‘特別展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

石川勉強堂さんよりの聞き取り2(きせかえ)

5月 9日 水曜日

きせかえの展示

 きせかえの展示コーナーをみながら。「「フジオ」とあるのが、石川勉強堂でつくっていたきせかえです。それにしてもよくこんなに残っていましたね。」「今回展示している分で18枚ほど展示しています。」「実は私のところでは印刷用の版は30年以上も使わずに保存していたのですが、一昨年倉庫改築の時に全部処分しました。実物もないんですよ。こういう催しがあると解ればとっておいたのですが…。きせかえは大概ははさみで切りぬいて使ってしまうから、もともとの状態ではなかなか残らないし。うちのがこんなに揃っているのを見たのははじめてですよ。」

後姿がついたきせかえ

「きせかえの表と裏があるでしょう。昭和30年代ぐらいのものまでは裏(後姿)まで付いていたんです。」

わたしの部屋

 きせかえのうち、女の子の部屋の分を指さしながら。「これなんか懐かしいね。よく覚えています。ありとあらゆる設定できせかえつくって、最後にはネタがなくなって、お相撲の土俵までつくっちゃいました。」「えっ、きせかえで、お相撲の土俵ですか。何か、女の子には人気なさそうですが…。」

さかなやさん

 おさかなやさんのきせかえを指さし、「これもありました。いろいろなお店屋さんをつくりましたよ。ついているお金で買い物遊びしたりするやつで、よくつくられてました。」

 ホームのきせかえを見ながら。「これは石川勉強堂でつくったものじゃないです。これも名古屋あたりでつくられていたものじゃないでしょうか。唇にのせる紅の色がずれちゃっているでしょう。うちでは特に顔の赤い唇がずれてしまうと、売り物になりませんでしたが…。このホームというネームの入った短冊を小鳥がくわえているサインなんか、きいちの最も出回っているサインにそっくりだね。やはり、きせかえでもきいち先生に似せたものもかなりつくられてたんじゃないかな。」

 児島明子さんのミスユニバースのきせかえを指さして尋ねてみる。「これは昭和34年に児島明子さんがミスユニバースで優勝した時につくられたものと思いますが、こういった当時のニュースを取り入れてつくったものもあるんですか?」「きせかえもたくさんつくっていたから、最新の流行も取り入れてつくっていました。なかには美智子妃のきせかえというのもありました。きせかえの中で一番売れ行きのよかったのは、『お母さん』『お父さん』『和装、洋装のお嫁さん』でした。お嫁さんは女の子のあこがれの的でしたから、きせかえでもぬりえでもよく売れました。所帯道具も画き込みましたが、テレビや洗濯機の最新のものを載せ、玩具問屋に注文取りに行くと、へぇー、こんなに凄い家財道具!君のうちにもあるのかい?とひやかされました。」

 きせかえの製作手法について。「あらかじめ作家が紙に描いた下絵をもとに、描き版屋がそれぞれの色ごとに、構図や描線を描きとっていきました。こうして出来た版下をもとに製版がされ、色ごとに重ねていくように印刷がされました。描き版のものは五色刷りでしたので、版のズレなんかがでたりして苦労しました。そっちにある相撲メンコで写真製版のものがあるでしょ。あれは四色刷りでしたが、写真製版がではじめた頃は、描き版のものよりも大分値段が高かったです。」

 きせかえの値段について。「1枚が2円で売っていました。値段が安かったんで、なんとかならないかと思って。そっちの方にきせかえ2枚分が1枚になっているやつがあるでしょ。そんな倍の大きさのものもつくったりして、それを5円で売ったりもしました。」

 石川勉強堂の石川富也さんからぬりえやきせかえについて、いろいろと教えていただきました。ぬりえときせかえは今も昔も少女の遊びの定番です。今回展示をご覧になっていた方にも、紙箱にお部屋が描かれたきせかえを貼って、その前でお父さん、お母さん、兄弟姉妹などの家族のきせかえを集めて、ままごと遊びした思い出をお聞きしました。長い年月、たくさんの女の子が楽しんだぬりえやきせかえの裏側に、石川さんのような版元の様々な努力があったことを改めて知りました。いろいろなことを教えていただいた石川さんに深く感謝申し上げます。
 なお、ぬりえについては、『少女趣味』創刊號の「ぬりえの魅力 第一回」に、石川さんへの聞き取りが既に掲載されており、参考にさせていただきました。

石川勉強堂さんよりの聞き取り1(ぬりえ)

5月 7日 月曜日

 5月4日の朝、ぬりえやきせかえの版元で、今も東京都台東区にお店がある石川勉強堂の石川富也さんがご来館されました。今回のテーマ展「紙モノ大図鑑」のポスター、ちらしには「フジオ」のきせかえを掲載していますが、この「フジオ」のきせかえをつくっていたのが石川勉強堂さんだったのです。先日、ポスター・ちらしへのきせかえの掲載を電話でお願いしたところ、ご快諾いただきました。そして、送付したちらしをご覧になり、遠路はるばる東京からご来館いただいたそうです。

