Archive for the ‘常設展おすすめ情報’ Category

民俗展示室3「四国遍路」展示替えのお知らせ

2023年5月20日

 2023(令和5)年は日本に密教を広めた弘法大師空海(774~835)の生誕1250年を迎えます。そこで、民俗展示室3「四国遍路」では、弘法大師空海の生涯を紹介した木版墨刷りの絵巻「高野大師行状図画(こうやだいしぎょうじょうずが)」(江戸時代以降制作。10巻本)の中から、空海の誕生の場面(巻第1「誕生奇特事」)を展示します。

 平安時代初期の僧で真言宗の開祖となった空海は、774(宝亀5)年、讃岐国(現在の香川県)に誕生しました。真言宗の伝承では、空海の誕生日は6月15日といわれています。父は佐伯氏、母は阿刀(あと)氏の出身です。空海は幼少期に真魚(まお)といいました。

 空海の誕生については、図画の詞書に、天竺(インド)から聖人が飛来して母の懐に入るのを夢に見て懐妊したこと、一般の人のように十月十日(とつきとおか)で生まれたのではなく、12ヶ月もたって空海が生まれた、と記されています。

「高野大師行状図画」巻第1「誕生奇特事」(江戸時代以降、当館蔵)

 絵巻には讃岐国の佐伯家屋敷と思われる寝殿造りの建物の中の寝所で、空海の父と母と見られる男女が添い寝しています。すぐそばにある衝立の後ろに、雲に乗った聖人が現れています。庭の厩(うまや)では、馬が床を蹴り上げて異変を感じているかのようです。まさに聖人が母の懐に入ろうとしている場面が描かれています。

 こうした神秘的な話は聖徳太子の誕生伝説などにも共通します。

 空海の生涯を総合的に描いた絵巻は鎌倉時代中期以降に登場します。鎌倉新仏教が隆盛する背景の中で各宗派において高僧伝が作られ、真言宗では「高野大師行状図画」「弘法大師行状絵詞」などが制作されました。また南北朝期には、空海生誕600年を記念して「弘法大師行状絵巻」が編纂されています。弘法大師信仰の広がりの中で、空海の事績や伝説を絵画化した巻子や掛軸、冊子類は数多く制作されました。

 本資料は弘法大師空海の生涯が全91段の事績にまとめられ、絵入りで細かく紹介されています。制作年は不明ですが江戸時代以降の制作と見られます。大量制作が可能な木版による空海伝絵巻としても注目され、空海のさまざまな伝説が広まるきっかけとなったと考えられます。

 展示室ではこの他にも、空海や四国霊場に関係する江戸~明治時代に刊行された資料や、愛媛県内外の主な空海伝説地の写真パネルなども紹介しています。

 博物館にお越しの際には、常設展示室「四国遍路」もご覧ください。

写真パネル「大瀧嶽・舎心ヶ嶽」(徳島県阿南市、当館撮影)
写真パネル「網掛け石」(愛媛県松山市、当館撮影)

【PR動画上映】新常設展「密●空と海-内海清美展」

2023年5月9日

5月7日(日)は西予市宇和町の重要伝統的建造物群保存地区「卯之町」にある古民家「末光家住宅」(1770年建築)の公開日。西予市内外から観光客や、古建築・町並み保存に興味のある方々が来場し、賑やかな雰囲気でした。

13:30からは西予市経済振興課の主催で、この末光家住宅を会場にミニ講座が開催され、当館の大本敬久学芸員が講師を務めました。講座では、弘法大師空海の生涯を和紙彫塑で表現した当館新常設展「密●空と海-内海清美展」のPR動画を上映されるとともに、卯之町の町並みと弘法大師空海、四国遍路の関係が取り上げられました。

卯之町の近くには、四国八十八箇所霊場第43番札所の明石寺があり、江戸時代から卯之町は宿場町だけではなく、明石寺の門前町としても栄えてきました。現在、明石寺境内と、明石寺を起点に卯之町の町並みに続く遍路道は「伊予遍路道」として国史跡に指定されています。近年は国内からだけではなく、この遍路道を歩く訪日外国人のお遍路さんも増加し、卯之町はお遍路さんが歩く伝統的町並みとしてSNS上でも話題になっています。

以前から、卯之町の中町休憩所では、お遍路さんに対してお茶の「お接待」が行われており、毎月第一日曜日には、卯之町の古建築「旧武蔵」ではかまどで炊いたおにぎりが「お接待」されています。卯之町の町並みはお遍路さんにとって休息の場所でもあり、住民と交流する場でもあり続けています。

