‘お知らせ’ カテゴリーのアーカイブ

共催展「村上節太郎写真展」、五十崎で開幕

11月 5日 土曜日

この秋になって、地理学者・村上節太郎が撮影した写真パネルの利用が増えています。

先日も周防大島で開かれた日本民具学会の会場に、昭和20~30年代の忽那諸島を撮影した写真が、民俗学者・宮本常一の写真とともに展示されました。

昨日は、五十崎自治センターの依頼により、共催展「村上節太郎写真展」の列品を行ってきました。村上節太郎の生家にすぐ近い場所でのお披露目の展示になります。展示構成は9月に内子町役場内子分庁で展示したものと同じですが、五十崎の写真を増やすように、パネル数枚を入れ替えました。この展示は自治センターの文化祭に合わせてのもので、11月5日(土)、6日(日)のわずか2日間しかありませんが、お近くの方はぜひお立ち寄りください。

なお、今後の共催展としての村上節太郎写真展は、11月12日(土)から12月11日(日)にかけて伊予市立図書館において、「いよし昭和写真展-地理学者・村上節太郎が見た風景-」が予定されています。詳しくはまたブログでお知らせします。

秋季特別展開幕しました。

10月 8日 土曜日

 本日より、秋季特別展「邪馬台国時代の伊予・四国」を企画展示室・考古展示室にて開催しております。開催期間は12月4日(日)までです。

 多くの皆様のご来館をお待ちしています。

 展示資料の紹介は後日行いたいと思います。

 また、前回お知らせしました10/15(土)に体験講座「遺跡ウォーク② 香川の前期古墳を歩く!」は、まだ募集中です。展示をご覧になって、興味を持たれた方は是非ご参加ください。

【緊急募集】高松の古墳見学に行きませんか?

10月 5日 水曜日

特別展「邪馬台国時代の伊予・四国」の準備は順調に進んでいます。詳細については、後日紹介したいと思います。

 さて、関連講座として、10/15(土)に体験講座「遺跡ウォーク② 香川の前期古墳を歩く!」を開催予定です。募集期間が過ぎましたが、定員に達していないため、追加募集しています!

 この講座では、高松市歴史資料館にて、高松平野の古墳・歴史を概観した後、高松市教育委員会の文化財担当者に石清尾山古墳群・高松茶臼山古墳を案内していただきます。

 石清尾山古墳群は、国内でも珍しい積石墳といって、古墳に盛り土ではなく、石を積むことで墳丘を作っています。猫塚古墳(全長96mの双方中円墳)、姫塚古墳(全長49mの前方後円墳)など、数基の古墳を見学予定です。

 また、高松茶臼山古墳は、高松平野東端部に位置する全長75mの盛土の前方後円墳です。出土遺物には画文帯神獣鏡や鍬形石、鏃形鉄製品などがあり、多くを今回の特別展にて展示予定です。現地を訪れることにより、より高松の古墳に興味を持っていただけるのではないかと思います。

 また、香川県の古墳と愛媛県の古墳を比較することにより、地元の古墳についても理解が深めていただけると思われます。

 なんと、昼食には美味しいさぬきうどんを味わうことができ、交通費・入館料・食事を含めて、6,000円の参加費で、高松の古墳を堪能することができます。

 是非、この機会に高松まで古墳を見学に行きませんか?

出発時刻・集合場所・解散予定時刻・場所は、次のとおりです。

1 日時  平成23年10月15日(土)  7:30~18:15

  

2 集合場所及び時間  出発時刻の10分前にお集まりください。

・宇和 愛媛県歴史文化博物館正面玄関入り口 7:20

・大洲 オズメッセ 7:45

・松山 松山IC高速バス乗り場 8:35

・西条 石鎚山ハイウェイオアシス 9:05

・新居浜 新居浜IC出入口付近 9:25

3 解散場所及び時間

・新居浜 新居浜IC出入口付近 16:40頃

・西条 石鎚山ハイウェイオアシス 17:00頃

・松山 松山IC高速バス乗り場 17:30頃

・大洲 オズメッセ 18:10頃

・宇和 愛媛県歴史文化博物館 18:40頃

  

参加ご希望の方は、当館 歴史文化講座係 まで、電話・FAX等でお申込ください。TEL:0894-62-6222  FAX:0894-62-6161

あと、15名参加いただけます。

テーマ展「伊予の暮らしとエコ―江戸時代のエコライフ―」開催のお知らせ

9月 30日 金曜日

期間/平成23年年10月8日(土)~平成24年2月5日(日)

