東京~京都~大阪間の東海道筋を結ぶもので、所要時間は東京~京都が72時間、東京~大阪が78時間となっています。東京・大阪・京都には郵便役所が設置されるとともに、東京12箇所、大阪8箇所、京都5箇所、宿場町62箇所にポストが設置されました。当時の郵便切手は48文、100文、200文、500文の4種類。なぜ1種類だけ48文という中途半端な額があるのでしょう?当時は九六勘定といって96文で100文と換算していました。そのため、100文の半額が48文に相当したのです。

当時、書状の大きさは長さ9寸(約27cm)幅3寸(約9cm)まで、1通の重さは5匁(18.75g)までとし、距離に応じて料金が上がる制度でした。例えば1通だと、東京から神奈川が4時間で100文(後の1銭)、箱根が14時間で300文‥‥京都が72時間で1貫400文(後の14銭)、大阪が78時間で1貫500文となっています。重さが5匁以上10匁未満だと料金は1.5培、10匁以上~15匁未満だと料金は2培となりました。また、急ぎの場合は書状の重さに関わらず1里(約4㎞)600文の割合で約20㎞2時間の速さ(時速約10㎞)で届けることになっていました。

  48文切手
100文切手
200文切手
500文切手

【切手の製作は京都の松田玄々堂が請け負った。オランダ人から銅板エッチングを修得した松田敦朝が図案化した】

コーナー展示「牧野富太郎と日野富三郎の交流」のお知らせ

2023年10月19日

令和5年10月14日(土)~令和6年1月14日(日)、常設展示室4において日本の植物学の父とよばれる牧野富太郎と日野富三郎との交流について、牧野富太郎の書簡・葉書を中心に紹介します。資料の内容は、牧野富太郎書簡2点・葉書2点・書(写真パネル)1点、日野富三郎の植物画1点、牧野富太郎と日野富三郎の写真(パネル)1点、第二回植物採集及び実地指導会写真(パネル)1点、合計8点です。

日野富三郎は江戸時代に岩谷口村(砥部町)の庄屋を代々務めた日野家の出身で、明治16(1883)年に日野喜一郎の三男として生まれました。松山中学から岡山の第六高等学校に進学し、同39年に東京帝国大学農科大学に入学します。在学中に岐阜から取り寄せた富有(ふゆう)柿の苗数本を持って砥部に帰省し、その苗を次兄の陽二郎が植えたことが砥部地方における富有柿栽培の始まりといわれています。同42年に同大学を卒業後、いったん鹿児島県立鹿屋(かのや)農学校に赴任しますが、同44年に東京帝国大学農科大学大学院に入学して、翌年同大学の副手を任じられました。大正5(1916)年、再び鹿児島に戻って鹿児島県立鹿屋農学校に勤務し、昭和7(1932)年に愛媛県に帰郷します。

昭和初期、全国各地の営林局が青森から鹿児島にかけて実施した国有天然林調査に度々牧野が招かれており、日本植物学会に所属していた日野も、鹿児島や種子島(鹿児島県)、青島(宮崎県)、高知等の調査に加わって牧野と植物採集を行っています。また、牧野が日野に対して大隅地方の植物方言の問合せや予定している調査への参加を呼びかけるなど、二人が親交を結んでいた様子がうかがえます。

本コーナーを通じて、植物学に情熱を注いだ牧野と日野の心温まる交流を感じていただければ幸いです。

牧野富太郎と日野富三郎の写真
(明治後期~昭和初期、個人蔵)
牧野富太郎書簡
(昭和14年、個人蔵)
展示の様子