現在、四国4県の産学官民が一体となって、四国遍路の世界遺産登録に向けての活動が進められていますが、この卯之町のように、外から来訪するお遍路さんを地域社会が支え、現在まで「生きた伝統」として継承されてきた四国遍路文化の価値を地元住民が理解できるような普及啓発活動も重要になってきます。当博物館では、今後も、新常設展「密●空と海-内海清美展」PR動画を活用しながら、弘法大師空海の生涯や四国遍路の歴史文化に関して各所で講座や展示を開催していく予定です。

民俗展示室3「四国遍路」展示替えのお知らせ

2023年3月24日

民俗展示室3「四国遍路」の展示替えを行いました。

 今回新たに以下の資料が加わりました。

①『西国順礼道中細見大全』 文政8(1825)年 

②『西国三十三所観音霊場記図会』巻1 弘化2(1845)年 

③銅製納札(個人蔵・当館寄託) 正保4(1647)年

④改正新刻新四国八十八ヶ所案内図 明治36(1903)年

 それぞれの新資料について紹介します。

『西国順礼道中細見大全』

①『西国順礼道中細見大全』は、江戸時代の西国三十三所巡礼の案内記です。西国巡礼の由来、道中に必要な品々、道中心得、各札所の御詠歌、本尊御影、縁起、札所や道中の景観などが紹介されています。

展示箇所は西国巡礼で用意する納札、笈摺(おいづる)、菅笠などの巡礼用具とその書き方などについて、挿絵入りで詳しく記されています。

これらの巡礼用具は四国遍路でも用いられ、書き方などで相違する点もありますが、西国巡礼が四国遍路に影響を与えていることが本書からわかります。 

『西国三十三所観音霊場記図会』

②『西国三十三所観音霊場記図会』は、西国三十三所の観音霊場における縁起や霊験について図版を交えて分かりやすく紹介しています。

展示箇所は花山法皇(968~1008)が紀州熊野へ参詣する場面(巻1)。右上には、その道中で花山法皇が詠まれた和歌「名にしおはは/わか世はここに/つくしてん/ほとけのみ国/ちかきわたりに」(「玉葉和歌集」巻第19所収)が添えられています。

花山法皇は冷泉天皇の第一皇子として生まれ、19歳の時に最愛の女御の死によって無常を悟り、京都山科の元慶寺にて出家しました。その後、書写山の性空上人と結縁し、正暦2年(991)に紀州熊野那智山に参籠し、熊野権現の神託を得て、かつて徳道上人が開いたとされる三十三所観音霊場への巡礼を発願し、観音巡礼を復興したと伝えられています。また、花山法皇が各霊場で詠んだ御製の和歌は御詠歌の始まりとされています。

銅製納札

③銅製納札は、西国三十三所観音巡礼で奉納された金銅製の納札です。形状は上部が山形で、四隅に穴が開けられており、札所の壁や柱などに奉納された痕跡と見られます。表面には観音菩薩立像と日月文様が線刻され、「正保四丁亥歳 河内国錦郡嬉村/慈眼視衆生 願以此功徳 普及於一切/奉納西国卅三度行人為二世安楽/福寿海無量 我等与衆生 皆共成佛道/二月十日 裕西法師 敬白」と刻字されています。

銘文によると、河内国錦郡嬉村(現大阪府富田林市)の裕西法師(詳細不明)が奉納した納札であることがわかります。中世から近世前期にかけて西国観音巡礼で奉納された銅製納札は、園城寺、石山寺(ともに滋賀県大津市)などに現存していますが、全国的に見てその数は多くなく、貴重な巡礼資料といえます。  

改正新刻新四国八十八ヶ所案内図

④改正新刻新四国八十八ヶ所案内図は、福岡県篠栗(ささぐり)町にある「篠栗新四国八十八ヶ所霊場」を紹介した明治後期の案内図です。篠栗四国の歴史は、天保6(1835)年に尼僧慈忍によって開創されと伝えられています。

江戸時代以降、四国遍路が盛んとなると、各地で四国八十八箇所を模倣した写し霊場が誕生しました。

作者は福岡市の宮本六太郎。各札所は番号(赤印)と地名が記載され、第1番の南蔵院は絵図中央部にやや大きく描かれています。絵図の下部には篠栗駅舎と蒸気機関車、人力車、参拝者などの姿が見て取れます。

篠栗新四国は、香川県の小豆島、愛知県の知多新四国と共に「日本三大新四国」の一つに数えられています。篠栗は桜の名所としても知られ、本図は全体的に淡い紅色で彩色され、春の巡拝シーズンの情景が描かれています。多くの巡拝者が土産として買い求めたものと思われます。 新たに常設展「四国遍路」に加わったこれらの実物資料を、ぜひ博物館でご覧ください。

