Archive for the ‘お知らせ’ Category

修学旅行前に皆田小学校で平和学習を実施!

2026年10月7日

西予市立皆田小学校からの依頼を受けて、10月2日(金)の5~6時間目(13:40~15:15)に6年生を対象に出前授業(平和学習)を行いました。今月下旬に修学旅行で長崎方面を訪れるため、その事前学習として戦争の経緯、戦時下のくらし、愛媛の空襲、愛媛とパンプキンなどを紹介しました。印象に残った児童の反応をお伝えします。

小さな軍服                                           博物館から持参した軍服を見た児童が「小さい!」、「子ども用?」と発しました。国民学校の通知表に記載されている男子児童の身長は約130cm。徴兵検査も150cm以上なら合格の時代。当時は体格が小さかったことを知り、児童も軍服の大きさに納得した様子でした。女子のなかには150cm超える児童もいても「昔なら戦争に連れていかれる」と驚く児童もいました。

千人針の5銭と10銭                                       5銭と10銭が結び付けられた千人針を紹介し、その意味を考えてもらいました。すると「お金で身を守るため」など様々な反応が。そこで、5銭は4銭の次の数、10銭は9銭の次の数、4銭と9銭の読み方に注意するようヒントを出すと、ある児童が「苦戦!」と発しました。そして、お金に「死線」や「苦戦」を乗り越えてほしいという女性たちの思いに気付いてもらいました。

焦げ臭い焼夷弾の殻                                        松山空襲で落とされた焼夷弾の殻を実際に持ってもらい、形や重さを直接感じてもらいました。その時、ある児童が「焦げ臭い」と発しました。81年前に爆発した焼夷弾に残る焦げ臭さを感じ取ってくれたのです。続いて他の児童も恐る恐る鼻を近づけました。五感を通じて焼夷弾がどういったものかを感じ、松山・今治・宇和島では大きな空襲を受けたことを学びました。

出前授業の魅力は、実物資料がもつ「本物の力」です。普段であればケースや収蔵庫にある資料を学校に持参し、五感を通じて戦時下の暮らしを学ぶことができます。先生方の目的に合わせてできる限りふさわしい資料を選択します。社会や総合の学習に限らず、これまでには国語や家庭科での利用もありました。関心のある先生方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

軍服(軍服から現在と当時の体格差に気付いてくれました)
千人針(チョッキに赤い糸と5銭玉・10銭玉が結ばれたもの)
空襲後の松山(空襲で松山の市街地は焼け野原になりました)
焼夷弾の殻(五感を通じて戦争の悲惨さを感じました)

修学旅行前に中川小学校で平和学習を実施!

2026年10月2日

西予市立中川小学校からの依頼を受けて、9月30日(水)の3~4時間目(10:25~12:05)に6年生6名を対象に平和学習の出前授業を行いました。同校からの依頼は令和4年度から連続4回目となりますが、児童の皆さんは毎年異なり、先生方の目的やねらいも異なるため、事前の打ち合わせを大切にしています。特に今回は10月に修学旅行で長崎を訪れることもあり、担任の先生に9つのテーマを提案した上で、2時間で対応できる7つのテーマを選んでいただきました。

1.戦争のはじまり                                      満州事変から終戦までの流れについて地図を用いながら説明しました。                   2.配給制度と切符制度                                         米の配給量を給食と比較し、衣料切符で上着、ズボン・スカート、靴下を買う体験をしました。                                                                                                               3.代用品の普及                                        金属供出により紙製洗面器、陶器製缶詰・おろし・ボタンなどが普及したことを紹介しました。                                                                                                           4.愛媛県下の空襲                                       松山、今治、宇和島に大きな空襲があったことを写真で紹介し、松山に落とされた焼夷弾の殻に触れてもらいました。                                       5.愛媛とパンプキン                                        県内に長崎型模擬原爆パンプキンが4発投下されており、宇和島への投下は長崎に原爆が投下される前日だったことを写真で紹介しました。                              6.宇和町にあった飛行場                                      宇和盆地に陸軍の飛行場(永長飛行場)が作られたことを戦後の空撮写真で紹介しました。                                                                                                            7.戦時下の着付け体験                                                                                                        児童の皆さんに鉄兜、防空頭巾、もんぺ、ゲートルを身に着けてもらいました。

児童の皆さんからは実物資料を目にしながら「日常が戦争だらけだったんですね」、衣料切符の体験では「点数がなくなるから靴下は我慢します」、最後の感想では「知らなかったことをたくさん勉強できた」、「今日の勉強を修学旅行で活かしたい」といった感想がありました。一人一人が戦争の悲惨さと平和の大切さを考えてくれた1日でした。

衣料切符で買い物体験
(上着15点、ズボン・スカート7点、靴下3点‥‥何点残るかな?)