会場/文書展示室 

開館時間/午前9時~午後5時30分(展示室への入室は午後5時まで)

休館日/毎週月曜日(但し第1月曜日は開館、翌火曜日は休館。12月26日~平成24年1月1・4日休館。1月2・3日開館)

観覧料/常設展観覧料が必要です。

大人(高校生以上)500円(400円)/65歳以上250円(200円)/中学生以下無料

※     ( )内は20名以上の団体料金

内 容

 「もったいない」という私たちが何気なく使う言葉には、物を大切にする精神が宿っています。江戸時代では、山・海・川などの自然を管理・保護して資源を守りました。衣食住すべてにわたって、自然から作り出されたものは、幾度もリサイクルされた後に、作物を育てる肥料として自然に返されました。自然と調和・共存された江戸時代のエコライフは、まさに私たちが受け継ぐ先人の知恵の宝庫といえます。当館の収蔵資料を中心として、伊予における江戸時代のエコライフを紹介します。

構 成

1 わび・さびの世界    

2 江戸時代の環境保護

3 エコと教育 

4 城下町とエコ     

5 農村とエコ

6 江戸時代のリサイクル─和紙─

7 江戸時代の塩田

8 エコツアー

主な展示資料

1.西条誌(天保7(1836)年) 当館蔵

 西条藩朱子学者日野和(にこ)煦(てる)が、藩主の命により天保7(1836)年から7年の歳月をかけて編纂した地誌。西条藩領内をくまなく調査して、当時の産業や伝説、特産物、名跡などを写実的に描いた絵画を交えて紹介しています。 本資料は、西条藩の特産物の一つ、和紙作りの光景が描かれています。

2.道後温泉絵図 (江戸時代後期)当館蔵

 道後温泉を中心に道後の町並が描かれた彩色の絵図。道後温泉は平屋造りで、一の湯、二の湯、三の湯の他にも養生湯や馬湯が丁寧に描かれています。本陣として用いられた明王院をはじめとした旅籠などの建物が街道に沿って並び、周辺には湯神社、湯月八幡宮、宝厳寺などの寺社が詳細に描かれています。山にはすみずみまで手入れされていた様子が描かれています。道後周辺の田園が描かれ、江戸時代における里山と共存していた道後の町の様子が伺えます。

 

3.加藤文麗画「鳴子図」(横井也有賛「鳩吹に腹立たせたる鳴子かな」)(江戸時代中期)当館蔵

鳴子(なるこ)は、数本の竹筒を小板に並べてぶらさげたもので、田畑の害獣や害鳥を追い払う道具です。鳩吹(はとぶき)は、猟師が両手の手のひらを合わせて山鳩の鳴いているような音を出して猟仲間に知らせる合図です。加藤文麗は、秋の風物詩である鳴子と山里の風景を水墨画に描き、横井也有は、二つの音が山里に響き渡る様子を俳諧に詠みました。文麗は、大洲藩三代藩主加藤泰恒の六男で、狩野周信(ちかのぶ)門に入って絵を学びました。徳川吉宗の隠居後に仕える傍(かたわ)ら、谷文晁など日本を代表する画家を育てました。也有は、尾張藩士で、俳句、俳文、絵画、和歌、など各分野で活躍しました。

共催展「村上節太郎写真展」の開催について

9月 2日 金曜日

内子町からの依頼により、内子町役場内子分庁において、共催展「村上節太郎写真展」の列品を行いました。明治42年(1909)に現在の内子町平岡に生まれた村上は、昭和32年(1957)に愛媛大学文理学部の教授となり、同35年(1960)に「日本の柑橘栽培地域の研究」により理学博士の学位を受けるなど、柑橘類研究の第一人者として知られています。また、カメラをこよなく愛し、大正11年(1927)に県立大洲中学校(現大洲高校)に入学してから、平成7年(1995)に亡くなるまで写真を撮りつづけました。フィルムだけでも20万枚以上の写真資料は当館に寄贈され、現在整理が進められています。

