‘特別展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

こえだちゃんの世界展 アンケート2

5月 22日 火曜日

こえだちゃんの世界展もいよいよ終盤に入ってきました。ここでゴールデンウィーク期間に寄せられた声を紹介します。

・こえだちゃんのおうちは、(かわいくて)すてきです。わたしは、きのこのレストランときりかぶのパンやさんがすきです。こえだちゃんがいつか人間界にきてほしいとこえだちゃんにいってください。

・こえだちゃんだいすき

・サンリオコラボの商品とってもかわいいです!ユーリオンアイス×サンリオとのコラボ商品出してくれませんか?財布の準備ならできています。29才・女児

・こえだちゃん かわいい~♡ 5才女児

・はじめて来たので、いろんなことを見ることができました。なので、もういちどきたいと思いました。クイズはむずかしかったけどがんばりました。

・またきてね、またくるよ。

・ダンボールでできていてすごいなと思いました。オリジナルクイズラリーもとてもおもしろかったです。さがすのはむずかしかったです。

・『カプセルの国』『おひさまハイツ』はまだ箱に入れて持っています。35年くらい前のものです。娘が時々出して遊んでいます♡

・70年代に友達とこえだちゃんで毎日のように遊んでいたのを鮮明に思いだしました。そして今では子ども達が夢中になっています。昔とそんなに変わってないと思ってたのに、展示をみてかなり変わってて驚きました。こえだちゃんのかわいさはいつの時代でも変わらず!です

・娘4才、弟が産まれた時、おばあちゃんから「こえだちゃんと木のおうち」をプレゼントしてもらいました。母が入院中、泣いて泣いて泣いていましたが、こえだちゃんと一緒に乗り越えることができました。

・こえだちゃんだいすき、またあいたいな。

・こえだちゃんのおうちがいっぱいあったり大きい木のおうちであそんだりしました。たのしかったです。

・いろいろな「こえだちゃんと木のおうち」のしゅるいがいっぱいあっておもしろかったです。わたしは7代目をもっています。また行きたいです。

S59生まれです。隣の子が持っていたこえだちゃんで遊んでいました。娘が生まれてこえだちゃんを購入!とっても懐かしく嬉しい気持ちでした。2人の娘も大きくなり、こえだちゃんは次の子どもたちに遊んでもらえるようにバザーに出しました。展示にあった桜井勇さんのイラストがとても良かったです。こえだちゃん40才おめでとう。

・自分が買ってほしいと初めてねだったのが木のおうちでした。ついこの間まで家にありました。とてもなつかしく拝見させていただきました。

・とてもかわいかったです。

・こえだちゃんだいすき♡

・30年以上前に買ってもらったおもちゃに出会えて、なつかしくて楽しかったです。孫といっしょに楽しむことが出来ました。

・かわいい だいすきよ こえだちゃんのいえであそぶのがたのしかったよ どうもありがとうございました

・こえだちゃんがいっぱいあってたのしかったです だいすき

・子供もとっても楽しくしてました♡ こえだちゃんの世界展いいと思います♡ いいGWになりました♡

こえだちゃんの世界展 アンケート1

5月 5日 土曜日

昨日はこえだちゃんの楽しいショーもあったので、展示室もおおにぎわい。ダンボールの木のおうちのすべり台も途切れることなく、子どもたちが楽しそうにすべりおりていました。

そんなにぎやかな展示室の一角に、こえだちゃんにまつわるエピソードを書いていただくアンケートコーナーを設置しています。自由に書いてボックスに投函していただいていますが、年代を問わず、こえだちゃんへの愛がつまった、たくさんのメッセージが寄せられています。今回は4月30日までに寄せられた声を紹介します。

・娘がこえだちゃん「木のおうち」で遊ぶようになったので、興味があり来館しました。子供が実際にこえだちゃんで遊べるスペースやダンボールの木のおうちもあり、とても楽しめました。歴代のこえだちゃんの中に私が昔遊んでいたものがあり、懐かしくなりました。ありがとうございました。

・はじめて買ってもらったおもちゃがこえだちゃんでした。かなり懐かしいです。ワクワクします。

・私はこえだちゃんが好きなので見れてうれしかったです。

・きれいに展示されていると思います。

・私がむかしあそんでいたおもちゃなどがあり、なつかしさをかんじながら楽しむことができました。もういちどあそびたいと思いました。

・S49生の女子です☆ 父がキキララのおうちとチューリップピンクのおうちをかってくれて夢のように遊びました。大切な想い出です。ありがとうございました。

・初代のこえだちゃんの木のおうちで遊んでいた記憶があります。自分の子供がまたこえだちゃんの木のおうちで遊ぶ姿を見て、長く愛されていることに驚きつつ一緒に遊べる幸せを感じます。