 

代用品の紙製洗面器
(どのような防水加工がされていたのかな?)
ゲートル巻に挑戦する児童
(ゲートルにはどんな目的があるのだろう。うまく巻けたかな?)
防空頭巾と鉄兜をかぶる児童
(二つの防空頭巾、違いがわかるかな?)

田之筋小学校で平和学習の出前授業を実施しました!

2026年6月30日

 6月25日(木)に西予市立田之筋小学校で6年生19名を対象に平和学習の出前授業を行いました。5月に運動会を終えて以降、児童の皆さんは総合的な学習の時間で平和学習に取り組み始め、2学期には修学旅行で長崎を訪れることからご依頼を受けました。3~4時間目を利用して、博物館から持参した実物資料を交えながら、以下の流れで授業を進めました。

1.戦争のはじまり                                        満州事変から終戦までの流れを地図を用いながら国々の位置や関係に注意して説明しました。 

2.戦時下のこどもたち                                    児童の皆さんが興味や関心を持ちやすい戦時下のおもちゃ(兵隊双六、兵隊人形、軍艦文鎮)や国民学校の通知表を紹介し、子どもの世界にも戦時色が反映されていたことを説明しました。    

3.二十歳になると兵隊に                                   当時は徴兵検査があったことを説明し、出征兵士の軍服、千人針を紹介しました。千人針に縫い付けられた5銭玉や10銭玉の意味を伝え、千人針に込められた女性たちの思いを考えました。    

4.配給制度と切符制度米の配給量を給食のカロリーと比較したり、衣料切符で上着、ズボン・スカート、靴下を買ってみる体験をしたりして、当時の厳しい暮らしぶりを実感してもらいました。 

5.代用品の普及                                       金属供出等により本来の材料に代えて別の材料を用いて作られた品物が普及したことを紙製の洗面器、陶器製の保存容器・おろし・ボタン・貨幣(実際には不発行)で紹介しました。  

6.愛媛県下の空襲                                      松山、今治、宇和島の3都市が大きな空襲を受けたことを被災前後の写真を用いて伝えました。また、焼夷弾の殻に触れてもらい、重さ、形状、今も残る焦げ臭さを感じ取ってもらいました。 

7.愛媛とパンプキン                                     県内に長崎型模擬原爆パンプキンが4発投下されたこと、宇和島への投下は長崎に原爆が投下される前日だったことを写真で紹介し、原爆と愛媛県が無縁でないことを伝えました。     

8.宇和町にあった飛行場                                   終戦間近になると現在の西予市宇和町永長に陸軍の飛行場が作られたことを戦後の空撮写真で紹介し、今なお身近に残っているかもしれない戦争遺跡に対して興味や関心を高めました。  

9.戦時下の着付け体験                                    代表の児童に鉄兜、防空頭巾、もんぺ、ゲートルを身に着けてもらいました。ゲートル巻きには苦戦しましたが、体験を通して身に着け方や用途を知り、当時の人々を想像しました。   

 児童の皆さんは熱心にメモをとりながら、実物資料を見て、触れることにより、五感を通して戦時下の暮らしがどのようなものだったのか具体的に理解を深めている様子でした。休み時間にも資料の周りに集まり、興味や関心を示していました。今回の出前授業が戦時下の暮らしを主体的に調べ、戦争の悲惨さと平和の大切さを考える機会となったなら幸いです。6年生の皆さん、これからも学校の授業や修学旅行で学びを深めてください!博物館では戦後70年を機に平和学習の出前授業を始めました。関心のある先生方や地域の皆さんはお気軽にお問い合わせください。

国民学校の通知表を見る児童(どんな科目があったのかな?)
千人針を見る児童(女性たちはどんな思いで兵士に贈ったのかな?)
焼夷弾の殻に触れる児童(空襲でどれほどの被害があったのかな?)
戦時下の着付け体験をした児童(戦時下のくらしを想像することができたかな?)