今回の共催展では、その膨大な写真資料のうち、戦時中から昭和40年代にかけての昭和の暮らしがうかがえる写真をはじめ、肱川水系の生活文化を記録した写真、そして地元の内子町に関わる写真を選んで展示しています。内子町役場内子分庁の入口から入ってすぐのロビーに10月初旬まで展示されていますので、内子にお出かけの際にはぜひお立ち寄りください。

なお、当館では市町連携の一環として、各市町の依頼により、今後も共催展を実施していく予定です。詳しくは博物館までお気軽にご相談ください。

テーマ展「昭和の復興」のお知らせ

8月 5日 金曜日

8月1日(月)から9月中旬(予定)まで、文書展示室にて、「テーマ展 昭和の復興」を開催しています。

  昭和は、二つの復興を成し遂げた時代といえます。一つめは、大正12(1923)年に発生した関東大震災からの復興。そして、二つめは太平洋戦争からの復興です。震災と戦災、この二度の大きな苦難に遭遇しながらも、人々は希望と光を失わず、助け合い、誇りを持ち続けて復興していきました。 当館が収集した資料(絵葉書・雑誌・地図・蓄音機・レコードなど)を中心に、昭和の復興に関する資料を紹介します。幾たびの苦難に遭遇しながらも、互いに助け合って、次世代につないだ人々の姿を、資料を通じて感じ取っていただければ幸いです。

<展示構成>

1 関東大震災

 2 関東大震災後の復興

 3 昭和と戦争

 4 戦後の復興

(1)    戦後の創刊雑誌 

(2)    GHQと雑誌 

(3)    女性の解放と雑誌

(4)    映画・演劇・スポーツの復興

 5 復興の象徴―東京オリンピックー

 6 昭和とレコード

<主な展示資料>

(1)   蓄音機 (昭和初期)  個人蔵・当館寄託

大正デモクラシーによって大衆文化の象徴となった蓄音機です。昭和に入って家庭に普及し、戦後にかけて流行した歌などを奏でて、人々の心を癒しました。

(2)  大東京完成記念発行「大東京名所絵葉書集」(昭和7(1932)年 主婦の友社発行)                         個人蔵・当館寄託

 大正12(1923)年9月1日、関東大震災が起こりました。それから、わずか7年後の昭和5(1930)年に東京は復興し、コンクリート製の近代建築が建ち並ぶ美しい大都市となりました。完成を記念して発行された絵葉書

(3)テレビィファン(昭和13(1938)年 山中電気株式会社発行)個人蔵・当館寄託

 昭和恐慌のため、日本経済は悪化していきました。昭和12(1937)年には日中戦争が始まりました。その翌年に創刊された雑誌。国内ではラジオが普及していて、テレビはまだ実用化はされていませんでした。当時まだ珍しいテレビを紹介する目的で発行されましたが、南京陥落直後だったため、中国で撮影された多くの写真を掲載しています。

(4)    李香蘭「夕月乙女」(昭和17(1942)年 コロンビア)個人蔵・当館寄託

 作詞:西条八十。作曲古賀政男。昭和17(1942)年には、14歳以上の女子学生を動員する国民動員実施計画が決まりました。当時の人気歌手李香蘭が、厳しい現実とはうらはらに可憐な乙女心を歌っています。

(5)    句刊ニュース(昭和21(1946)年 東西出版社発行)個人蔵・当館寄託

戦後、家族や生活基盤を失った人々の心の支えは、次世代を担う子供たちでした。廃墟にたたずむ子供の写真と次のような詩を掲載しています。「子供を拝む 戦争は終わった 昨日は過ぎた 子供を拝まう 円光を負ふ子供を! 廃墟の土にひれ伏して 飢えと寒さと絶望の涙のすきまから 笑ひかける子供を拝まう」

(6)ベースボールマガジン(昭和21(1946)年 恒文社発行)個人蔵・当館寄託

戦争のため、プロ野球選手の戦死が相次ぎましたが、戦後のプロ野球や大学野球試合が復活し、人々は希望を期待に胸を膨らませました。

(7)レコード:「東京オリンピックの歌―この日のためにー」・「東京オリンピック音頭」(昭和37(1962)年 ビクター) 個人蔵・当館寄託

 世界中へ日本の復興を伝えたのは、昭和39(1964)年の東京オリンピックでした。

 テーマソングを三浦洸一・安西愛子・ビクター合唱団の歌による「この日のために」と橋幸夫・市丸・松島アキラ他の歌による「オリンピック音頭」を収録しています。

 東京オリンピックの成功は人々に自信と誇りを取り戻し、高度経済成長からさらなる日本の発展へとつながっていきました。

文書展示室「伊予の災害展」のお知らせ

5月 17日 火曜日

○「伊予の災害展」

1 開催期間  平成23年4月28日(木)~平成23年6月17日(金)  