・私自身、三女で自分のこえだちゃんではなかったけれど、「あっ、これ家にあった!」というこえだちゃんのおもちゃを見つけ、とてもうれしかったです。現在、2人の女の子の母になり、家にこえだちゃんのおもちゃがあり、2人共大喜びでした。

・初めて知ったのは保育園の時です。お母さんが小さいころに遊んでいたと教えてもらったからです。実際に遊んだことはあまりないけれど、この世界展を見て今度、少しでも遊んでみたいと思いました。

・娘がサンタさんにはじめてお願いしたおもちゃが、こえだちゃんの木のおうちでした。私の頃のキノコちゃんとリッピちゃんもでてきて、一緒に遊んでいるのを見ると、うれしい気持ちになります。

・こんなにあるなんておもいませんでした。

・子供の頃木のおうちが欲しかったですね。木のおうちに目玉がついている(4代目)のがなつかしいです。こえだちゃんのいろいろなことがわかり楽しかったです。

・私が子供の頃持っていたのが四代目です。ハンドルをぐるぐる回すと、こえだちゃんが上にあがったり下がったりする手動式のエレベーターが、お気に入りだったのを思い出しました。今はこんなにもたくさんのお家や人形があるんだなあと、見ててとてもワクワクしちゃいました。ここに来れた事、たいへん良かったです。

・初代こえだちゃんシリーズであそびました。きのこのレストラン、ルルとナナのおうち、りんごのパーラーキラキラちゃんを持っていてなつかしくたのしめました。大きくなってイトコにあげてしまったのを後悔しています…。一番の思い出は、きのこちゃんのレストランのエレベーターです。そっと並べて閉じてエレベーターを上げると、全てふきとぶのも忘れられません。ありがとうございました。

・子供の頃こえだちゃんのCMを見て、木のおうちとハウスを買ってもらいました。一人っ子で家族遊びする時は、いつもこえだちゃんファミリーで、夢中になって遊びました。今日はなつかしいおもちゃに出会えて楽しかったです。

・当時初代のシリーズを出るたびに父に買ってもらい、今は娘につがれていて40才。長い間続いていてすごいと思います。

・すてきな展示をありがとうございます。「これうちにあった!!」というものから、「これもこえだちゃんシリーズたったの!?」という驚きもあり、たいへん楽しみました。当時は近所のお姉さんからゆずってもらったりしていたので、知らなかったのですね…。とてもなつかしかったです。(30代)

・お誕生日に買ってもらったのをおもいだしました。

このゴールデンウィークにもたくさんの声が寄せられています。それはまた次回紹介します。

ゴールデンウィークの「こえだちゃんの世界展」

4月 29日 日曜日

ゴールデンウィークの前半2日目。今日は宇和でもれんげ祭りが開かれていますが、午前中早い時間からファミリーのご来館が増えてきました。ダンボールで製作した『こえだちゃんと木のおうち』で遊ぶ子どもたちも楽しそう。記念写真にも最適。いい思い出になると思います。

最新の『こえだちゃん』を体験できるプレイスペースもにぎわってきました。みんなエレベーターや観覧車を動かして一心不乱に遊んでいます。

ゴールデンウィークもまだこれから。展示室には8代目までの木のおうちが勢揃い。ぜひ『こえだちゃん』に会いに来てね。

撮影OK!「こえだちゃんの世界」展

4月 20日 金曜日

明日4月21日(土)から始まります「こえだちゃんの世界」展
展示室もかわいく完成しましたー!!
今回の特別展はすべて撮影OK!
インスタ映えです(・∀・)!

初代のこえだちゃんから…

チャペルのこえだちゃん…

雰囲気の違うこえだちゃんも!

もちろん、最近のこえだちゃんや…

非売品の雪の積もった木のおうちまで!

メルヘンなこえだちゃんの世界を楽しんでください!

☆ゴールデンウィークイベント☆
5/4(金)こえだちゃんとあそぼう!こえだちゃんの楽しいショー!
4/28~30、5/3~6こえだちゃん写真館
5/3(木)~6(日)よろい武者にへんしん☆
4/21(土)~5/6(日)かぶとをつくろう!

イベント情報の詳細は歴博HPへ!

