‘館蔵資料紹介’ カテゴリーのアーカイブ

常設展示室(中世)の展示替え~村上海賊と現代の創作作品~

4月 30日 土曜日

昨日の記事で紹介したとおり、村上海賊に関するストーリーが「日本遺産」に認定されるなど、近年、村上氏をはじめとする瀬戸内海の海賊衆の歴史が高い注目を集めています。
村上海賊の活動の足跡は、現代の創作物にも影響を与えており、村上氏や瀬戸内海の海賊衆をモチーフにした多くの小説・コミックや映像などの作品が生み出されています。

今回の展示替えでは、いつもの歴史史料とは視点を変えて、展示室内にミニコーナーを設け、当博物館が制作に協力した、または当館に関連する以下の4作品を展示紹介しています。
村上氏と現代の創作作品

尼子騒兵衛氏作『落第忍者乱太郎』(朝日新聞出版)
忍者のタマゴたちが主人公のアニメ「忍たま乱太郎」の原作です。ギャグを基調としつつ、入念な時代考証により室町・戦国時代の世相を反映した世界観に貫かれています。作中に登場する「兵庫水軍」は、村上海賊がモデルで、その活動の実態が色濃く反映されています。乱太郎たちが船道具を持っている、第40巻の表紙を置いてみました。

「船中の四功 山立・鬼蜘蛛丸」(『落第忍者乱太郎』より)
尼子騒兵衛氏作・寄贈
『落第忍者乱太郎』作中に登場する「兵庫水軍」は村上海賊の活動をモデルとしており、本作は兵庫水軍のキャラクターの一人、鬼蜘蛛丸を描いたものです。山立(やまだち)とは航海の責任者を指します。2014年、当博物館での特別展開催を記念して制作・ご寄贈いただきました。
山立 鬼蜘蛛丸

和田竜氏作『村上海賊の娘』(新潮社)
和田竜氏による長編歴史小説。天正4年(1576)第一次木津川口合戦における能島村上氏の村上武吉の娘が描かれています。第35回吉川英治文学新人賞、第11回本屋大賞受賞。瀬戸内海の海賊衆に関する詳細な時代考証が施されており、多くの史料が小説に反映されています。

原作 和田竜氏・漫画 吉田史朗氏 作『村上海賊の娘』(小学館)
和田竜氏による長編歴史小説『村上海賊の娘』の漫画化作品です。当博物館は村上水軍博物館(今治市)とともに取材協力しており、当展示室で常設展示している戦国末期の小早や安宅船模型を資料の一つとし、軍船や船戦に関する緻密な描写がなされています。

本展示室では、戦国期の軍船「小早」「安宅船」模型をはじめ、海賊衆に関する歴史史料が数多く展示されています。
中世展示室(伊予の水軍)
今回新たに設けてみたミニコーナーとあわせてご覧いただくことで、それぞれの作品世界や、戦国期の瀬戸内海で躍動した村上海賊について理解を深めるきっかけとなれば幸いです。

【特別展情報】現存最古?松山祭りの絵図

4月 5日 火曜日

特別展「愛媛・お祭り博覧会2016」での注目資料に「阿沼美神社祭礼神輿宮出之図」(個人蔵・当館保管)があります。「松山祭り」、神輿の鉢合わせの様子を描いたものとしては現在確認されている中では最も古いと思われる絵図です。

「松山祭り」は10月5~7日に行われ、特に7日の神輿の鉢合わせで知られます。江戸時代、松山藩では味酒神社(阿沼美神社)・湯月八幡宮(伊佐爾波神社)・正八幡宮(雄郡神社)の祭を三祭と呼んでいました。

本図は、四角と八角の神輿で知られる味酒神社祭礼の宮出し行列を描いた図です。手前の2体の神輿は、屋根と胴を締め、担ぎ棒に固定しており、鉢合わせ、舁き比べを描いた構図と見られます。神輿舁きは、浴衣姿にたすき掛け、頭には鉢巻を結んで、神輿を中心とした祭りの熱気が伝わる構図となっています。

