‘資料調査日記’ カテゴリーのアーカイブ

愛媛の祭り6 宇和間の奴道中(やっこどうちゅう)

5月 9日 金曜日

※中予地方 松山市(旧中島町宇和間)

鬼・猿田彦等と同様に神輿行列の先導をするものに奴(やっこ)行列があります。長柄や鳥毛、槍等の道具を二列に持ち、互いに道具を投げ合う曲芸をしますが、これは東予西部から越智郡島しょ部にも多く見られます。

奴行列の他にダンジリ等の山車(だし)が登場する祭りでは、奴は単に道具を持って練り歩くことが多いのですが、旧中島町や旧丹原町では奴が各種の投げ芸を見せ、祭りの主役を務めます。

奴行列は、神輿の前を歩くことが多く、神輿は奴行列を追いこしてはいけないというしきたりがあります。奴が進まないと神輿も進めないので、神輿が押し戻されたり、けんかをしたりします。

愛媛の祭り5 伊予市永木の鬼(ダイバン)

5月 8日 木曜日

※中予地方 伊予市(旧中山町永木)

旧中山町永木地区の秋祭りで出る鬼です。地元で「ダイバン」と呼ばれていますが、中予・南予地方では、鬼のことを「ダイバン」・「ダイバ」と呼んで、怖がられながらも、親しまれています。

松山をはじめ、中予地方には、おそろしい鬼の仮面をかぶった「ダイバ」とよばれる「鬼」が出るお祭りが多くあります。また、「お神楽(かぐら)」という仮面芸能でも、鬼のことを「ダイバ」とか「ダイバン」とよんでいます。これは、愛媛県周辺での独特のよび方のようです。

ダイバという呼び方は、仏教で釈迦(しゃか)の修行を邪魔する悪役「提婆達多(だいばだった)」に由来するものと思われます。鬼も神の邪魔をする役だからです。

愛媛の祭り4 シダ神輿(みこし)

5月 5日 月曜日

※南予地方 宇和島市吉田町知永

青竹をかき棒にして、シダの葉で鳳凰の形を作って神輿(みこし)としたものです。11月3日の門島神社秋祭りに登場します。変わり神輿として貴重なものといえます。

宇和島市吉田町にはシダの神輿がありますが、今治市神宮にはワラで作った神輿もあります。神輿は神聖なもので、もともとは毎年新たに作り替えることが行われていたようで、その名残とも考えられます。

神輿をかつぐときのかけ声は、近年では「ワッショイ」が一般的になりましたが、「チョーサジャー」とか「フンエーイ」など地域によってさまざまな昔からのかけ声があります。

愛媛の祭り3 継ぎ獅子(つぎじし)

5月 3日 土曜日


※東予地方 今治市神宮野間神社(矢田継獅子)

※東予地方 今治市菊間町池原

今治には若者が基壇となり、縦に3~5段と継ぎ、最上段に獅子頭をかぶった子供が乗る「継ぎ獅子」が広く見られます。江戸時代後期に今治市鳥生(とりゅう)の者が伝習し、広まったと伝えられています。

西条市小松町からしまなみ海道沿いの地域には、ムカデ獅子といって、布幕の中に青年数名が入り、獅子の体を横に大きく広げた獅子が多く伝承されています。それを発展させたの継ぎ獅子といわれます。

今治市の祭りでは、西条市のダンジリや新居浜市の太鼓台、松山市の神輿、宇和島市の牛鬼など、豪華な出し物は登場しませんが、獅子舞の継ぎ技は全国的にも非常に高いものです。

愛媛の祭り2 神輿(みこし)落とし

5月 2日 金曜日

※中予地方 松山市(旧北条市)

旧北条市内の秋祭りでは、神輿(みこし)が壊れてご神体が出るまで石段から落としたり、川中に投げ込んだりする慣習があります。神輿を荒々しく扱うのが、中予地方の秋祭りの特徴でもあります。