【公開】愛媛新聞連載「えひめの歴史文化モノ語り」

2023年3月9日

愛媛県歴史文化博物館ホームページ

この度、愛媛県歴史文化博物館のホームページ内で、当館が収蔵資料を紹介する「えひめの歴史文化モノ語り」を公開しました。
https://www.i-rekihaku.jp/research/monogatari/

「えひめの歴史文化モノ語り」は、当館が収蔵する資料を学芸員が選び出し、最新の研究成果や現場ならではの「こぼれ話」を交えながらわかりやすく紹介するもので、平成29年7月に愛媛新聞の文化面で連載がスタートし、月2回のペースで継続中。令和5年2月末時点で135点(135回)を紹介しています。

今回は過去の連載紙面のうち第1回~第30回とテキスト原稿、画像をアーカイブとして掲載しましたので、ぜひご覧ください。

第1回 2017年7月16日 上黒岩岩陰遺跡の石材 ~縄文時代 海越え交流か
第2回 2017年7月27日 戦国期小領主の鎧兜 ~庄屋になった子孫継承
第3回 2017年8月9日 志願兵募集ポスター ~一億玉砕の雰囲気醸す
第4回 2017年8月23日 三角縁神獣鏡 ~伊予市に古墳 存在示す
第5回 2017年9月13日 漂客紀聞 ~伊予の漂流者 証言記録
第6回 2017年9月26日 金梨地隅切葵紋花生蒔絵硯箱 ~和歌に生きた姫の遺品
第7回 2017年10月5日 小原五ツ鹿踊りの鹿面 ~東北ルーツの郷土芸能
第8回 2017年10月19日 豊臣秀吉朱印状 ~加藤嘉明への信頼厚く
第9回 2017年11月9日 大型器台 ~「高くささげる」意識
第10回 2017年11月24日 木造阿弥陀如来立像 ~嘉明ゆかりの寺で安置
第11回 2017年12月13日 戸島の地芝居衣装 ~大きな襟・鳳凰刺しゅう
第12回 2017年12月22日 空海の三教指帰 ~青年期の苦悩をつづる
第13回 2018年1月13日 正月用引札 ~客の幸福祝う粋な挨拶
第14回 2018年1月25日 星梅鉢紋入懐中時計 ~人脈駆使し贈り主解明
第15回 2018年2月3日 狆の毛植人形 ~姫の人気ペット精巧に
第16回 2018年2月26日 外国人による四国遍路研究書 ~自ら歩き聞き取り調査
第17回 2018年3月4日 御殿飾り ~庭園ジオラマ 曲水の宴
第18回 2018年3月23日 縄文時代の耳飾り ~特定の身分のみ着装か
第19回 2018年4月7日 安政南海地震の記録 ~津波規模想定の資料に
第20回 2018年4月23日 釈日本紀 ~古代伊予国の伝説記す
第21回 2018年5月3日 鯉のぼり ~鱗描き方と尻びれ特徴
第22回 2018年5月19日 石崎汽船の観光案内図 ~鳥瞰図 大胆デフォルメ
第23回 2018年6月1日 佐田岬半島の裂織 ~古布を再生 丈夫で暖か
第24回 2018年6月15日 土偶と石棒 ~繁栄祈る縄文人の呪具
第25回 2018年7月3日 相の谷1号墳 ~県内最大の前方後円墳
第26回 2018年7月24日 六十余州名所図会 伊豫西條 ~広重独自の石鎚山描く
第27回 2018年8月9日 永井刀専の隣組回覧 ~庶民生活 絵を添え記録
第28回 2018年9月2日 河野通直の感状 ~奮戦 亡父の武勇へ賛辞
第29回 2018年9月12日 石器の材料 黒曜石 ~島根や大分産の貴重品
第30回 2018年9月25日 宇和島観光案内 ~近代都市への過程示す

共催展「空海と四国遍路」(~3月21日)

2023年2月17日

2月18日(土)から西条市の小松温芳図書館郷土資料室にて、「空海と四国遍路」展を開催します。

愛媛県歴史文化博物館では、新常設展として「和紙彫塑による弘法大師空海の世界 密●空と海―内海清美展」を展示しており、空海や四国遍路に関する特別展や講座など様々な活動を展開してきました。

また、四国4県で進められている四国遍路世界遺産登録への取り組みにも協力しており、四国遍路の魅力を発信し、一層の機運醸成を図るため、今回、西条市の小松温芳図書館・郷土資料室との共催で、「空海と四国遍路」展を開催することとなりました。