その先に宮出し行列として先頭には、鉾3本と大台鉾1基に続いて弓・立傘・神職・徒士、さらに作り物が3基、傘(台)鉾が描かれています。境内には、幟がはためき、「奉献・味酒神社」と染め抜かれ、右端には祝福芸の三番叟万歳も描かれています。作成年代は人物像や味酒神社の幟などより、江戸時代末期の祭礼風景を明治時代になって描いたものと考えられます。

松山祭りを描いた絵画資料としては初出と思われ、断片的な文献資料を補足する存在として注目されます。今日、神輿の鉢合わせが知られる松山祭りですが、江戸から明治時代にかけて、多様な練り物を伴う城下町の祭礼行列であったことがうかがえます。しかし、近代における練り物の衰退により、現在の神輿に一元化され、松山の祭礼文化が作り上げられたものと考えられます。

本資料は、個人所蔵ではありますが、平成28年1月に当博物館に寄託となり、今回の展示が初公開となります。

展示期間は、4月23日(土)から6月12日(日)までとなります。

※この資料の調査、解説文執筆にあたりましては、森正康氏(松山東雲短期大学教授)に格別のご協力をいただきました。

「八幡浜市若山の俵札」 愛媛大学日本史研究室との合同調査2

2月 25日 木曜日

2月23・24日の二日間、愛媛大学法文学部日本史研究室と共同で当館所蔵の四国遍路関係資料(八幡浜市若山の俵札)の資料調査を行いました。

この調査は昨年度から実施しているもので、今年度は胡光先生、中川未来先生とそのゼミ生の皆さん(計14名)が参加されました。

俵札とは、お接待の返礼に受け取った納札を俵に詰めて、天井などに吊り下げ、厄災を除くお守りに用いられたものです。

俵の中身には、お遍路さんが札所巡拝とお接待の返礼などで用いた納め札、護符、仏絵などがたくさん収納されています。

調査作業は、愛大生は3つの調査班に分かれ、胡先生、中川先生、当館学芸員の指導・助言のもと、一枚ずつシートに入れた俵札に整理番号を付け、俵札の大きさを計測し、そこに記されている情報(巡礼名称、願意、願主、年月などの)を解読して、調査票に記入するものです。

二日間にわたる資料調査でしたが、俵札には江戸時代後期から明治時代後期のものが確認され、全国各地のお遍路が用いた納め札のほか、諸国を巡った六十六部回国聖のものなど、様々な種類の札や護符などが確認されました。まだ俵札の全部を調査できていないため、詳細やその全体像は不明ですが、四国霊場43番明石寺と九州と四国を結ぶ玄関口である八幡浜港の中間地点である八幡浜市若山にのこされた俵札は、巡礼者の貴重な生の記録であり、地域にのこる巡礼研究資料として注目されます。

四国遍路展示室 展示替えしました!

1月 21日 木曜日

常設展示室「四国遍路」(民俗展示室3)の展示替えを実施しましたのでお知らせします。

今回、展示替えしたコーナーは「四国遍路の盛行」、「近現代の四国遍路」、「ミニ霊場」、「巡礼の歴史」。各コーナーでは、下記の館蔵資料を新たに展示しました。

■常設展示に加わった資料

<四国遍路の盛行>

・四国徧禮(へんろ)絵図(江戸時代)

・江戸時代のお遍路の所持品(納経帳、札挟み、四国中御宿入用控、四国順拝日付帳、文政11〈1828〉年)

<近現代の四国遍路>

・写真パネル「四国霊場第15番恩山寺」、「四国霊場第40番観自在寺」(『四国霊場名勝記』より、明治42〈1909〉年)

・戦前のお遍路の所持品(納経帳、納札、札箱、手甲、脚絆、さんや袋、記念写真、郵便葉書、昭和11〈1936〉年)

・講中札「永代大師講」(明治時代)

・講中札「千人講」

<ミニ霊場>

・『御府内八十八ヶ所道知るべ』

(慶応2〈1866〉年)

<巡礼の歴史>

・西国順礼道中絵図(江戸時代)