ダンボールによる『こえだちゃんと木のおうち』

4月 18日 水曜日

巨大なダンボールによる『こえだちゃんと木のおうち』の制作は、1日がかりの作業となりました。

運び込まれたたくさんの部材。パスルのようで、どのように木のおうちがつくられていくのか、さっぱり想像がつきません。

下の土台に当たる部分から組み立てられていきます。大人が乗っても大丈夫なように格子状に部材が組まれていきます。

階段を取り付けて床板をはって、上部の作業に移ります。だんだん姿が現れてきました。

上部をつくりあげて、みんなが遊ぶすべり台をとりつけていきます。こえだちゃんも姿を現しました。

最後にエレベーターのボタン。木のおうちに魂を吹き込みます。

ついに完成。すべり台で遊んだり、記念写真を撮ったりできるので、ぜひ遊びにきてね。

こえだちゃんと木のおうち模型

4月 17日 火曜日

前回紹介したグリーンのカーペットが敷かれたスペースには、巨大なダンボールによる『こえだちゃんと木のおうち』がつくられます。

巨大なダンボールでつくるといっても簡単な作業ではありません。まずは8分の1の模型をつくって、デザイン、安全性などあらゆる角度から検討してきます。

この模型から巨大な木のおうちがどのように完成しているのか。
それはまた次回紹介します。

こえだちゃん展の設営開始

4月 15日 日曜日

4月21日の開幕に向けて、特別展「誕生40周年 こえだちゃんの世界展」の会場設営が始まりました。

こえだちゃんは、玩具メーカーの株式会社タカラトミーから1977年に発売されたミニドールつきハウス玩具シリーズ。絵本の世界から飛び出してきたようなかわいらしい見た目と、エレベーターなどの楽しいしかけで、人気となりました。

会場にはこえだちゃんと木のおうちのイメージを活かして、ピンクとグリーンの壁紙をはっていきます。

会場内の一角にグリーンのカーペットが敷いていきます。このスペースがどのようになるのか。お楽しみに。

「高虎と嘉明」紀行20 -水口城・藤栄神社-

11月 22日 水曜日

嘉明が寛永8(1631)年に没すると、子の明成が会津40万石を引き継ぎますが、寛永16(1639)年、家臣堀主水の出奔を発端として、寛永20(1643)年に領地を失うことになります。嘉明が一代で築いた40万石を有する全国有数の大名加藤家は危機に陥ります。

しかし、明成の子・明友(嘉明孫)に石見国(島根県)吉永1万石が与えられ、かろうじて大名加藤家の命脈を保ちます。天和2(1682)年、明友は1万石の加増を受け近江国(滋賀県)水口2万石を拝領し、水口城に入ることとなりました。明友の子・明英(嘉明曾孫)が元禄8(1695)年に下野国(栃木県)壬生2万5千石へと国替になりますが、正徳2(1712)年には明英の養子・嘉矩(嘉明玄孫)が再び水口2万5千石の藩主として水口城に戻ってきます。そして、そのまま明治維新まで水口藩主加藤家として存続します。
一度は存亡の危機を迎えつつ、加増も重ねながら、大名の地位を守り通したのです。

水口は、東海道の50番目の宿場でもあり、街道が城の北を通ります。
水口城の築城は、実は大名の本城としてではなく、水口の持つ宿場としての性格に由来します。寛永11(1634)年、将軍徳川家光が上洛した際、宿所として築かれた水口御茶屋が水口城の始まりです。しかし、将軍宿所としての使用はこの1回のみでした。
その後、加藤明友の入部によって水口藩が成立し藩庁となりますが、将軍の宿所という考え方が守り続けられ、水口藩では本丸御殿を使うことはなく、御殿解体後になっても本丸が使われることはなく、藩行政は二之丸で行われました。

現在でも、部分的に石垣や堀などの遺構が残っており、往時の姿を偲ぶことができます。

水口城


城から北東へ少し行くと、藤栄神社があります。文政12(1829)年、嘉明を祀るため水口城内に創建され、藩政期には嘉明(かめい)大明神と呼ばれていました。嘉明もまた年月を経て崇敬の対象となって、神として祀られたのです。

藤栄神社


現在では、城は本丸を除いて宅地化されているため、住宅地に囲まれるように鎮座しています。
特別展では、藤栄神社に伝わる資料から、「加藤嘉明肖像画」(レプリカ)、加藤家ゆかりの武具(「白鳥毛鎧蓑」「黒羅紗槍鞘」「ビロード地薙刀覆」)、嘉明が秀吉から拝領したと伝わる「十字形洋剣」(写真パネル)を展示しています。

