‘特別展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

特別展江戸考古紹介(15) 近世の砥部焼磁器

11月 16日 日曜日

砥部磁器
上原窯跡出土砥部焼(砥部町蔵)

 これらは、砥部焼の窯跡から出土した近世の砥部焼です。
当時やきものは登り窯で、薪をくべて焼成していました。今とは違い、失敗品がたくさんできました。窯跡からは、窯道具と製品が熔着した資料もみられます。
 当初、砥部焼磁器の材料には、砥石屑が使用されていました。ごみとして捨てられたやきものの破片ですが、これらを研究することにより、近世砥部焼の具体的な姿を知ることのできる重要な資料なのです。

特別展江戸考古紹介(14) 最古級の砥部焼磁器

11月 15日 土曜日

上原安永
 上原窯跡出土「安永九」年皿(砥部町蔵)

 愛媛県で有名なやきものとして砥部焼がありますが、砥部焼の磁器がいつから焼成されたかご存知ですか?
 大洲藩領の砥部町上原窯にて、安永4(1775)年に磁器焼成を開始し、安永6(1777)年に成功しました。せともので有名な瀬戸よりも砥部の磁器焼成が20年以上早いということは、注目されます。
 この陶片は、上原窯跡でみつかったもので、安永9(1780)年の年号が染付で書かれており、創業まもないものとわかります。
 上原窯跡は、愛媛県内で初めて磁器焼成を行なった窯として大変重要な遺跡です。

特別展江戸考古紹介(13) 泡盛?の容器

11月 14日 金曜日

あわもり
 朝美澤遺跡出土壺屋焼徳利(愛媛県教育委員会蔵)

 これは、釉薬の掛かっていない、焼締陶器の徳利です。現在の沖縄県の壺屋焼で作られた徳利です。なかに泡盛を入れて流通していたと考えられています。
 この遺跡は、幕末期に松山藩の陣屋があったとされる遺跡に隣接しています。松山藩の武士が泡盛を飲んでいた可能性があります。

特別展江戸考古紹介(12) 黄色のやきもの

11月 13日 木曜日

みんぺい
 県民館跡地出土珉平焼小皿(愛媛県教育委員会蔵)

 黄色の釉薬が掛かった、派手なやきものです。
 これは、現在の兵庫県淡路島で焼成された珉平焼の小皿で、幕末の製品と考えられます。中国風のやきもので、見込みには、龍の文様が陽刻されています。本来の形は小判形をしています。同じような器形で、緑色の小皿も作られています。松山藩の三之丸に住んでいた武士たちも使っていたことがわかります。ほかにも松山藩筆頭家老の屋敷跡でも黄色と緑色の小皿の破片が見つかっています。
 特別展では、民家に伝わった黄色と緑色の小判皿も一緒に展示していますので、鮮やかなやきものをお楽しみください。

特別展江戸考古紹介(11) 中国産のやきもの

11月 12日 水曜日

華南三彩
県民館跡地出土華南三彩壺片(愛媛県教育委員会蔵)

 これは、壺の底部に近い部分の破片です。緑色、茶色、黄色の釉薬が掛けられた、大変カラフルなやきものです。中国の南部地方で16世紀末から17世紀代に焼成されたと考えられています。
 このようなやきものは、中世末から日本に輸入されていました。茶道具や座敷飾りなどとして使用されたと考えられます。大友氏の府内城下町でも出土事例があり、国内の寺院にも完形の伝世品の壺が数例あります。松山城三之丸でも破片が見つかっていることから、松山藩の武士たちも所有していたことがわかります。当時の人々にとって、新鮮な色彩だったのではないのでしょうか?
 破片になってしまっているので形や大きさが想像できませんので、展示室では当館所蔵の華南三彩五耳壺を一緒に展示しています。あわせてご覧ください。

特別展江戸考古紹介(10) 出土した漆器の碗

11月 11日 火曜日

漆器碗
番町遺跡2次出土漆器碗(愛媛県教育委員会蔵)

 遺跡から木製品はみつかることは稀です。この遺跡が低湿地であったために残りました。これは、表に黒漆を塗り、中に赤漆を塗った木製の漆碗です。表には丸に蔦の家紋が書かれています。出土品は地中で腐らないやきものが多いのですが、江戸時代には漆碗も多数使用されていました。
 番町遺跡2次は、松山藩家老の屋敷跡で、松山城の麓に位置し、2006年に(財)愛媛県埋蔵文化財調査センターによって調査された近世遺跡です。

特別展江戸考古紹介(9) 発掘された松山藩の武家屋敷

11月 10日 月曜日

県民館跡地
 県民館跡地((財)愛媛県埋蔵文化財調査センター提供)

 県民館跡地は、松山の中心部、松山城堀之内に所在します。愛媛県美術館を建設するにあたり、1996年に(財)愛媛県埋蔵文化財調査センターにより、県内で初めて本格的に調査された近世遺跡です。調査では、南北や東西の道路跡や、幕末期には11軒分の中級から上級の武家屋敷が見つかっています。
 出土遺物も1000箱を超えるコンテナを数え、16世紀後半から19世紀前半の資料があります。今回の特別展では、県民館跡出土資料を中心に松山藩の武士たちの暮らしのさまざまな道具を紹介しています。

特別展江戸考古紹介(8) 西条藩江戸屋敷でみつかった南紀男山焼

11月 9日 日曜日

南紀男山
西条藩上屋敷出土南紀男山焼碗(青山学院大学蔵)

 伊予西条藩の江戸上屋敷は、現在の東京渋谷にある青山学院大学にありました。敷地内で部分的に発掘調査が行われています。その資料の一部を、今回の特別展ではお借りしています。愛媛県で初公開の資料です。

 細かい花唐草が全面に描かれた、美しい染付の碗です。高台には染付で「南紀男山」と書かれています。これは、現在の和歌山県に所在した、紀州藩の藩窯であった南紀男山焼の製品で、19世紀前半の資料です。なぜ西条藩邸で、このような資料がみつかっているのでしょうか?伊予西条藩松平家は、紀州徳川家の一門です。出土遺物からもつながりをうかがい知ることができます。

特別展江戸考古紹介(7) 江戸屋敷でみつかった卸金

11月 8日 土曜日

卸金
 宇和島藩上屋敷出土卸金(東京都教育委員会蔵)

 これは、金属の銅でできた卸金です。表面には目もたててあり、今とまったくかわらない形をしています。これを用いて、大根などをすって大根おろしを作り、お刺身を食したのでしょうか?浮世絵にも刺身が盛られた大皿の横で、大根をすっている姿が描かれています。
 江戸時代には、金属は不要になったらリサイクルするため回収されていましたので、この卸金は、その間もなく廃棄されてしまったのでしょう。なお、愛媛県内の遺跡では目の粗い、やきものの卸金が見つかっていますが、金属製にくらべてどうだったのでしょうか。

特別展江戸考古紹介(6) 武士が使ったカイロ

11月 7日 金曜日

かいろ
 宇和島藩上屋敷出土温石(東京都教育委員会蔵)

 これは、大きさ7.1cm、幅5.2cm、厚さ1.6cm、重さは105gを測る石です。表面には、「賀藤 小西」の文字、裏側には梅樹の文様が描かれています。上には穴があけられています。これは、一体なんでしょう?
 温石と呼ばれる、石製のカイロです。暖をとるため、温めた石を布に包んで使用されました。表面の名まえは、持ち主でしょうか?宇和島藩江戸藩邸に住んでいた武士が、江戸時代になんらかのきっかけで落としてしまったのでしょうか。