江戸時代に伊予国篠山道周辺で刷られた四国遍路絵図、明治後期の四国霊場の様子を記録した写真集『四国霊場名勝記』、江戸時代と昭和(戦前)のお遍路の所持品、四国八十八ヶ所霊場の巡拝を目的として結成された代参講の資料(講中札)、江戸時代の御府内 (江戸)に設けられた四国霊場の案内記、四国遍路に大きな影響を与えた西国三十三所巡礼の道中絵図など、貴重な資料を展示しました。この機会に多くの方にご覧いただければ幸いです。

常設展示室(中世・近世)を展示替えしました。

11月 6日 金曜日

当館の常設展示室では、多くの資料を展示していますが、貴重な博物館資料の保存ならびに公開のため、随時展示替えを行っています。
さる11月4日(水)の休館日、特別展「四国遍路と巡礼」の展示替えにあわせ、歴史展示室2(中世)と歴史展示室3(近世)の展示替えも行いました。
展示替えの作業風景
どんな資料が展示室に登場したのでしょうか・・3点ご紹介します。

「西禅寺文書」【愛媛県指定有形文化財】のうち
宇都宮蓮智(貞泰)寄進状
観応3年(1352)
西禅寺所蔵/当館寄託
西禅寺文書
西禅寺(大洲市)は南北朝初期に瀧ノ城(大洲市)城主津々木谷(つづきや)行胤が創建したとされる禅宗寺院です。西禅寺文書には創建当初の観応3年(1352)年の寄進状(きしんじょう)や置文(おきぶみ)にはじまり、天正8年(1580)年の津々木谷信房寄進状にいたるまでの17通がおさめられています。今回展示したのは、観応3年(1352)6月15日、西禅寺を創建した津々木谷氏の主家宇都宮蓮智(貞泰(さだやす))が、西禅寺興隆のための費用として毎年33貫600文を寄進することを書き残したものです。

「宇和郡石城・竹城絵図」【初公開です!】
文政2年(1819)
当館蔵
石城竹城図
石城
宇和島市吉田町に位置する石城(せきじょう)と竹城を描いた絵図です。石城は、吉田湾に流れ込む立間川と河内川に挟まれた御殿山(ごてんやま)に築かれた山城で、江戸時代、石城の南麓に伊予吉田藩の陣屋が築かれました。
両城は確実な中世文書には登場しませんが、江戸時代前期に作られた軍記『清良記』には、多くの合戦の舞台となった旨の記載が登場します。
絵図では中央に「石城」「竹城」と記し、絵図下部には、両城の高さや距離などが記されており、文政期の伊予吉田藩の測量術についても知ることができます。

「両替道具」(針口天秤、銭升、銭箱、大小板)【初公開です!】
江戸時代
個人蔵/当館寄託
両替道具
両替をする際に用いた道具類です。時代劇などでも目にすることがあります。江戸時代には、金、銀、銭の3種類の貨幣が流通していたため、取引をするうえで両替は重要でした。両替時の計量に用いたのが、分銅を使って正確に量ることができる針口天秤で、両替天秤とも呼ばれました。貨幣の枚数を正確、迅速に数えるために、板に小さな枠を設けた銭升という道具も使われていました。このほか、銭や小判を収納するための銭箱や、取引の月締めに重要な月末日を間違えないために大の月(30日)・小の月(29日)を示すのに用いた看板も展示しています。初公開です!

このほかにも、さまざまな展示資料を入れ替えるとともに、少し解説を見直したり、展示の見せ方を変えてみたりしました。
当館にご来館の際は、ぜひ常設展示室にも足を伸ばしてみてくださいね。

石塔パズル(テーマ展「石手寺周辺を掘る!」)

10月 24日 土曜日

当館では、土器や埴輪などの立体パズルを数多く持っています。その種類は、縄文土器、弥生土器、鶏形埴輪、備前焼、石塔、近世陶磁器です。これらを製作いただいた業者さん曰く、これだけ各時代にわたる多様な立体パズルが揃っている博物館は全国的にもそんなにないそうです。
現在、考古展示室で開催中のテーマ展「石手寺周辺を掘る!-道後地区の発掘成果と国立博物館の里帰り展」では、上記の立体パズルのうち、「石塔パズル」を展示室内に置いています。これはバラバラになった11のパーツを積み上げていき、2つの石塔を組み立てていくものです。大変勉強にもなると思いますので、ぜひ一度チャレンジしてみて下さい。