中予地方の祭りでは神輿を鉢合わせしたり、石段から投げたりと、手荒に扱います。これは神輿を揺さぶることで中に入っている神の霊力を高めようとする行為だという説があります。

神輿は神様の乗り物です。祭りで神輿(みこし)をこわすことは、毎年、神輿を新しく作ることにつながり、祭りの神聖さを保つ意味もあります。

愛媛の祭り1 神輿(みこし)の鉢合わせ

5月 1日 木曜日

愛媛県内のお祭りや芸能について簡略ではありますが、写真とともに紹介していきたいと思います。今回がその第1回目です。

※中予地方 松山市道後

道後秋祭りは伊佐爾波(いさにわ)神社・湯神社の祭として、江戸時代からにぎわっていました。戦後、神輿(みこし)の宮出しの中断時期がありましたが、1980年頃から復活し、現在では盛況になっています。

松山秋祭りは10月5日の宵宮(よいみや)に始まり、6日は獅子舞や子供神輿が繰り出して町内をまわります。7日は早朝から神輿が出て、かきくらべや、鉢合わせが行われます。神輿の鉢合わせは県内でも中予地方独特の行事です。

神輿をぶつけあうのは、全国的にも珍しい行事です。南予地方では、ぶつけあうのは、「牛鬼」と「四つ太鼓」という場合が多く、神輿は神様の乗り物として、丁重に扱われます。

撮影快調? -企画展資料調査風景-

5月 15日 火曜日

 継続的に秋の企画展「戦国南予風雲録」に向けて資料調査や写真撮影を進めています。
先日も、砥部町の個人宅にお邪魔して古文書の調査を行いました。

 一口に調査といってもいろんな方法がありますが、今回行った古文書の調査では、企画展での展示や図録等への掲載を前提とする作業をおこないました。
 まずは状態確認。展示が可能な状態かどうか、どういった展示方法が可能かなどの確認をします。そして欠かせないのが、採寸です。展示スペースの確保や資料情報としても必要になります。

 そして、今回は写真撮影も同時に行いました。といっても、調査用の写真ではなく掲載用の撮影です。学芸員が機材を持ち込んでの自前撮影です。一眼レフカメラ(ポジフィルム装填)を三脚にセットし、水準器で水平を確保し、それからカメラの諸々の設定を済ませます。ちなみに、より安定感のある接写台も持参しましたが、高さがあまり確保できないため、やむをえず三脚撮影になりました。また、ライトの持込はしなかったので、他の光の影響を受けにくいよう、廊下で自然光の元での撮影をしました。カメラセットが済むと、資料を乗せる板をカメラ下に置き、古文書をセットします。ところが、ここで問題発生。古文書は折り目がついているため、中には両端が浮き上がってきれいに撮影できないものもあります。しかしそこは想定済み、ガラス棒も持参していましたが、それではガラスの反射で格好が悪いと考え、四隅を細い棒で押さえる方法を取りました。もちろん、そのアイテムも持参済み。

 で、あとはアングルを調整し、ピントを合わせてシャッター。もちろんカメラ設定を変えて何枚か撮ります。さらに、用心深くデジタルカメラでも撮りました。また、一部接写したい部分があれば、せっかく持参した接写台を活用し、カメラを付け替え接写もしました。

 こうして調査・撮影すること25通。カット数は・・・まだ数えていません。所要時間約3時間半。2名で行いましたが、思いのほか重労働でした。目が痛かったです。
 こうした地道な調査を少しずつ積み重ねている状況です。 資料調査の一端でした。

もうひとつの忽那文書を収蔵

4月 26日 木曜日

 現在、秋に開催予定(10/6~12/2)の企画展「戦国南予風雲録」に向けて様々な資料調査や写真撮影を進めているところです。
 そんな中、先日、松山市の佛性寺へ古文書の調査・撮影のためにうかがいました。当寺は、最澄に師事し晩年に延暦寺別当となった地元出身の光定上人が、天長6(829)年に勅により開創したと伝わる天台宗の古刹です。