今回の展示では、弘法大師空海の生涯や、四国遍路の歴史や文化について、愛媛県歴史文化博物館が所蔵する資料で振り返るとともに、弘法大師空海の生涯を人形群で表現し高い芸術性で国際的評価を得ている和紙彫塑家・内海清美(うちうみきよはる)氏の作品「密●空と海」の映像で紹介するなど、多様な視点から空海と四国遍路の豊かな魅力を紹介します。


会期は、3月21日(祝)までとなっています。

【開催情報】

会名  共催展「空海と四国遍路」

会期  令和5年2月18日(土)~3月21日(祝)10:00~18:00

    ※休館日 2月20日、27日、28日、3月6日、13日、21日

会場  小松温芳図書館郷土資料室 西条市小松町新屋敷甲3007-1

主催  愛媛県歴史文化博物館  小松温芳図書館・郷土資料室

観覧料 無料

若き空海の悩みと決意-川之石高校書道部による書道パフォーマンス-

2023年1月3日

川之石高校書道部による書道パフォーマンス

川之石高校書道部による書道パフォーマンス

本日1月3日、新春イベントとして、愛媛県立川之石高校書道部による書道パフォーマンスが行われました。5人の部員が表現したのは、四国出身の弘法大師空海が24歳の時に書いた『三教指帰』の序文に見える文章です。

空海「三教指帰」の序文より

空海「三教指帰」の序文より

邁進
急変する世の中を救いたい。
目に見えるものすべてが私に出家をすすめる。
親しき人は忠孝にそむくと私を止める。
鳥は空を飛び、魚は水を泳ぐように、
人の性質も様々である。
聖人は人を導くのに三種の教えを用意した。
そのうちの一つの教えに入ることが忠孝にそむくと言えようか。
この道より我を生かす道なし。
我この道を行く。

弘法大師空海は、奈良時代後期の宝亀5(774)年に讃岐国の郡司(地方役人)の家に生まれて、15歳で平城京に出て、母方のおじの阿刀大足(桓武天皇の皇子・伊予親王の家庭教師をつとめた儒学の先生)のもと、勉学に励みます。18歳で大学に入り、朝廷の官僚エリートコースを進み、当時、勉学の中心だった儒教を学びます。

しかし、空海は、仏教の道に目覚め、儒教中心の政治で苦しむ世の中の人々を救うことができるのか、深く悩むようになります。地方役人の家柄に生まれて、朝廷の官僚養成コースというエリート人生の軌道に乗っていたのですが、空海は一大決心をして大学を中退し、仏教の道に進んで山林修行の旅に出ることになります。その途中で書いたのがこの『三教指帰』。空海24歳の時でした。

「親しき人は忠孝にそむくと私を止める」つまり、大学を中退して仏教の道に進む選択を、周囲の家族、親族、知人たちは一同に、国(朝廷)への忠義にそむいて、親への孝行にはならないと反対をする中、それを押し切っての決断でした。

書道部の作品に「急変する世の中」とあるように、当時は奈良時代から平安時代へ。都も平城京、長岡京、そして平安京へと移り、飢饉や災害、そして蝦夷との戦争の続く厳しい世情でした。

「聖人は人を導くのに三種の教えを用意した」とあるのは、儒教、道教、そして仏教のこと。『三教指帰』はこれら三つの教えが指し示し帰結するところ、という意味で、三つの教えの特徴が記されています。空海は、その中で最も人々を救うことのできる教えとして、自ら選択したのが仏教だったのです。

「この道より我を生かす道なし」「我この道を行く」
空海は、親族や知人達に対する出家宣言の書として『三教指帰』を書き記して、本格的な仏道修行へと邁進したのです。

それからしばらく、空海の行動や所在は不明となりますが、7年半が経ち、空海は朝廷が中国(唐)へ派遣する遣唐使に随行する留学僧に選ばれ、唐の都・長安に渡って、真言密教を体得して、日本に伝えることになります。その後、高野山を開創するなど、平安時代前期を代表する僧侶として活躍します。

今回の川之石高校書道部のみなさんが書いた文章は、若き空海が悩みながらも自分の生きる道を自らが選び取って、実現させようとする決意表明でもあります。空海は高僧、偉人のイメージが強いのですが、今回の書道パフォーマンスでは、空海が20歳前後の青年時代の生きざまを表現しており、これから成長して、社会にはばたいていく高校生に相応しいものだったのではないでしょうか。