内子小学校で平和学習の出前授業を実施しました!

2026年6月10日

 6月4日(木)に内子町立内子小学校から依頼をうけて平和学習の出前授業を行いました。同校からの依頼は3年連続。今年は6年生が18日から修学旅行で大分県宇佐市の平和資料館を訪れますが、まだ歴史の授業を学んでいないため事前学習が目的でした。

 1時間目の授業では①「戦争のはじまり」として日中戦争から太平洋戦争の流れを欧州の動きと関連付けながら地図を使って説明しました。次に②「さまざまな特攻」として航空特攻、潜水特攻、海上特攻について紹介しました。続いて➂「愛媛と特攻」では特攻第一号とされる西条市出身の関行男さん、桜花の搭乗員として出撃準備を命じられながら終戦を迎えた西予市出身の島津良雄さんを紹介しました。桜花の模型、島津さんの飛行服、女学生が贈った血書の鉢巻から、それぞれの思いを考えてもらいました。

 2時間目の授業では④「海軍のパイロット養成」として予科練や学徒出陣により多くの若い命が失われたことを説明しました。次に➄「配給制度と切符制度」として愛媛県の平均配給量(米)は全国より少なく、衣料も切符がなければ購入できなくなったことを紹介しました。そして、昭和19年の衣料切符を使って上着、ズボン・スカート、靴下を買ってみる体験をしました。最後に⑥「代用品の普及」として金属供出により紙製の洗面器、陶器製の缶詰・ボタン・おろし金・貨幣(終戦により流通せず)などの代用品が普及したことを説明し、戦時下の苦しい生活を伝えました。

 児童の皆さんは熱心にメモを取りながら、戦争の歴史や資料の背景に関する話を聞いてくれました。また、休み時間にも資料の周りに集まり、多くの質問をしてくれました。出前授業を行うたびに思うことですが、実物資料は何物にも代えがたい力をもっています。模型であっても具体的な理解を促してくれます。しかし、出前授業で資料の力を活かすには、依頼の内容や授業の目的をよく確認した上で、授業内容に適した資料を選ぶことが必要です。今回は修学旅行で訪れる宇佐市に海軍航空隊がおかれ、予科練卒業後の訓練や特攻基地として利用されたこと、平和資料館には零式艦上戦闘機や桜花が展示されていることを事前に調査し、出来る限り関連資料を持参するように心がけました。

 当館では戦後70年を機会に平和学習に関する出前時授業を始めました。これまでには修学旅行や社会科(歴史)だけでなく、国語科や家庭科に関連した依頼もありました。また、聾学校や盲学校を訪れた際は、こちらが新たな発見をしたり、学んだりしたこともありました。当館では平和学習に限らず様々な出前授業を行っています。関心のある先生方はぜひお気軽にお問い合わせください。

最初に戦争の歴史をスライドで説明
休み時間に資料の周りに集まる児童たち
戦争の歴史や資料の紹介を聞く児童たち
熱心にメモをとる児童たち

内子小学校の学習発表会に参加して        ― 平和学習を考える ―

2025年11月19日

 10月2日(木)に出前授業「戦時下のくらし」を行った内子町立内子小学校から、学習発表会のご案内をいただき、11月14日(金)にお伺いしました。

 6年生のタイトルは「Orizuruに願いをこめて」。まず、23歳で戦死した特攻隊員佐藤新平さんの遺書が児童の皆さんによって読み上げられた後、修学旅行で大刀洗平和記念館を訪れたこと、当館の出前授業を受けたことが述べられました。そして、グループごとに設定したテーマについて調べ学習の成果を発表しました。切符制度、配給制度、代用食、松山空襲、宇和島空襲、特攻隊、表現の自由が奪われたこと、教育を受ける権利が奪われたこと、戦時中の子どもたち、戦時中の学校生活、原子爆弾、戦後も続く苦しみ、今も続く戦争など幅広いテーマが取り上げられました。

