Archive for the ‘館蔵資料紹介’ Category

テーマ展「宇和海の船大工」展はじまります

2013年12月21日

 12月21日(土)より、テーマ展「宇和海の船大工」展が開催されました。
 本展示のきっかけは、ある船大工さんから、船大工道具や船の設計図である「板図」、そして「板図」をもとに作られた船の模型などを当館へ寄贈いただいたことにはじまります。
 資料の寄贈にあたり、資料の名前や使い方、船大工の仕事などを聞き取り、記録する中で、その貴重さや船大工の美意識などを知り、ぜひ展示につなげることができないかと考え、準備をしてきました。
 そして以前当館に寄贈された別の船大工道具や、村上節太郎撮影の造船所の写真なども合わせ、今回の宇和海の船大工の仕事を紹介する展示となりました。

 
船の模型(奥)と板図(手前)


船大工道具

 博物館の展示ができあがるまでにはさまざまな形があり、今回のようにまずはじめに資料がありそこから展示へとつながるものもあれば、あるテーマをもとに資料を調べ、集めて展示へとつながる形もあります。今回企画展示室で同時開催されます「午年のお正月」展は後者のタイプだと言えます。平成26年の干支、「午」と「お正月」をテーマに、当館の各研究科の学芸員が「これぞ!」という資料を持ちよっての展示となりました。時代も場所も研究分野の垣根も越えたおめでたい展示となっております。
 ぜひご来館ください。職員一同お待ちしております。

テーマ展 「宇和海の船大工」
開催期間 平成25年12月21日(土))~平成26年2月3日(月)
会場    愛媛県歴史文化博物館 文書展示室

テーマ展 「午年のお正月」
開催期間 平成25年12月21日(土))~平成26年2月3日(月)
会場    愛媛県歴史文化博物館 企画展示室

民俗展示室3「四国遍路」展示替えのお知らせ

2013年8月1日

民俗展示室3「四国遍路」は、7月30日に一部資料の展示替えを行いました。

 今回新たに次の資料が常設展示に加わりました。

・弘法大師と衛門三の刷り物 

・弘法大師御事蹟壱千百年忌記念絵葉書、大正4(1915)年、個人蔵

・四国八十八箇所順拝略図、江戸時代

・四国第三拾八番土佐国足摺山図、明治時代

・遍路宿宿帳、昭和7~18(1932~43)年

 そのうち、「四国第三拾八番土佐国足摺山図」は、明治期に作成された四国霊場第38番札所足摺山金剛福寺の絵図です。絵図には略縁起を紹介し、境内の伽藍と足摺岬周辺の名所旧跡が描かれています。太平洋の沖合には日の丸をつけた洋船、帆船の姿も見られ、当時の様子を伝えています。

 また、「遍路宿宿帳」は、愛媛県上浮穴郡川瀬村大字下畑野川(現久万高原町)にあった旧遍路宿・大黒屋において、昭和7~同18年にかけて作成された遍路の宿帳です。畑野川集落は地理的に第44番札所大宝寺と第45番岩屋寺の中間地点にあたり、歩き遍路が順打ちして岩屋寺に向かう際、往復とも同じ道を通るため、宿に荷物を預けて巡拝する「打戻り」の拠点でした。そのため最盛期には遍路宿が10数軒あったそうです。この遍路宿宿帳に記録された遍路の数量的なデータは、昭和10年代の四国遍路の動向を知る上でとても貴重な資料といえます。常設展示室にある四国遍路の資料もぜひご覧ください。

弘法大師御事蹟壱千百年忌記念絵葉書

四国第三拾八番土佐国足摺山図ほか

遍路宿宿帳

西予市三瓶の野鍛冶資料

2013年6月28日

先日、れきはくボランティア・スタッフの方とともに、館蔵資料の西予市三瓶の野鍛冶資料の整理を行いました。

野鍛冶とは、農具、漁具、包丁などの地域生活に密接な鉄製道具を手がける鍛冶屋のことをいいます。かつて「村の鍛冶屋」として、地域生活を支えていた野鍛冶でしたが、農耕具の機械化、大手メーカーによる大量生産時代の到来によって、鍬(くわ)、鋤(すき)などの農具の生産・修理の需要が急減し、全国的に各地の野鍛冶は相次いで廃業していきました。

