前回、四国霊場第60番横峰寺の前札所(前札・まえふだ)についてとりあげましたが、今回は横峰寺への巡拝について紹介します。
西日本の最高峰・石鎚山(標高1982m)の中腹に位置する横峰寺(本堂は標高約743m)は、古来より山岳信仰の霊地、修験道の道場であり、四国八十八箇所霊場の中で3番目の高地にあります。横峰寺に至る遍路道(横峰寺道)の一部は険しい登山道であり、「遍路ころがし」の最難所として知られています。
横峰寺道は古道の保存状態も良く、横峰寺までの距離を示す丁石も残されており(写真①)、平成28・29年(2016・17)に横峰寺道の一部(二十丁の位置にある湯浪休憩所付近から五丁石付近までの区間、翌年には五丁石付近から山門までの区間の総延長約2.1㎞)と横峰寺境内が国史跡「伊予遍路道」に指定されました。

改めて、昭和13年(1938)の「四国遍路道中図」(渡部高太郎版、当館蔵)を確認すると、徒歩による横峰寺道は本図では、五十九番国分寺⇒桜井⇒三芳⇒丹原⇒番外生木山正善寺(生木地蔵)⇒大頭⇒大卿(馬返)⇒千足(夕浪)⇒大門⇒六十番横峰寺の順路となっています(写真②)。

ところで、横峰寺巡拝の実態を示す興味深い資料があります。それは札所寺院の横峰寺自らが作成したと見られる一枚刷りの案内チラシ(写真③、個人蔵)です。そこには次のように記されています。

「次ぎは六十番横峯(峰)寺です 桜井駅より汽車に乗ると上り小松駅下車直ぐに登り下さい 御通夜もできます、風呂もわいて居ります。石槌山の権現様も御開帳ができます、弘法大師様の御教えを守り八十八ケ所の霊場を御順拜下さい。四国第六十番横峰寺」。発行年は不明ですが、戦前頃のものと推察されます。
横峰寺へ巡拝するには第59番国分寺参拝後、桜井駅から鉄道(予讃線)を利用して小松駅で下車し、途中の三芳、丹原の区間をショートカットして、小松から徒歩で大頭、大郷、千束を経由して横峰寺へと進む短縮ルートを紹介しています。また、無料で宿泊できる通夜堂とお風呂が利用できることや、蔵王権現の御開帳も可能である点などが宣伝されています。文面からは、山岳霊場で容易に参拝することが難しい横峰寺において、安全且つ安心に遍路が巡拝できるようにと、遍路を誘っている札所側の姿勢が見て取れます。
ちなみに、昭和9年(1934)の安達忠一『同行二人 へんろたより』によると、省線桜井駅から小松駅までの運賃は27銭でした。四国遍路における鉄道、通夜堂については、本ブログ「昭和時代の「四国遍路道中図」から見た遍路事情」⑥鉄道・予讃線、⑳通夜堂をご参照ください。
また、戦前の四国遍路案内記である昭和11年(1936)の三好廣太『四国遍路 同行二人』(第32版、此村欽英堂)の番外霊場・生木山正善寺の記事中に「(前略)六十番の前札所当寺の住職は巡拝者の労を慰めんとて人夫の実費にて確実に六十一番まで荷物を届けて呉る(後略)」と紹介されています。これによると、険しい横峰寺の上り下りの山道で、遍路の荷物が軽減できるようにと、第60番の前札所(清楽寺か)の住職の配慮によって、次の第61番香園寺へ荷物を配送するという良心的なサービスが実施されていたことがわかります。
このように、人里離れた山岳に位置する横峰寺は、天候、交通手段、巡拝ルート、宿泊環境など様々な要因から、巡拝することが困難でしたが、交通環境の進展、遍路を受け入れる札所と巡拝道の整備、道中で遍路を支えた接待などを通じて、今日の四国遍路における横峰寺巡拝は行われてきたことがわかります。
今日、横峰寺が冬期を除いて、車で参拝できるようになるのは、昭和59年(1984)に林道が完成してからとなります。























































