「四国遍路道中図」が発行されていた大正~昭和時代、四国遍路の土産として買い求められたものに「もぐさ(艾)」があります。
もぐさは「よもぎ」の葉の裏にある繊毛を精製したもので、主に「灸(きゅう、やいと)」の材料に使用されます。灸は江戸時代に民間療法として庶民の間で浸透したと考えられ、効能は温熱刺激による血行促進やリラックス効果、鎮痛効果などがあります。もぐさは梅雨明け後の花の咲く前の「よもぎ」を収穫し、天日で乾燥させ、すり鉢、石臼などで細かく粉砕し、葉や茎などの不純物を取り除き、毛の部分を選別して出来上がります。
愛媛では、遍路も訪れる道後温泉の土産として、古くからもぐさが有名でした。文化14年(1817)の『四国名物集』によると、「道後名物 結城縞、道後酒、唐あめ、もぐさ、まんじゅう、道後せんべい、甘酒」とあり、江戸時代の道後の名物の1つであったことがわかります。大正8年(1919)の高浜虚子『伊予の湯』では、「伊予絣、湯染手拭、砥部焼、竹細工、猿の腰掛細工、湯の花、湯桁飴、湯晒艾(ゆざらしもぐさ)などを買ふ」と記され、同13年(1924)の久保正『道後の温泉』には「湯ざらし艾は其の名の如く温泉で晒したもので、特にききめが多いといふので土産として喜ばれる」と紹介されています(今村賢司・石岡ひとみ「近代案内記に見る松山・道後土産について―伊予絣・砥部焼を中心に―」『瀬戸内海ツーリズム』愛媛県歴史文化博物館、2024年参照)。
道後の土産店で販売されたもぐさは、棟田もぐさ商店(愛媛県松山市、赤星平癒堂)で製造されたもので、昭和40年代以前にはほとんどの土産店で取り扱っていたとのことです。道後以外では、三津の商店街、四国八十八箇所霊場第51番石手寺の土産店などでも販売されていました。同店は平成13年頃まで四国で最後のもぐさ製造所でしたが、令和5年3月末に廃業されました。
棟田もぐさ商店製造のもぐさは箱入りと袋入りがあります(写真①)。箱には弘法大師の図像入りで、「四国霊場 弘法大師 線香付 道後温泉湯晒御艾 松山市港山町 赤星事 棟田正夫謹製」とあります。袋には「道後温泉湯晒」とあり、道後温泉本館、宝珠、白鷺などが描かれ、「うんこう日」(運虚日)として、「御艾 正月ひつじ、二月いぬ、三月たつ、四月とら、五月うま、六月み、七月とり、八月さる、九月ゐ、十月子、十一月うし、十二月う」と記され、それぞれの干支の日は「いむ(忌む)日」で、やいとをすえてはいけない日とされていました。

四国では道後のもぐさの他に弘法大師空海の生誕の地と伝えられる四国八十八箇所霊場第75番善通寺(香川県善通寺市)界隈でも何種類かのもぐさが製造・販売されています。
善通寺参拝記念土産の絵葉書「讃岐善通寺名所」のタトウ(紙製の袋)には、善通寺大門前の渋谷通信堂による「大師艾」の絵入の広告(個人蔵、写真②)が掲載されています。「衣服の上よりすへる不思議な艾(やいと) 讃州屏風浦 五岳山霊草 大師艾 大師艾は御加持を施し有ば日の吉凶によらず 何時すへてもよし諸病にもちひて御利益あり」とあります。日の吉凶によらず、いつでも衣服の上から灸をすえることができる不思議なもぐさであると宣伝しています。

一方、加納大慈堂(同市)が製造・販売した「禅定押艾」(50本入り)の実物があります(個人蔵、写真③)。袋の表面には、幼少期の空海(真魚・まお)の伝説「捨身ヶ嶽」の場面が描かれています。7歳の頃、空海は険しい山(我拝師山)に登り、「将来仏法を広めようと願っています。この願いが叶うのであれば、私をお助けください」と捨身ヶ嶽から身を投げましたが、天女が現れ、真魚を抱き止めたと伝えられています。捨身ヶ嶽は四国霊場第73番出釈迦寺(同市)の奥之院の地とされています(写真④)。


裏面には「艾は古来より薬草中最高の霊草として灸術界の奇蹟的絶大なるは今更申す迄もなく、医学界が研究の結果益々其の効験を認め、皆さんが等しく其の使用推奨されるは御存じの通りで、弊舗製造の押艾は始祖以来の秘法により精製せしものなり。温熱療法に最も良く身体健全となるには一層の御愛用下さい。」と宣伝しています。
袋の中に入っている禅定押艾は棒状で、1本(長さ約14㎝、中身約12㎝、直径約1㎝)ずつ紙に巻かれ、巻紙には男子用は黒字で「商標登録第358240号 (羯磨像)弘法大師直伝秘法 大師七歳之霊跡 捨身ヶ嶽霊草 禅定押艾 男子用 厳修 讃州屏風浦善通寺(火ツケル方) 謹製並交附所 加納大慈堂 (梵字)」と記され、女子用は赤字で記されています。火を付ける部分には「火ツケル方」と注記があります。
遍路土産のもぐさに共通する特徴としては、科学的な効能を記したものというよりは、秘法により精製された四国の奇蹟の霊草であることが強調され、弘法大師空海のもつ加持祈祷による呪術性・神秘性にあやかって宣伝されている点にあります。もぐさに限らず、大正7年(1918)の『弘法大師遺訓 妙薬いろは歌』(写真⑤)などの書物が示しているように、民間信仰の家庭療法と弘法大師信仰が深く結びついていることを意味しています。弘法大師によって「諸病にもちひて御利益あり」と謳われたもぐさは、遍路の土産として人気が高かったことが理解できます。



















