佛性寺

 といっても、調査資料は実は当寺とは内容的に全く関係のない、天正7(1579)年4月20日付、河野通直(牛福)が忽那亀寿に宛てた感状です。

河野通直(牛福)感状

 宛先の忽那氏は元々本来忽那諸島(松山市中島)を本拠とした在地領主で、当時はすでに河野氏の配下となっていました。この頃、河野氏は毛利氏の助力を得ながら喜多郡北部肱川下流域で対抗勢力と軍事衝突や調略戦を繰り返していました。その相手は「大洲旧記」や「河野家譜」など後世の編纂物類によると土佐長宗我部氏の支援を得た大野直之の勢力といわれますが定かではありません。4月15日、花瀬城(大洲市北只)において合戦があり、河野方は敗北、そこで忽那式部少輔(通著)が奮戦するも討死したことが内容から分かります。この感状は、その功績を賞する旨を、息子の亀寿に対し伝えた文書です。忽那氏当主の子息に宛てていることから、当然最初は忽那家に所在したはずで、その意味でいえば現在知られている「忽那家文書」や「忽那とら文書」などと元は一連のものであったと考えられます。つまり、もうひとつの忽那文書ともいえるでしょう。
 約1年半前に1度簡単な調査にうかがったことがあったのですが、今回あらためて展示に向けた調査にうかがったところ、御住職から思いもかけず寄贈の申出をいただきました。当館には、戦国末期の河野氏と喜多郡の関係を示す資料としてすでに「柁谷家文書」を収蔵していますが、喜多郡の中世を物語る貴重な資料をもうひとつ収蔵できることとなりました。詳しい資料解説についてはまた別の機会に譲りたいと思います。
 秋の企画展ではもちろん展示を予定しておりますので乞うご期待!

宇和島市遊子水荷浦・ふる里だんだん祭り

4月 20日 金曜日

4月15日に宇和島市遊子・水荷浦(みずがうら)地区で行われた「第6回ふる里だんだん祭り」(主催:遊子自治会、NPO法人「段畑を守ろう会」など)に参加しました。テーマ展「宇和海のくらし」(仮)の調査の一環で、当日お伺いしました。
会員の方々に伺ったお話なども交えながら、当日の様子をご紹介します。

ふる里だんだん祭りは平成13年から開催されており、今年は6回目となります。地元の自治会や、NPO法人「段畑を守ろう会」(以下:守ろう会と略)などの主催です。
当日は、馬鈴薯(ばれいしょ)の即売会や段畑のガイドツアー、馬鈴薯重量あてクイズなどが開催されました。
 

JR宇和島駅前の宇和島バス本社前から無料送迎バスが出ていました。整理券をいただいてバスに乗ります。


バスに乗って現地に到着。続々とお客さんが来ています。沢山の出店も出ていて、賑やかです。


開会宣言などに続いて行われた遊子龍王太鼓。


馬鈴薯の販売が行われていました。
一年中、霜が降らない水荷浦では、日本一早く露地ものの馬鈴薯が収穫できます。段畑の石段による地熱効果もあるそうです。


遊子小学校の生徒さんが作成したかべ新聞です。
記事の内容は、守ろう会の方々と一緒に畑を耕し、お芋を作ったこと、猪にせっかく作ったお芋を食べられてしまったことなど。驚いたこと、しんどかったこと、うれしかったこと・・・生き生きとした文章や絵で表現されていました。


馬鈴薯重量あてクイズ。
3つのかごに合計約50キロの馬鈴薯が入っており、それぞれのかごの重さを予想します。
微妙な重さの違いが、どれほどの差になるのか・・・。何度も、持って、書き直しました。
結果発表はのちほど。

段畑ガイド。
守ろう会の方による段畑のガイドツアーです。
「水荷浦」という地名や段畑の歴史、重要文化的景観の選定への取り組みなど、わかりやすく解説していただきました。


一つ一つ手作業で組まれた石が、石垣となり、段畑を構成しています。石垣の強さを守るため、草むしりも欠かせないそうです。


馬鈴薯重量あてクイズの結果発表。
ステージで、1つずつかごの重さを計り、正解を発表。正解した方で、そのかごの馬鈴薯を分けてお持ち帰りできます。100グラム単位まで予想するクイズなので、それをズバリ的中なさった方はすごいです!