2 会  場  愛媛県歴史文化博物館 文書展示室

3 内  容  収蔵資料を中心として、近世から近現代にかけて、伊予の災害に関する文書を紹介します。江戸時代における伊予の大地震は、慶長9(1604)年から安政4(1857)年まで、合計9回発生しました。道後温泉の湯がたびたび止まり、中でも安政元(嘉永7)(1854)年に発生した大地震は被害が大きく、宇和海沿岸では津波が発生しました。近代においては、関東大震災が大正12(1923)年に発生し、愛媛県出身者も被災しました。その時に消息や被災状況を伝える電報や葉書が愛媛県の家族へ送られました。現代では、昭和21(1946)年の南海大地震が発生し、県内にも大きな被害が出ました。いつの時代においても、災害後の復興では、人々が団結し、協力することによって立ち直って来ました。伊予における災害から復興、そして現在における防災の様子を紹介します。

 4 主な展示資料

(1)火事装束 (江戸時代 当館蔵)

 寛政11(1799)7月に大洲城下町で火災が発生し、大半を焼失しました。火災後の復興にあたった大洲藩10代藩主加藤泰済(大洲藩第6代藩主加藤泰衑(やすみち)の5男)が所用した火事装束です。通常、大名の火事装束は、頭巾・羽織・胸当て・石帯・袴で構成されていました。しかしながら、この火事装束の形態は、戦場と同様に動きやすい具足に工夫されています。木地は燃え移りにくい麻を使用し、銅には金属の板が包まれ、胴・篭手・脛当てなどの各部分の縁取りや紐には鹿革が使用されています。当時の消火活動は、建物を打ち壊して防火につとめました。そのため、実用的な変わり具足となっています。

 

(2)安政南海地震の記録(個人蔵・当館寄託)

 安政元(嘉永7)(1854)年11月5日に発生した安政南海大地震について、出海村(現大洲市)庄屋兵頭喜平太が記した記録。郡中町(現伊予市)では、家屋の倒壊によってけが人40人、死者20人が出ました。他にも宮内村・雨井村・楠濱村(現八幡浜市保内町)では、三島神社のふもとまで津波が押し寄せて、田んぼの中まで大船が打ち上げられる被害が出ました。土佐藩宿毛町(現高知県宿毛市)では、津波で町が流されて「無限の」死者が出ました。津波は、「引き際が最もおそろしき事」と特記しています。

(3)関東大震災の被災者が愛媛県の家族に無事を知らせた電報(個人蔵・当館寄託)

「イエ ヤケタ ミナ ブジ(家焼けた 皆 無事)」

「36万枚の“愛媛”」の放映

4月 13日 水曜日

 放映が延期されていた当館所蔵の地理学者・村上節太郎氏撮影写真を用いた特集番組が放映されます。愛媛県内のみの放映となりますが、ぜひご覧ください。

NHK松山放送局開局70周年関連特集
「36万枚の“愛媛”-再発見!懐かしの昭和-」

放送日 2011年4月17日(日)13:05~13:48

NHK松山放送局の番組情報
 http://www.nhk.or.jp/matsuyama/tokushuu/tokushuu_01188.html

「村上節太郎氏撮影写真の特集番組」の放映延期

3月 11日 金曜日

本日(3月11日)放送予定のNHK松山放送局70周年記念番組「写真が語る昭和愛媛」は、放映が延期となりました。

放映日が決まり次第、ブログにてお知らせしたいと思います。

よろいかぶとを着てみよう!

3月 10日 木曜日

 当館が博物館体験型子育てサポート事業で整備したよろいかぶとを着ることができる体験イベントを下記のとおり実施します。よろいかぶとは3才用、5才用、小学生用の3点準備しています。幼児用のよろいかぶとを着ると、写真のようにかわいい武者ができあがります。どんどん参加してください。

博物館体験型子育てサポート事業
武士文化体験プログラム
「よろいかぶとを着てみよう!」
平成23年3月12日(土)13:00~15:00
対象:幼児~小学生
料金:無料

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