 出前授業では、戦時中の子どもたち(おもちゃ、通知表)、切符制度、配給制度、代用品、愛媛県下の空襲、原子爆弾と愛媛の関係(パンプキン)について、資料を交えながら紹介しましたが、それらも発表内容に含まれており嬉しく感じました。しかし、嬉しさ以上に感じたのは出前授業では伝えきれなかった点を、児童の皆さんが幅広い視点で深く調査していることでした。特攻隊で戦死した人数、空襲の被害者数などデータ的なことはもちろん、戦時下において表現の自由が奪われたこと、教育を受ける権利が奪われたこと、戦後も続く苦しみ(PTSD、アルコール依存症、家族への影響)など、教科書では触れられないようなことも調査し、ウクライナ戦争についてもウクライナとロシアの双方の立場から捉えていました。6年生としては非常にハイレベルな内容でした。

 最後に平和学習の合唱曲「Orizuru」が6年生全員で歌われました。各グループの発表成果を聞いた後だけに、平和への願いが一層深く心に響きました。児童のみなさんの歌声を聞きながら、すでに私たちが「戦争体験者から話を聞く側」から「聞いた話を次の世代に伝える側」になりつつあることも認識しました。今回、学習発表会に参加させていただき出前授業が教育現場のニーズにあったものとなるよう改善と工夫を重ねていきたいと思います。内子小学校の皆さん、ありがとうございました。

グループごとに発表する様子
 「戦時中の子どもの暮らし」の発表
「パンプキン」の発表 
 Orizuruを全員で合唱

コーナー展示「フェリー・パイロット 清水千波」のお知らせ

2025年10月23日

令和7年10月23日(木)~令和8年1月22日(木)、常設展示室4において、戦後から昭和後期にかけて、フェリー・パイロット(航空機空輸業操縦士)の先駆けとして航空業界で活躍した清水千波(せんぱ)について紹介します。フェリー・パイロットとは、飛行機を操縦して取引先まで運ぶ仕事です。
 資料の内容は、清水千波の活動に関する写真10点(内パネル1点)と清水千波が描いた色鉛筆画(陸軍戦闘機「疾風(はやて)」他)4点、ホノルルビーチプレス記事(パネル)1点、飛行経路図(内パネル1点)2点、合計17点です。
 清水千波は明治41(1908)年に宇和町卯之町(現西予市)で酒造業を営む清水伴三郎の長男として生まれました。同志社大学経済学部を卒業後、いったん大阪鉄道局に勤務しましたが、昭和12(1937)年に陸軍飛行兵に志願し、岐阜県各務原(かがみはら)の飛行第2戦隊に入隊します。翌年、陸軍飛行第98戦隊に転属し、爆撃機の操縦士として中国から東南アジアにかけて転戦しました。大戦末期にはインド独立運動家チャンドラ・ボーズ等のVIPの輸送や特操(大学生を中心に短期間で操縦士を養成する特別操縦士見習官)の教官を務めた後、東南アジアで終戦を迎えます。
 終戦後、軽飛行機の国内外の空輸に携わり、昭和36年には、同僚の小野貞三郎と2人で米国ウィチタから東京までの空輸を行って日本人初の北大西洋横断飛行を成功させました。また、千波の所属する大和(だいわ)航空株式会社(後に、伊藤忠航空輸送株式会社と改称)が全日本空輸株式会社から委託を受けて操縦士の教育を行った際には、訓練部長を勤めています。
 そして、昭和46年、63歳でフェリー・パイロットとして独立し、太平洋や大西洋間で軽飛行機の空輸を引退までに約40回行いました。昭和49年には、現役最年長のパイロットとして日本航空機操縦士協会から表彰されましたが、それ以降も75歳まで世界中を飛び続けます。その様子は、テレビや新聞、小説等に紹介され、昭和62年、79歳で病没しました。飛行機をこよなく愛し、大空を飛び続けた清水千波の情熱を感じ取っていただけたら幸いです。


写真① 九七式重爆撃機を操縦する清水千波(昭和16年 当館蔵)

写真➁ 教育隊長として学生を指導する清水千波(昭和19年 当館蔵)

写真③ 清水千波画「疾風」(昭和21年 当館蔵)

写真④ 北大西洋横断飛行へ向けて準備をする清水千波と小野貞三郎(昭和36年 当館蔵)

写真⑥ 最年長パイロットの清水千波(昭和51年 当館蔵)

写真⑦ 最年長パイロットの清水千波(昭和51年 当館蔵)

内子町立内子小学校で平和学習!