東宮殿下行啓紀念 宇和島交通鳥瞰図

3月 22日 日曜日

現在開催中のテーマ展「吉田初三郎が描いた世界」(4月5日まで開催)から、「東宮殿下行啓紀念 宇和島交通鳥瞰図」(大正12年4月1日発行)を紹介します。

本資料は、前年に皇太子(後の昭和天皇)が四国を巡遊した際、随行していた宮内省式部官二荒芳徳(ふたらよしのり 1866~1967)伯爵の依頼により、吉田初三郎が描いたものです。

二荒芳徳は、宇和島藩9代藩主伊達宗徳(だてむねえ 1830~1905)の9男として誕生しました。 その後、北白川宮能久親王の4女拡子と結婚し、能久親王が興した伯爵二荒家を継ぎました。

宇和島城を中心とした昔ながらの街並みや堀の面影をのこす内港等が詳細に描かれています。

二荒芳徳は、ふるさとである宇和島を訪れ、懐かしく思ったことでしょう。吉田初三郎と愛媛県は、二荒芳徳をはじとする様々な人脈によって、深いつながりがありました。

「八幡浜市若山の俵札」 愛媛大学日本史研究室と当館による合同調査

2月 20日 金曜日

この小さな俵(約46×18×16㎝、当館蔵)の中身は何でしょうか?

この俵は、西予市卯之町と八幡浜市八幡浜を結ぶ卯之町街道沿い近くにあった民家(八幡浜市若山)の軒下に長らく吊り下げられていました。

八幡浜市若山の民家で吊り下げられていた俵

このたび、博物館で俵の中身を取り出したところ、四国遍路や巡礼に関係するたくさんの納め札(おさめふだ)等が丸められて隙間なく詰められていたことがわかりました。

俵から取り出された中身

納め札とは、「のうさつ」、「巡礼札」ともいいます。木製、金属製、紙製などの短冊状の札に、巡礼の名称、願意、氏名、年月日などを記し、巡礼者が参詣した証として札所や社寺などに奉納するもので、西国三十三所巡礼や四国遍路などでも使用されました。また、お接待のお礼として相手に渡したり、巡礼者同士の名刺代わりなどにも用いられたりしました。

古くは、霊場寺院の柱などに釘で木製の納め札を打ち付けたことから、霊場を「札所」、参拝することを「打つ」と呼ばれました。

俵の中に納められていた納め札。右から天保6年、嘉永元年。

納め札には呪力があると信じられ、お接待のお礼としていただいた納め札を集めて、身近にあった俵の袋に入れて、家の御守りとして天井裏などに吊るしました。俵の中に入れられ納め札は俵札(たわらふだ)と呼ばれています。

2月17・18日の二日間、愛媛大学法文学部人文学科教授の胡光先生と日本史研究室のゼミ生(13名)の皆さんと一緒に、納め札等が入ったこの俵の中身について資料調査を行いました。

最初に、当館学芸員による納め札の概要と八幡浜市若山の歴史や納め札の整理方法などについて説明をしました。

当館学芸員による納め札の解説

その後、胡先生の指導のもと、愛大生は班ごとに分かれ、実際に俵札の整理作業を行いました。

愛媛大学日本史研究室の胡ゼミ生による整理作業の様子

愛媛大学日本史研究室の胡ゼミ生による整理作業の様子

まずは、団子のように丸められた俵札等の塊を選びとり、その中の納め札が破れないように一枚一枚丁寧に取り分けました。長年、軒下に置かれていたため、俵の中は塵や埃にまみれ、汚れや劣化が著しいものも多く、整理作業はマスクを着用して、塵や埃を除きながら、資料を抽出していきました。

愛大生による資料の選別作業

丁寧に納め札を取り出す

俵の中には納め札以外にも、巡礼者のお土産と考えられる弘法大師御影や仏絵などのミニ掛軸や護符なども見られました。

俵に入れられていたミニ掛軸

抽出された納め札は、折れやシワをのばし広げて、一枚ごとに透明なシートに収納しました。その後、あらかじめ作成した俵札調査票の項目にならい、納め札に記された文字情報(主文、願意、巡礼者の住所、願主、年月等)についての解読作業に入りました。読めない文字は古文書辞典や地名事典、梵字辞典などを参照し、また、胡先生と当館学芸員が指導助言にあたりました。