 展示をご案内していると、まず黄金バットの双六の前でまず一言。「懐かしいね。」お聞きすると、石川富也さんは石川勉強堂の二代目で、創業者の先代は石川三郎といって、台東区浅草の田原小学校の前で文房具店を開いていたと聞いて、何故勉強堂とつけたか納得。「今から76年前というから古い古い話しです。とにかく狭い店(住居部分と店で7坪)で、文房具兼駄菓子を置いている様な店で、三郎氏は何とか子ども達を呼び集めようと考えたのが、当時子ども達に人気のあった黄金バットをぬりえにしたらどうかというのがそもそもでした。この試みは当たり、子ども達ばかりでなく、露天商、紙芝居屋まで来てぬりえを仕入れて行きました。宣伝には羽子板市に出店を出す知人に頼んで、羽子板の露店の中央に黄金バットの大形羽子板を置き、『黄金バットのぬりえは石川勉強堂』と書いてあちこちに出店してもらいました。」とのこと。お店に残っていた大きな黄金バットの羽子板を先般、下町風俗資料館に寄贈したところ、大変喜ばれたそうです。

ぬりえの展示

 展示室のぬりえのコーナーにさしかかると、「これは二年前にお亡くなりになったきいち(蔦谷喜一)のぬりえですね。きいちのぬりえは最初はうちが版元をしていまして、その頃きいち先生は「フジヲ」を名乗っておられました。その後きいち先生が個人でやられていた時期もありましたが、その後川村山海堂と石川松聲堂と二社が版元となりました。」

 「袋に10円とありますが…」「そう、最初は色刷りの袋に5枚くらいの仙花紙というザラ紙のぬりえが入っていて、5円で売っていました。昭和25年頃から40年頃です。5円では安いので、ぬりえの版元の協定で10円に決まったんですが、やはり5円で売る版元が出たりして、元に戻ってしまったのです。だから大体の値段は5~10円ぐらいということになります。」

 それからきいちのぬりえと一緒に展示している「東京ぬりゑ」と「メリーぬりえ」について。「ひげる画(「東京ぬりゑ」)と書いてありますが、この絵描きさんは聞きませんね。「東京ぬりゑ」というネーミングからして、おそらく名古屋あたりの版元でつくられていたものだと思います。名古屋にもきせかえやぬりえを扱っている版元がありました。ぱっちりした目で、顔が大きく、足が太く描かれているでしょ。このあたりはきいちのぬりえを意識して、似せてつくっていると思いますよ。それだけきいちのぬりえの人気があったということです。」

 今回再現した雑貨屋さんをのぞいて。「あそこにきいちのぬりえが帯封つきで並べてありますね。帯封まであるのは珍しいですよ。昔は10袋をセットとして帯封をして、駄菓子屋さんにおろしていましたから、個人のコレクターからの品ではないと思いますよ。」

帯封のついたぬりえ

 次回はきせかえについて、お尋ねします。

予告編「異界・妖怪大博覧会」2 相撲をとる河童

5月 6日 日曜日

 資料名は「和漢百物語・白藤源太」。香川大学附属図書館神原文庫所蔵。月岡芳年が慶応元(1865)年に描いた錦絵である。白藤源太は上総国(千葉県)出身で、江戸で活躍した力士。河童と相撲をとって取り押さえたという。この錦絵は、そのような源太の逸話を表現したものである。

 河童が相撲を好むという話は、愛媛県内の伝承でも確認できる。例えば、内海村(現愛南町)では、河童(エンコ)が子どもをつかまえて相撲をとっているうちに、頭の皿の水がこぼれてしまい、河童は急に力が出なくなったので、子どもは逃げることができた、という話がある。

 これを描いた月岡芳年(つきおか よしとし)は、天保10(1839)年生、明治25(1892)年没。幕末から明治前期にかけて活躍した浮世絵師である。

※企画展「異界・妖怪大博覧会」は、7月10日(火)から9月2日(日)まで開催!