2025年10月2日

 8月21日(木)に「教員の日の博物館の日」を実施しましたが、参加いただいた内子小学校から出前授業(平和学習)の依頼をいただき、10月2日(木)にお伺いしました。同校には昨年に続いて2回目の訪問になります。事前の打ち合わせで、戦時下の生活、県内の空襲とパンプキン、テーマ展「戦後80年 戦時下のくらし」で展示した傷痍軍人資料を中心にとの依頼だったため、それに合わせたスライドや資料を持参しました。

 6年生は58名。大きな声であいさつを受けて授業がスタートしました。まずは配給制度、切符制度、金属回収について、米の配給量を紹介したり、衣料切符で上着、ズボン・スカート、靴下を買う体験をしたり、金属不足を補うために出回った陶器製や紙製の代用品(陶器製おろし・ボタン、紙製洗面器など)に触れてもらい、戦時下の苦しい生活を伝えました。

 空襲については松山空襲、宇和島空襲の惨状を写真で紹介しました。また、松山に投下された焼夷弾の殻にも触れ、形、重さ、仕組み、臭いなど、五感を通じて空襲の怖さを感じ取ってもらいました。さらに、模擬原爆パンプキンが新居浜・西条・宇和島に4発投下されたこと、宇和島への投下は8月8日(長崎の前日)だったことなど、原爆と愛媛の関係も伝えました。

 戦場で負傷して復員した傷痍軍人の資料として、日中戦争で腕を失った方が皇后陛下から与えられた「御賜の義肢」を紹介しました。関節の1つ1つがスムーズに曲がり精巧に作られていますが、装着に不具合を感じて入院願を出したことなど資料にまつわる話をしました。昭和20年8月15日で戦闘は終わっても遺族の悲しみや傷痍軍人の苦しみは戦後も続いたことを伝えました。

 児童の皆さんは日頃から平和学習に取り組んでいるとのことで熱心にメモを取っていました。「ひいおばあちゃんから竹やりで飛行機を落とす訓練をしたと聞いたが本当に落とせるのか?」、「原爆症にはどのようなものがあるのか?」などの質問も受けました。聞き取り調査や調べ学習にしっかり取り組んでいることが感じられました。来月には平和学習についての発表会もあるとのこと。これまでの学習成果を活かしてもらいたいと思います。

 当館では学校にニーズに応じた様々な出前授業を実施しています。詳しくは当館のホームページをご覧いただき、お気軽にお問合せ下さい。

戦時下のおもちゃや学校生活について解説
切符制度を体験する児童
模擬原爆パンプキンについて解説
焼夷弾の殻をのぞく児童
休み時間も資料に興味をもつ児童
戦時下の教科書を読む児童
義肢に触れる児童
もんぺなどの着付けも体験

八幡浜市立双岩小学校へ出前授業(平和学習)に行ってきました!

2025年9月11日

 先生との事前の打ち合わせで、戦争の経緯、戦時下の苦しい生活、愛媛の空襲と原爆の関係、身近に残る戦争遺跡についてご要望があったため、その点に重点をおいたスライドと実物資料を用意しました。米穀の配給制度に関しては、愛媛県の平均配給量(1日約240g)を持参し、全国平均(1日約350g)よりも下回っていたこと、現在の給食と比較して栄養不足だったことを伝えました。衣料の切符制度に関しては、昭和19年の衣料切符(30歳未満50点)を例に、上着(15点)、ズボン・スカート(各7点)、靴下(3点)を買ってみる体験を行いました。

 続いて、八幡浜市に県下で初めて爆弾が投下されて以降、松山・今治・宇和島では焼夷弾による大規模な空襲で多くの死者や被害がでたことを写真パネルで説明しました。持参した焼夷弾の殻を持ってもらい、重さ、形、臭いなど五感を通して空襲を想像してもらいました。次に、長崎型の模擬原爆である「パンプキン」が、新居浜・西条・宇和島に合計4発投下されたことを紹介しました。特に宇和島への投下は長崎の前日である8月8日だったことを伝えました。