愛大生による納め札の解読作業

胡先生による古文書解読の指導

今回の二日間にわたる当館と愛媛大学日本史研究室の胡先生とゼミ生の皆さんの共同調査によって、ごく一部ですが俵の中身が少し見えてきました。納め札は現時点で天保年間~明治期のものが確認されています。納め札の全体の枚数や具体的な内容の分析についてはこれからの課題となります。納め札は巡礼者の生の記録であり、また、巡礼者を迎えた地域にのこる資料でもあり、四国遍路の歴史を探る上で貴重な巡礼研究資料として注目されます。

昔の道具~冬のくらし編~ 6(最終回)

12月 18日 木曜日

 冬のくらしに活躍する昔の道具、暖房道具を紹介しておりますが今日が最終回となります。
 今回は携帯できる暖房道具です。

 右側の道具がカイロです。
 カイロは漢字で「懐炉」と書きます。懐に入れて持ち歩ける暖房器具のことです。カイロが「使い捨て」になったのは昭和53(1978)年頃で、それまでのカイロは燃料を補給して繰り返し使うものでした。
 左側はカイロの燃料にする小さな炭です。この棒のような炭に火をつけて、カイロの金属部分の中に入れます。

 このカイロは「ハクキンカイロ」といい、炭で発熱するのではありません。気化したオイルがプラチナ(白金)の触媒作用で酸化し熱を出すカイロです。オイルを入れて繰り返し使うことができました。
 現在でもアウトドアなどで利用されています。
 学校団体の来館者の反応を見ておりますと、個性的な形状の暖房道具の中でも、小学生からの人気が高いのがこのハクキンカイロのようです。

 6回にわたって紹介してきました昔の道具~冬のくらし編~ですが、一口に暖房道具といっても素材や形、熱源や使用方法など様々であるということがおわかりいただけたのではないかと思います。
 昭和初期の家屋を再現した民俗展示室2を観覧した子どもさんたちの中には
「昔のくらしは大変だった」
「生活が進化してきたのがわかった」
という感想を持つ方も多くおられます。
 しかし「辛い」「大変」「手間がかかった」という印象を受ける昔のくらし(ここでいうと昭和初期のくらし)ではありますが、道具をゆっくりと見て、機会があれば体験してもらえば、苦労だけでなく道具に込めた知恵や工夫を感じ取ってもらえるのではないでしょうか。

 冬のくらしに活躍した道具は、寒いこの時期だけの展示となりますので、ぜひ博物館でご覧ください。

昔の道具~冬のくらし編~ 5

12月 17日 水曜日

 冬のくらしに活躍する昔の道具、暖房道具を紹介しております。
 今回は炭ではなくお湯で暖を取る道具です。

 こちらの形の「湯たんぽ」はブリキ製です。プラスティック製のものは今でも見ることができます。
 蓋を開けてお湯を入れ、布でくるんで布団の中で使います。お湯を入れて使うほかに、湯たんぽ自体を火にかけて温めることもできました。朝になると、中のお湯を使って顔を洗うこともありました。

 こちらの湯たんぽは陶製のもの。栓はなくなっていますが、同じようにお湯を入れ、布に包んで使用します。
 とはいえ、使用していた様子は想像ではなかなか難しいものです。このような日常の風景は写真などにもあまり残ることはありません。
 ところが、今年度受けた寄贈資料は、木の栓と布も一緒にいただきました。湯たんぽ以外の附属物は使用していた当時のものではありませんが、使用していた様子が理解しやすいものです。

「湯たんぽの木の栓は毎年父親が作成し、穴に合うように布を巻いて調整した」
とのお話しとともに寄贈していただきました。
 博物館ではモノだけお預かりしても活用することができません。資料の名称や使用地、製作方法や使用方法など様々な情報とともにお預かりするからこそ、後世に伝えることができます。

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