‘特別展おすすめ情報’ カテゴリーのアーカイブ

展示予告「異界・妖怪大博覧会」19―怪談藻塩草―

7月 4日 水曜日

これは、「怪談藻塩草(かいだんもしおぐさ)」という冊子で、今治市河野美術館所蔵の資料です。江戸時代後期の著名な怪談集で、もともと寛政13(1801)年に速水春暁斎(はやみしゅんぎょうさい)が著したものです。本資料は弘化3(1846)年の刊行であり、版を重ねるほど普及していました。

この「怪談藻塩草」の巻一の冒頭、つまり最初に紹介されている話は、実は愛媛に関係するものです。「矢部が霊、神に崇る話」という題で、宇和島藩の矢部(山家)清兵衛(やんべせいべえ)が不慮の死を遂げて、祟りをなし、和霊神社に祀られる話が紹介されています。

宇和島市にある和霊神社は、江戸時代、漁業神や商売の神など、非常にご利益のある神社として知られていました。現在でも西日本各地に山家清兵衛を祀った和霊社があります。和霊社のご利益を広範囲に知らしめた一因には、この「怪談藻塩草」のような江戸時代後期の出版物の普及が考えられます。

なお、この「怪談藻塩草」のほかにも、企画展「異界・妖怪大博覧会」では、上田秋成の「雨月物語」をはじめ、江戸時代の怪談集についても展示・紹介します。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」18―古狸退治の図―

7月 3日 火曜日

これは、香川大学図書館蔵(神原文庫)の「楠多門丸古狸退治之図」という錦絵です。作者は幕末から明治時代に活躍した浮世絵師月岡芳年で、万延元(1860)年にこの絵を描いています。

中央に描かれているのは楠多門丸正行(まさつら)という人物。彼は、楠木正成の長男です。その右側には「竹童丸」が描かれ、彼が手に持っている手燭(てしょく)に照らされたところには妖怪がはっきりと見えます。その周りの闇にも様々な妖怪がうごめいています。左側に大きく描かれたのは古狸の化け物です。

狸といえば、愛媛だけでなく、四国には非常に多くの狸伝説があります。企画展「異界・妖怪大博覧会」では、松山地方の狸伝説に関する写真パネルを展示・紹介します。

今回の展示では狸に関する実物資料は少ないのですが、ビデオ映像で喜左衛門狸(旧東予市)や、狸と狐の関係(四国に狐が住まなくなって、狸の天下となったというお話)を上映します。

※企画展「異界・妖怪大博覧会」の開幕まであと1週間。お楽しみに。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」17―天狗と弘法大師―

7月 1日 日曜日

この図は、当博物館所蔵の「高野大師行状図画」巻二の「天狗降伏事(てんぐこうぶくのこと)」の場面で、中央に弘法大師、手前に天狗たちが描かれています。

企画展「異界・妖怪大博覧会」では、天狗に関する資料についても数点ですが、展示する予定です。

さて、天狗と弘法大師にはどのような関係があるのでしょうか。この「天狗降伏事」を読んでみると、次のようなことが記されています。

室戸(高知県)の岬のそばに、金剛頂寺(こんごうちょうじ)というお寺がある。ここには、いつも天狗がやって来て僧侶を悩まし、仏教の修行の邪魔をしていた。弘法大師は、ここで天狗にさまざまな問答をされて、「私がこの寺にいる時には、ここに来てはいけない。」と言い、弘法大師が自分の「かたしろ」(人形)を作って、大きなクスノキの洞に置いた。天狗たちは、この弘法大師の指示に従って、その後、来なくなった。なお、そのクスノキは、栄えて、葉も枝も永く茂ったという。

一般に天狗とは、山伏の姿で、山岳で修行をしている者のイメージが先行しがちですが、ここに描かれている天狗は、鳥のような姿です。しかも、修行をするのではなく、逆に仏道修行の邪魔をする存在として登場します。天狗にも様々な姿、様々な性格があることがわかります。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」16―山姥と金太郎―

6月 30日 土曜日

これは、伊予市にある伊予稲荷神社所蔵の山姥金時(やまんばきんとき)の絵です。金時とは昔話でも有名な「金太郎」のこと。実は、丹波国大江山(今の京都府)にすんでいた鬼「酒呑童子(しゅてんどうじ)」を退治した四天王の一人坂田公時(さかたのきんとき)の幼名なのです。

金太郎の母親は、足柄山(今の神奈川県)の山姥(やまんば)とされます。元は八重桐(やえぎり)という名前で、京都の坂田蔵人(くろうど)の妻でしたが、蔵人が自害してしまい、八重桐は、故郷の足柄山の山姥となり、金太郎を産んだといいます。