 また、戦争末期には宇和盆地に陸軍の飛行場が作られ、戦後の航空写真からも水田の区画からそれが分かることを示しながら、身近なところに軍事施設があったこと、現在も残っている場合があることを伝えました。児童の中には太平洋戦争前に作られた「八幡浜第一防空壕」を知っている児童もいて、今後の調べ学習につながればと思いました。最後に防空頭巾やモンペなどの着付け体験を行い、物資不足の中でこれらにも様々な形態のものがあることを紹介しました。

 今回の出前授業が戦争の悲惨さと平和の大切さを考える機会となり、戦争体験者と同じ時間を過ごす最後の世代として、戦争体験者から直接当時のことを聞き取り、次世代につなげる役割を担ってもらえれば幸いです。6年生の皆さん、修学旅行では大いに学びを深めてください!当館ではご要望に応じた出前授業(平和学習)を行っています。ぜひお気軽にお問い合わせください。

ヘイタイ人形を動かす児童
衣料切符を使う児童
休み時間に持参した資料に興味をもつ児童
愛媛とパンプキンの関係に関心を示す児童
鉄兜や防空頭巾をかぶる児童

実習生のみなさん、お疲れ様でした!

2025年8月24日

 今月19日(火)から始まった博物館実習もいよいよ後半戦に入り、22日(金)の午前中は四国中央市の中学校から寄贈された考古資料の整理を行い、全国各地の遺跡で収集された多種多様な遺物を採寸して記録しました。午後からは豪雨などにより歴史資料が被災を受けることが多いなかで、水損資料のレスキューを学びました。

 23日(土)の午前中は民俗展示室で展示替えに挑戦し、「弁当箱」や「わっぱ」などを資料の特徴に応じて工夫しながら展示しました。午後からは特別展「渡辺おさむスイーツアート」のワークショップ「ビスケットデコレーションをつくろう」の補助を行いました。最終日の24日(日)は午前中に考古資料の整理を行い、土器や貝殻などを洗浄して土やほこりを取り除きました。午後からは昨日に続きワークショップの補助を行いました。参加者目線での対応や声掛けもできるようになりました。

 実習生の3名の皆さん、6日間にわたる博物館実習お疲れさまでした。歴史・民俗・考古資料の整理、学校との連携、ワークショップなど様々な実習を経験してもらいました。学芸員の採用は決して多いとは言えませんが、今回の実習を通じて博物館の応援団となってもらえれば幸いです。それぞれの夢に向かって頑張って下さい!

水損資料レスキューの実習
民俗展示室の展示替え
考古資料の実習
ワークショップの補助

博物館実習、頑張ってます!

2025年8月21日

 現在、博物館では3名の大学生が博物館実習を行っています。19日(火)は施設の概要説明が中心でしたが、20日(水)から本格的な資料整理実習が始まりました。午前中は歴史資料の取り扱い方について学びました。教科書にも掲載されている「蒙古襲来絵詞」(複製)などを使い、巻物や軸物について史料の開き方、掛け方、閉じ方に挑戦しました。大学の講義では学んだものの実際に資料を扱った経験はない学生もいて、学芸員らしい経験ができたと感想を述べてくれました。午後からは博物館ボランティアの方たちと民俗資料の整理を行いました。着物などの古着を採寸して記録したり、焼き物の破片に注記して撮影したり、資料の性格に沿った整理を学びました。

 21日(木)は「教員のための博物館の日」が開催されました。午前は配布資料をまとめたり、学校への貸し出しキットである「れきハコ」を会場に並べたりしました。午後からは受付係や記録係を担当するとともに、一緒に博物館と学校の連携について学びました。博物館法においても、学習指導要領においても相互の連携がうたわれており、博物館の教育普及活動は今後益々重要になるものと思われます。学校が博物館に何を期待しているのか、博物館は学校に何ができるのか、先生方との交流を通じて職員も実習生もあらためて考える機会になりました。博物館実習もいよいよ明日から後半戦です。実習生の皆さん、頑張って下さい!

歴史資料実習
民俗資料実習
「教員のための博物館の日」準備