今回、整理した西予市三瓶の野鍛冶資料は、旧三瓶町朝立で平成10年頃まで操業されていた石本鍛造で作られた、愛媛県内外の鍬先の雛形(見本)です。

愛媛県内外の鍬先の雛形

石本鍛造の創業は明治期とされ、昔は大八車や馬車の車輪(鉄輪)を専門に作る車鍛冶でした。戦後、車の修理や新造の注文が減ったため、鍬、鋤などの農具を手がける野鍛冶に転身。昭和42年頃、甘藷、麦の栽培が主であった畑作が蜜柑栽培へと移行するにつれ、鍬の新調や修理の仕事が減り、昭和45年頃から、今治の金物問屋の依頼で、愛媛県内外の鍬先を専門に作りました。

鍬先とは、鍬の頭部に取り付ける鉄製の部分のことです。鍬先は地域によって形や呼称が千差万別です。それは土壌、作物の品種、使用者などの違いから、様々な種類の鍬先が作られました。形態を大別すると、三つ鍬、四つ鍬などの鍬先が又状に分かれている「又もの」と、鍬先が平べったい「平もの」があります。

今回、整理した資料は、実際に各地の鍬先を製作する際の見本(雛形)として作られ、大切に保管されてきたものです。

愛媛県内で使用されていたものとして、地元(三瓶)窓鍬、温泉郡四ツ鍬、周桑郡三ツ鍬、周桑平鍬、周桑ビワ鍬、周桑トギリ鍬、越智ごぼう掘り、越智型窓付き草削り、南予型おたふく鍬、柿木皮はぎ、玉ねぎ植がんぎ切り、八本レーキ、ナタ鍬などがありました。さらに、県外の鍬先には、香川県高松三ツ鍬、徳島県鳴門四ツ鍬、島根県平鍬、島根型化肩上げ四ツ鍬、広島島型三ツ鍬、広島ホソ口虫掘り、山口県山口型三ツ鍬、新潟県ヒツ大三ツ鍬などがありました。県内のみならず、四国地方や中国地方、遠い新潟県の鍬先までもが、かつて西予市三瓶町で作られていた事実には驚愕します。

越智型窓付き草削り(左)と南予型おたふく鍬(右)

新潟県ヒツ大三ツ鍬

実際、資料整理にあたっては、鍬先の使用痕跡や現状を損なわないように注意しながら、鍬先の表面についた埃や錆を布やブラシで軽く払い落とし、クリーニングが終わったものから、資料名称を記した整理用のラベルを括り付けました。鍬先の中には、商品銘や鍛造所名が刻まれているものもありました。

クリーニング作業

クリーニング、ラベリングが終わった資料

整理にあたった参加者はみんな、鍬先の種類の多さ、形状や呼称の違いに驚き、その意味や使い方などについていろいろ想像しながら、楽しく作業を終えました。西予市三瓶町の石本鍛造で作られた鍬先の製作見本(雛形)は、なくなりつつある野鍛冶資料として、また、農具研究資料としても貴重といえます。

ハーモニカたんす

2013年5月30日

 特別展「民具王国びっくりミステリーツアー」で一二を争う人気の資料が「ハーモニカたんす」です。
 このたんすはただのたんすではありません。引出しを開け閉めすると「ファ~」とハーモニカのような音が鳴るので「ハーモニカたんす」と呼ばれています。空気が出入りすると音が鳴る仕組みになっています。ハーモニカは「息を吸う/吐く」で音が違うように、ハーモニカたんすも一つの引出しを「引く/押す」で音が変わります。音が出るのは、防犯の目的のためのようです。

 このたんすは松山市の一矢タンス店(現在のイチヤ家具店)が製作したもので、扉の内側にその銘が残っています。
 先日、このイチヤ家具店の一矢さんと奥様がご来館し、ハーモニカたんすについていろいろとお話ししてくださいました。
 たんすを運ぶために棒を通す「棒通し」や鍵の部分「鍵座」、真鍮製のカン(金へんに丸)などたんすの部分名称も丁寧に教えていただきました。
 また、最下部の左の引き出しを引き抜くと非常ベルのような音が鳴ります。丸い突起部が押されると鳴るものであり、もう少し新しいたんすの場合、バネのようになっているそうです。

