前回からの続きで、愛媛県と香川県の神社系の札所を確認します。
【愛媛県・伊予国】
〇番外
・篠山神社〔観世音寺、観喜光寺〕
〇第41番
・稲荷宮〔龍光寺〕
納経帳に「奉納経/稲荷大明神/龍光寺/丑五月四日/行者丈」と記載(写真⑤)。

〇第55番
・大山祇神社〔光明寺、南光坊〕
納経帳に「奉納経/日本惣鎮守三嶋/別宮大明神/大積山/南光坊/五月十四日」と記載(写真⑥)。

〇第57番
・石清水八幡宮〔長福寺、乗泉寺、栄福寺〕
納経帳に「奉納経/伊与一国/石清水八幡宮/別当/栄福寺/五月十五日」と記載(写真⑦)。

〇第60番
・石鈇山蔵王権現〔横峰寺〕
〇第62番
・一宮〔宝寿寺〕
納経帳に「奉詣拝/伊豫国/一宮大明神/別当/宝壽寺」と記載。
〇第64番
・石鈇蔵王権現〔里前神寺、前神寺〕
納経帳に「四国霊場六十四番/石鈇山大悲蔵王権現 廣前/別当前神密寺/里寺納経所」と記載(写真⑧)。

【香川県・讃岐国】
〇第68番
・琴弾八幡宮〔神恵院〕
納経帳に「奉納御経/琴引八幡宮神尊/讃州七宝山□田/神恵院/午五月廿二日」と記載(写真⑨)。

〇第69番
・琴弾八幡宮〔観音寺〕
納経帳に「奉納御経/中金堂聖観音/寺社兼務別当/観音寺/午五月廿二日」と記載(写真➉)。

〇番外
・金毘羅大権現〔松尾寺〕
〇第79番
・崇徳天皇〔妙成就寺、天皇寺、高照院〕
〇第83番
・一宮田村神社〔大寳院、一宮寺〕
〇番外
・白鳥神社〔別当寺なし〕
愛媛県の神社系札所では、第41番が江戸時代に稲荷宮(稲荷大明神)として知られ、明治期の神仏分離でその別当であった龍光寺(宇和島市)が札所となりました。現在の龍光寺の参道には元禄年間に建立された稲荷宮の鳥居があり、境内地の最上部には元札所の稲荷神社が鎮座するなど、神仏習合時代の四国霊場の姿がよく残っています(今村賢司「案内記、納経帳、境内絵図、古写真から見た四国霊場第41番札所龍光寺の変遷について」『四国八十八箇所霊場詳細調査報告書 第41番札所龍光寺』愛媛県教育委員会、2017年)。また、第57番札所は江戸時代を通じて石清水八幡宮(今治市)でしたが、納経帳からは別当寺の変遷が確認され、納経印が引き継がれていることなどがわかりました(同「納経帳に見る四国八十八箇所霊場第五十七番札所と栄福寺」愛媛県教育委員会、2025年)。
香川県の神社系札所で注目したいのは琴弾八幡宮(観音寺市)です。現在の第68番神恵院と第69番観音寺は琴弾山の中腹にあり、2つの札所が同じ境内に存在する全国的に珍しい霊場です。明治期の神仏分離によって、琴弾八幡宮の本地仏の阿弥陀如来は神恵院へ、聖観世菩薩が観音寺の西金堂に移されました。寛政10年(1798)の四国遍路の納経帳(当館蔵)からは、神恵院も観音寺も筆跡や納経印が同じと見られ、同一の場所で同じ人が行っていたものと推察されます(写真⑨➉)。
以上、2回にわたり四国霊場の神社系札所と別当寺院について見てきました。四国八十八箇所霊場の中には江戸時代に神社の札所であったところも多かったことがわかります。それらの霊場は明治期の神仏分離によって神社系の札所が廃止され、江戸時代を通じて別当として神社札所の管理を行っていた寺院が新たに四国霊場の札所として成立しました。その中には経済的困窮等の理由から一時廃寺となった事例や、第37番岩本寺のように札所の権利が売買され、県境を越えて札所が移転した事例などもあり、近代の四国遍路に大きな混乱をもたらしました。
日本の巡礼は神仏習合が長く続いた歴史の中で、四国遍路をはじめさまざまな霊場が発展しましたが、四国霊場における神社と別当寺院の関係は、八十八箇所成立の過程や四国遍路の多様な信仰の広がりを考える上で注目されます。




