予告編「異界・妖怪大博覧会」1 河童狛犬 

5月 2日 水曜日

 当博物館では、この夏(平成19年7月10日~9月2日)に、企画展「異界・妖怪大博覧会―『おばけ』と『あの世』の世界―」を開催します。

 「百鬼夜行絵巻」や「稲生物怪録」、「今昔続百鬼」、「夜窓鬼談」等の妖怪関係資料に加え、愛媛県内のお祭りに登場する「鬼」・「ダイバ」や、怪異伝説(河童・天狗など)を紹介するとともに、「地獄図」や「幽霊図」など、日本人が抱いてきた伝統的な異界・他界観にまつわる資料を展示する予定です。

 このホームページでも、展示のお知らせを兼ねて、複数回にわたり、展示予定資料の紹介をしていきたいと思います。

 さて、第1回目の紹介資料は、河童の狛犬(複製・原資料は西予市明浜町高山若宮神社蔵)。この狛犬は、河童が鯛(たい)を抱えた形をしています。河童の狛犬は全国的にも珍しく、岩手県遠野市の常堅寺・長崎市の諏訪神社と愛媛県西予市明浜町の若宮神社の3例のみといわれています。

 若宮神社の御祭神である宇都宮修理太夫正綱が、いたずらをしようとした河童(地元ではエンコと呼んでいます。)を助けると、そのお礼にと、河童が毎日、鯛を持ってきたという伝説があり、それに由来して、この若宮神社の狛犬は河童の形をしています。

 河童の狛犬は、明治14年に製造・寄進されたもので、原資料は西予市有形民俗文化財に指定されています。愛媛県内を代表する伝説関係資料として貴重な民俗文化財です。

夏の企画展「異界・妖怪大博覧会」展示予告

4月 25日 水曜日

本日、エントランスホールにて、夏の企画展「異界・妖怪大博覧会―『おばけ』と『あの世』の世界―」(7月10日~9月2日開催)の館内広報を兼ねた「展示予告」として、展示予定資料の写真パネルを設置しました。

作業は、博物館ボランティアさんのご尽力で非常にスムーズに進み、無事完了しました。ボランティアの皆様、感謝、感謝です。

企画展の予告編として、幽霊・地獄・妖怪などに関する写真パネルを40点掲示しています。企画展開幕直前の6月下旬まで掲示予定です。

ゴールデンウィークの「こどもの日イベント」や、「紙モノ大図鑑」展などで、博物館をご利用の際には、エントランスホールでぜひご覧下さい。

紙モノ大図鑑はじまりました

4月 24日 火曜日

会場入口
 紙モノ大図鑑ついにはじまりました。会期は6月17日(日)までです。会場には来館記念としてお持ち帰り用に、昭和初期の情緒あふれる松山の風景を木版にした永井刀専の復刻絵葉書セットを置いています。みなさまのご来館をお待ちしています。
永井刀専復刻絵葉書

雑貨屋できました

4月 23日 月曜日

紙モノの列品も最終盤。昨日は夜遅くまでかかって、それぞれのイメージを持ち寄って、雑貨屋さんをディスプレイしていきます。担当の学芸員が阿吽(あうん)の呼吸で必要と思われる資料を持ち寄ってつくりあげていきます。
雑貨屋の列品

 思っていたよりも早く完了。仕上がりはこんな感じです。
雑貨屋

 今日はこれからライティング。紙モノ大図鑑、開幕間近です。

紙モノの列品、追い込みです

4月 22日 日曜日

 紙モノの列品、苦戦中です。なかでも大量のメンコは並べても並べても先に進まない感じです。それでもようやく並び終えました。
めんこの展示

 こちらは女性の絵柄の絵団扇(うちわ)。クーラーがない時代は家の中にたくさん団扇がころがっていました。夏らしく浴衣を着た女性や当時のスターも印刷されていました。そんな団扇を専用の展示台に並べていきます。
絵団扇の展示

 こちらは少年少女雑誌に付いていた付録マンガ。手塚治虫や横山光輝など人気マンガ家の作品も、専用の器具を使って並べました。
付録マンガの展示

 額装したポスターなどはワイヤーでつっていきます。この高所作業では、当館の若手(?)学芸員が大活躍。昨日までの進捗状況は、独断で言うと60パーセントというところでしょうか。このままでは間に合わないので、今日は夜までがんばります。

紙モノの列品はじまりました

4月 19日 木曜日

 いよいよ迫ってきたテーマ展「紙モノ大図鑑」。今回は、企画展示室と文書展示室の2室に多彩な紙モノたちが所狭しと並んでいきます。

 4月17日から壁パネルを組んだり、壁パネルのクロスを貼り替えたり、展示ケースを運び入れ、徐々に展示室の形ができていきます。今回のクロスは初めてストライプのものを使ってみましたがどうでしょうか。今はそっけない壁パネルも、カラフルなポスターが掛かるとどう変化するかとても楽しみです。
企画展示室壁パネル

 企画展示室のなかには、お店屋さんも組上がりました。これは昔よく見かけたなんでも売っている雑貨屋さんを再現する予定です。駄菓子屋と本屋と文具屋を混ぜたようなイメージですが、なかをどうディスプレーするか、まだ思案中です。
お店屋さん

 4月18日からは少しずつ資料の列品を始めて、文書展示室は、映画関係の資料や時代を代表するスターの資料を並べ終えました。昭和30年代のスターがにっこり微笑む「明星」もきれいに並び、みなさまをお待ちしています。
文書展示室の様子

 そして、いよいよ今日からは企画展示室の列品にとりかかります。

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