 ハーモニカたんすは、普通のたんすと比べて高価であるとか時間がかかるというわけではありませんが、空気がもれないしっかりしたたんすでないとできないそうです。それをお客さんに説明するために、引き出しを上下逆にしても入れ、精密な作りだということをお見せしたりもしたそうです。

 このような「間箪笥」(けんだんす 幅180cm)は20年前くらいから作っておらず、今では四尺箪笥(よんしゃくだんす 120㎝)が主流となっているそうです。きものが日常的だった時代から洋服の時代になったことや、引っ越しや住宅などライフスタイルの変化が、たんすの変遷から読み取れる、大変面白いお話をお聞きすることができました。

 「民具王国びっくりミステリーツアー」では、ハーモニカたんすの音色(ねいろ)をはじめ、スゲミノの肌触りや昔の教科書の内容など、さまざまな体験をしていただけるコーナーがございます。
 おすすめの体験型展示解説会「民具王国ミステリーガイドツアー」は展示期間中以下の日程で実施しております。

 毎週土曜日 午後1時受付開始
         午後1時半~(所要時間 1時間程度)
 先着20名
 特別展観覧券が必要です

 次回は6月1日の土曜日、皆様をお待ちしています。

常設展示室に風船爆弾展示

2013年3月12日

  3月5日(火) の休館日に保守点検が行われ、その際歴史展示室4(近・現代) に風船爆弾の模型が展示されました。風船爆弾は、太平洋戦争末期、和紙と蒟蒻糊で作った気球です。爆弾を吊して、偏西風にのせ、アメリカ本土の爆撃を目的として作られました。実際アメリカ本土まで達し、被害を与えています。
 本県でも製紙業の盛んな東予地方で作成されました。川之江高等女学校33回生は勤労動員として昭和19年から風船爆弾を作成する日々を送りました。ぜひ一度御来館の上、このような戦闘道具があったこと、そして日々作成した勤労動員の生徒がいたことを忘れないでいただければと思います。

リフトで風船爆弾を取り付け

実際の1/11の大きさです

御殿飾りを展示しています

2013年2月15日

桃の節句、恒例の企画展「おひなさま」の開幕が迫ってきました。この数日間、担当の学芸員は展示室にこもって、人形の列品作業を続けています。

展示されるのは、お人形ばかりではありません。こちらは、江戸後期に京都や大坂で広く見られた御殿飾りのおひなさまです。今でいうドールハウスですが、分解したたくさんのパーツから御殿を組み上げていくので、これはこれで時間と根気のいる作業になります。

こちらで組み立てているのも御殿飾りですが、比較的に新しい昭和40年代のもの。最初の画像の御殿は白木の寝殿造りでしたが、新しい御殿は金きらきらに飾られていて、屋根がつくと日光東照宮みたいになります。

当館ではいろいろなタイプの御殿飾りを展示するので、御殿を比べながら見て歩くのも楽しいかもしれません。企画展「おひなさま」は2月19日(火)にオープンします。たくさんのおひなさまに逢いに来てください。

「手回し蓄音機の音を聞いてみよう!」実施しました

2013年1月2日

色々なお正月のイベントで館内がにぎわう1月2日、体験企画の一つとして、テーマ展「レトロ広告図鑑」の関連イベント「手回し蓄音機の音を聞いてみよう!」を実施しました。

蓄音機実演の様子
 
古いレコード広告の展示コーナーの前で、館蔵の卓上型とポータブル型の蓄音機を用意し、「みかんの花咲く丘」や美空ひばりなど、童謡・スイングジャズ・歌謡曲をお聞きいただきました。
子どもたちは初めてみる蓄音機に興味津々。

蓄音機の周りに集まる子どもたち
 
ターンテーブルが廻り、SPレコードの音楽が流れだすと、「電気を使っていないのに、こんなに大きくてきれいな音が出るなんて」とびっくりしていました。
優しくて懐かしい歌声が響く展示室で、いつもと違った雰囲気を楽しむことができました。