秀吉との出会いから徳川への貢献まで、転換期の時流を捉え、明治維新まで続く大名としての加藤家の地位を確立するとともに、伊予や会津の太平の礎を築いた嘉明、その業績は今も各地で生き続けています。

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「高虎と嘉明」紀行19 -津 寒松院・上行寺・高山神社-

11月 21日 火曜日

 高虎は、激動の時代を生き抜いた末、寛永7(1630)年にその生涯を終えます。
 墓所は上野寛永寺の子院の寒松院。後に寒松院が移転したため、墓所は旧敷地にできた上野動物園内の一角に今も静かに残されています。

 しかし、津藩藩祖の高虎クラスになると、墓碑は複数存在します。
 領地とした伊勢と伊賀にも存在し、まず本拠とした伊勢の津では、江戸上野の菩提寺と同じ名前を持ち、やはり藤堂家菩提寺であった寒松院です。
 津城の東、岩田川河口近くにある同院は、2代藩主藤堂高次(高虎嫡子)の創建で、当初は昌泉院と称しましたが、後に藩祖高虎を祀り藤堂家菩提寺となってからは寒松院と称するようになりました。
 歴代藩主や家族、また久居藩藤堂家歴代の墓碑が建ち並ぶ中に、高虎の墓碑もあります。五輪塔の墓碑はかなりの大きさで、基壇自体の高さもあり見上げる程です。両脇には、継室松寿院、嫡子高次の墓碑も並んでいます。

津 寒松院 高虎墓碑

 伊賀では、伊賀上野城の南に広がる城下町の東寄り、現在では風情ある小路に整備されている寺町の北端に位置する、伊賀での藤堂家菩提寺上行寺です。高虎が羽柴秀長の家臣として拝領した領地紀伊国(和歌山県)粉河で創建し、伊予から伊賀へと国替の都度これに従い移転してきたという、高虎とゆかりの深い寺院です。
 やはり、歴代藩主の墓碑が建ち並びます。

上行寺 高虎墓碑

 高虎は、没後年月を経て藩祖として崇敬の対象となり、神として祀られることになります。津城跡の公園の南隣に鎮座する高山神社、ここは高虎を祀るために明治9(1876)年に創建された神社です。当初は別の場所にあり、一時本丸跡にあった時期もありますが、戦災に遭った後に内堀跡である現在地に移転しました。
 高山神社の社名は、高虎の法名「寒松院殿道賢高山権大僧都」に由来します。

高山神社

 
 時代の転換期を智恵と能力で生き抜き、藤堂家を全国有数の大名に伸し上げるとともに、伊予や伊勢・伊賀の太平の礎を築いた高虎、今も多くの人々の崇敬を集めています。

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「高虎と嘉明」紀行18 -会津若松城-

11月 20日 月曜日

 会津若松城といえば、幕末戊辰戦争で新政府軍の集中砲火に遭い、傷ついた天守の古写真をイメージする人も多いでしょう。何より、城周辺の火災を落城と取り違えた白虎隊の悲劇はあまりにも有名です。

 戊辰戦争で猛攻を受けた会津若松城ですが、実は嘉明と深い縁があります。
 寛永4(1627)年、嘉明は32年に及ぶ伊予の大名時代を終え、会津若松へ石高倍増の40万石で国替になります。ここは、かつて伊達政宗・蒲生氏郷・上杉景勝ら名立たる武将も居城とした奥羽の要衝です。秀吉に送り込まれた蒲生氏郷の時代に、城は近世城郭として改築され、城下町も整備されました。

 嘉明は、入部翌年の寛永5(1628)年から早速城の修築を開始します。また、城下町や街道など、領内の整備にも取り組みます。
 しかし、その矢先の寛永8(1631)年、嘉明は波乱の生涯を閉じました。

 跡を継いだ子の明成は領内整備を引き継ぐとともに、寛永16(1639)年には城に北出丸・西出丸を設けるなどの改修を施すほか、慶長16(1611)年の地震で被害を蒙ったままの天守を再築して白亜五層の天守とするなど、現在の姿を整えました。

会津若松城

 そう、会津戦争を戦った会津若松城は、嘉明・明成父子が完成させた城だったのです。
 会津戦争では、約1か月にわたり籠城戦が展開されますが、最後まで落城することはありませんでした。もしかすると、嘉明・明成時代の改修が功を奏した部分があったかもしれません。

 徳川家光の異母弟保科正之を祖とする会津松平家の治世で知られる会津藩ですが、その礎として嘉明・明成父子の業績が貢献していることは間違いないでしょう。

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