当たりくじつき餅まき大会。
お客さんたちは、餅を入れる袋を用意してスタンバイ。
当たりのお餅には、魚の印の焼き印がおしてあるそうです。

この他、アマチュアバンド演奏や、子供向けのイベント(ミニSL運行など)も行われました。
去年よりも少ないとのことでしたが、多くのお客さんがいらっしゃっていました。
このようなイベントが、多くの方々が段畑について関心をもっていただくきっかけになればと思います。
守ろう会の皆様を始め、「ふる里だんだん祭り」の準備・運営に携わられた方々、お疲れ様でした。
 

昆布収穫祭

4月 6日 金曜日

4月1日に愛媛県魚連・宇和島支部の魚市場で行われた昆布の収穫祭(主催:宇和海に緑を広げ環境を守る会)に参加しました。会員以外でも参加費は無料です。
私は、テーマ展「宇和海のくらし」(仮)の調査の一環で、収穫祭に伺いました。
会員の方々に伺ったお話も交えながら、収穫祭と、会の取り組みをご紹介します。

同会は、昆布で海を浄化し、きれいな宇和海を取り戻すことを目的に、平成15年に発足しました。昆布は海洋汚染の原因とされる窒素、リンなどを吸収して海を浄化します。また、光合成で二酸化炭素も吸収するため、地球温暖化の防止にも役立つのです。

今回は、1月14日に種付けした昆布が収穫されました。最初に種つけするときは3センチ程の昆布が、収穫の際は2~3メートルにも成長します。

昆布は水温が15度以上になると溶けるので、宇和海での養殖は3ヶ月程です。そのため厚さはあまりなく、だし昆布にはむきません。その代わり、食べるととてもおいしくて、酢の物や、汁物に、若布代わりに使うと良いそうです。
食用のほか、鮑や、真鯛のえさにも利用されています。真鯛のえさには、粉にしたり、あるいは生のまま使うそうです。昆布を食べた真鯛は、つやが出ておいしくなるとか。
昔は、畑の肥料にも使っていました。


会場の魚市場。「昆布収穫祭」の幟がはためいています。


開会式のあと、沖で養殖されていた昆布が宇和島漁協青年協によって運ばれてきました。船から水揚げされる巨大な昆布。子供たちは「コンブ星人だー」と早くもハイテンションです。


グループに別れた参加者がそれぞれのキャリのある場所まで昆布を運びます。


グループごとに昆布を鋏で綱から取り、キャリに入れます。
昆布は予想以上に弾力も重さもあります。「手がヌルヌルしてきたよー」と言いながら、皆さん楽しそうです。このヌルヌルがうまみ成分なのでしょうか・・・。食べるのが楽しみです。


キャリに入れた昆布をはかりにかけ、各グループの重さを決めます。全グループの重さが出揃ったところで、結果発表です。
各グループが収穫した昆布(単位:キログラム)はこのような結果となりました。
(1) (2)48.9(3)39.5(4)29.4(5)71.9(6)47.6(7)38.6(8)51.7(9)23.1(10)32.1


重さを測ったら、参加者が各自ナイロン袋に昆布を入れて、お持ち帰りです。
 海の恵みを、教えていただいたとおり、酢の物と味噌汁でいただきました。味噌汁全体に海の香りが広がって、絶品でした!

昆布うどんの試食(1人200円)
食生活普及協議会の会員の方が作ったうどんをいただきました。

今回の収穫祭の参加者は約200名でした。来年は、より多くの方々が参加されますように。
そして、宇和海をきれいにする取り組みがますます広がっていきますように。

「宇和海に緑を広げ環境を守る会」の皆様、ありがとうございます。
おいしい昆布をご馳走様でした。

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