蓄音機から音楽が流れる
 
「レトロ広告図鑑」は2月3日(日)までです。この機会に、ぜひお越しください。

村上節太郎写真33 松山市駅を出る坊っちゃん列車 昭和28年

2012年8月12日

松山市駅を出発した坊っちゃん列車が、大きく右にカーブを曲がりながら中の川を渡っていく。踏切手前には白色のX型の踏切標識が見えるが、これは進駐軍用の踏切標識で、「RAILROAD CROSSING」の英文が記されていた。写真からも小さな機関車が貨物車やたくさんの客車を牽引していたことがよくわかるが、松山市駅を出てから立花駅までは石手川の土手に向かって坂になっており、老朽化した坊っちゃん列車にとっては難所となった。戦後の粗悪な石炭だったこともあり、パワー不足のため満員の重みに耐えかねて登れなくなり、乗客が途中で降ろされることもあったという。坊っちゃん列車は写真の翌年には運行を終了し、ディーゼル機関車に取って代わられた。村上節太郎はその前年に坊っちゃん列車の最後の輝きを記録するように何枚も写真撮影している。

写真は平成16年に撮影した現況写真。車両だけではなく、暗渠となった中の川を含めて周辺の景観が大きく変化していることがわかる。

松山市駅を出る坊っちゃん列車の写真は、愛媛県立図書館で開催中の共催展「坊っちゃん列車が走った街~明治・大正・昭和~」(~8月26日)に現在展示中です。

村上節太郎写真32 別子鉱山鉄道 昭和10年

2012年8月9日

別子鉱山鉄道は、その名の通り、別子銅山の鉱石の輸送を目的につくられた鉄道で、明治26(1893)年に開業した。開業当初は一般の貨物や旅客を乗せない別子銅山専用の鉄道であったが、昭和に入ると鉄道沿線の人口も増え、鉄道利用を希望する声も高まってきたため、昭和4年に広く一般の貨物や旅客にも開放され、端出場-惣開が従来の専用鉄道から地方鉄道に切り替えられた。

村上節太郎の写真は、地方鉄道になってから6年後の昭和10(1935)年に山根駅付近で撮影されている。写真を見ると乗客が乗る客車と鉱石が載せられた貨車が混合して走っている様子がよく分かる。地方鉄道としての開業当初、運賃は端出場-惣開が20銭。惣開4時10分を始発として、終着21時45分まで上下19本もの貨客混合列車が運行、昭和5年のデータで旅客10万4000人、貨物68万トンを運んだという。

その後戦争をはさみ、戦後復興期を迎えるとバスなどの新しい交通機関が普及していき、通勤通学はバスや自転車へと次第に取って代わられた。そのため乗客が激減した別子鉱山鉄道は昭和30年に再び専用鉄道に戻り運行を続けたが、ついに昭和52年に84年の歴史に幕を下ろした。

※別子鉱山鉄道の写真は、特別展「GO GO TRAIN !」に現在展示中です。

参考文献
『愛媛県史』地誌Ⅱ(東予東部)1988年
藤本雅之「愛媛県における鉄道の変遷」(『愛媛県総合科学博物館研究報告』第2号、1997年)

五月飾りを展示しました

2012年4月13日

テーマ展「おひなさま」も終わり、季節の主役の交代ということで、民俗展示室2の海・山・里の家に五月飾りを展示しました。


当館が所蔵する中で、最も大きな幟飾(のぼりかざ)りを展示しています。高さが214センチもあり、天井(てんじょう)に届かんばかりです。


この幟。裾の端にぶらさがっているものにも注目してみてください。ここには一般的には括(くく)り猿という風押さえの錘(おもり)がつけられていましたが、この幟にはその名のとおり毛植えのかわいらしい猿が付けられています。昔の人のユーモアが感じられます。

ゴールデンウィークは特別展「リカちゃん-夢とあこがれの45年-」が開催されますが、常設展示には男の子の五月飾りが展示され、子ども歴史館でも大人気のよろいの着付け体験が実施されます。男の子もぜひゴールデンウィークはレキハクへ!!