川之石高校書道部のみなさん、本当にありがとうございました。

なお、今回の作品は博物館内に展示しています。また、館内には、空海の生涯を和紙で表現した新常設展「密●空と海―内海清美展―」にて、若き日の空海が平城京で学んだり、室戸岬(高知県)で仏道修行する場面を展示していますので、あわせてご観覧ください。

戦時下を生きた松中生の日記を展示

2022年8月10日
日記の一部
焼夷弾と空襲をうけた松山のチケッチ
新居浜での空襲の様子

まもなく77回目の終戦の日を迎えます。今回は戦時下の県立松山中学校(現松山東高校)の生徒が記載した日記を紹介します。

日記を記したのは橋爪陽一(1927~2014)さん。橋爪さんは伊予市中山町に生まれ、昭和15(1940)年に松山中学へ入学しました。戦局の悪化に伴い同19年8月から新居浜市の住友機械工場で勤労動員に従事しました。勤労動員では機械作業で怪我をしたり、集団生活で赤痢に苦しめられたりしたようです。そのなかでも寸暇を惜しんで勉強し、松山高等学校に合格しました。翌年、松山高等学校(現愛媛大学)に入学したものの勤労動員は継続され、授業が開始されたのは10月からでした。

昭和20年7月26日、松山は空襲を受けますが、数日後その惨状をスケッチで残しています。実家で終戦を迎えた橋爪さんは「驚嘆、失望、落胆、甚だしき立腹」と記載しています。大きなショックだったのでしょう。戦後は進駐軍に嫌悪感を抱きながらも、日本人が「世界の公民」となるため、日本のことを知ってもらうことが必要だとも述べており、心境の変化がうかがえます。

多感な10代の時期を戦時下に生きた橋爪さん。その日記は77年の時を経て、私たちに平和の尊さを訴えています。本資料は歴史展示室4(近・現代)の戦争コーナーで展示しています。

新常設展「密●空と海」の魅力発信-県庁ロビー展-

2022年7月16日

密●空と海ー内海清美展

愛媛県歴史文化博物館では、平成24年から新常設展として「和紙彫塑による弘法大師空海の世界 密●空と海―内海清美展」を展示するとともに、空海や四国遍路に関する特別展や講座など様々な活動を展開してきました。

また、四国4県で進められている四国遍路世界遺産登録への取組みにも協力しており、その一環として、今回、県庁ロビー展「新常設展『密●空と海』-弘法大師空海と四国遍路-」を開催いたします。

会場では、新常設展「密●空と海」のPR映像、四国遍路に関する紹介パネルを展示するほか、四国遍路の世界遺産登録への取組みに関する広報用パンフレット等も配布していますので、ぜひ会場に足をお運びください。

名称:県庁ロビー展「新常設展『密●空と海』-弘法大師空海と四国遍路-」
会期:令和4年7月25日(月)~7月29日(金)9:00~17:00
※ただし25日は10:00~、29日は15:00まで
主催:愛媛県歴史文化博物館
会場:愛媛県庁第一別館1Fロビー 松山市一番町四丁目4番地2

展览视频已经完成 爱媛县历史文化博物馆新常设展“密●空与海”

2022年4月12日

请通过此 URL 观看 YouTube 视频。
https://youtu.be/SmE_hkH-EZ4

爱媛县历史文化博物馆,从2012年开始了关于弘法大师空海的公开常设展览。
在国际上有着极高艺术赞誉的和纸雕塑家内海清美先生通过他的作品“密●空与海” 的人偶群来展现空海的一生。这是享誉世界的地域资源,“四国朝圣文化”的根本。
这些人偶是用爱媛县的大洲和纸,川之江手制和纸等制作的。 该展览是一种综合的艺术形式,充分利用声音和灯光设计来呈现一组约200个人偶来展现充满魅力的展览空间。

爱媛县历史文化博物馆新常设展“密●空与海” 网站
https://www.i-rekihaku.jp/exhibition/new_jyousetu/
现在在位于爱媛县西予市的爱媛县历史文化博物馆常设展示中公开。
地址是爱媛县西予市宇和町卯之町4-11-2

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四国遍路と弘法大師空海シンポジウムのご案内

2022年2月16日

3月6日にシンポジウム「四国遍路と弘法大師空海」を開催します。

パネリストはご覧の方々です。
 京極夏彦氏(小説家)
 東雅夫氏(文芸評論家/アンソロジスト)
 胡光氏(愛媛大学四国遍路・世界の巡礼研究センター長)
 *パネリストはオンライン参加予定です。

視聴方法、会場参加のお申し込み方法は、詳細は、チラシもしくはホームページをご確認ください。
https://www.i-rekihaku.jp/information/2022/henro_symp/