江戸時代の軍記物『前大平記』によると、山姥が山上で眠っていると、夢で竜が雷鳴とともに訪れ、目覚めると身ごもっていた。それが金太郎であったといいます。

成長した金太郎は、足柄山で熊と相撲をとったりするなど、母に孝行する元気な子供に育ち、そののち、足柄峠を通った武将の源頼光(みなもとのよりみつ・らいこう)と出会い、家来となって京都にのぼって頼光四天王の一人となります。そして大江山(京都府)に住む酒呑童子を退治したのです。

金太郎に関する伝説は、江戸時代に浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎(かぶき)の題材としても取り上げられ、広く庶民に親しまれました。

なお、本画は江戸時代後期の画家で岸派の祖とされる岸駒(がんく)の作で、伊予市の有形文化財に指定されています。 

展示予告「異界・妖怪大博覧会」15―涅槃図―

6月 28日 木曜日


これは、涅槃図(ねはんず)という絵です。涅槃(ねはん)とは、釈迦(しゃか)が弟子たちに最後の説法をして、亡くなることをいいます。絵では沙羅双樹(さらそうじゅ)という木々の下で釈迦(しゃか)が亡くなる場面が描かれています。

釈迦(しゃか)は、頭を北側に、顔を西側に寝ています。そのまわりには、菩薩(ぼさつ)や仏弟子にくわえ、鬼や動物なども集まって、うなだれて、悲しんでいます。

図の下部に描かれている動物は、実にさまざまです。十二支の動物はもちろん、象(ぞう)や鶴(つる)、ムカデなどまでいます。


その動物たちの名前を紹介しておきます。どこに描かれているか、観察してみてください。(動物の種類は「大般涅槃経」に記されていますが、江戸時代以降の涅槃図には、その経典に見られない動物も描かれています。)

ねずみ  牛(うし)  虎(とら)  うさぎ  竜(たつ、りゅう)  へび  

馬(うま)  羊(ひつじ)  猿(さる)  にわとり  犬(いぬ)  いのしし

象(ぞう)  獅子(しし、ライオンのこと)  鹿(しか)  豹(ひょう)  

鶴(つる)  孔雀(くじゃく)  おしどり  がちょう  雉(きじ)  

鸚鵡(おうむ)  鷹(たか)  亀(かめ)  とんぼ  蝶(ちょう)  

蟹(かに)  かたつむり  むかで (他にも多くの動物が描かれています。)

なお、この涅槃図は、寛文5(1665)年2月に海蔵寺(宇和島市吉田町)の普覚住職が多くの人々の寄附を集めて納めたものです。高さ約4m、幅2.4mの巨大な掛軸で、現在でも毎年2月15日の涅槃会(釈迦入滅の日)に飾られています。海蔵寺は明暦元(1655)年に再興され、吉田藩主伊達家も篤く信仰した寺院でもあります。

※7月10日開幕の企画展「異界・妖怪大博覧会」では、この涅槃図の他に、大洲藩3代藩主加藤泰恒(かとうやすつね)筆の涅槃図(内子町指定文化財)も展示します。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」14―白沢図―

6月 24日 日曜日


※白沢避怪図(香川大学附属図書館蔵・神原文庫)

白沢(はくたく)は、顔には3つの目、両わき腹にも3つの目があり、合計9つの目を持っています。また、角も全部で6本ある中国の聖獣です。白沢を描いた図を持って旅をすると安全で、枕に忍ばせると悪夢を見ないとも言われ、妖怪というより霊獣といえます。

徳のある政治者の時に出現し、病魔を防ぐ力があると信じられていました。中国の神話の帝王である黄帝(こうてい)も白沢に出会い、白沢は1万種類もの鬼神や怪異について語り教えたといいます。

日本では、江戸時代にコレラなど流行病の時などに白沢の絵が売りに出され、人々はこれを身につけました。愛媛でも、西予市城川町の龍澤寺の山門(江戸時代建立)の格子天井絵にも白沢が描かれているなど、白沢に関する資料が残っています。


※『旅行用心集』(当館所蔵)に記された「白沢」
文化7(1810)年に、八隅蘆庵(やすみろあん)が旅に出る際の心得をまとめたもの。白沢図を持てば災難を免れると紹介されている。


※藩札(愛媛銀行蔵・当館保管)に描かれた「白沢」
江戸時代、宇和島藩内で流通した藩札(紙幣)の下側に、怪異を防ぐという「白沢」が描かれている。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」13―百鬼夜行絵巻9―

6月 21日 木曜日

当館所蔵の「百鬼夜行絵巻」に描かれた「妖怪」シリーズの第8回目。

7月10日開幕の企画展「異界・妖怪大博覧会」にあわせて、この「百鬼夜行絵巻」を素材とした特製妖怪シールを現在作成中です。このシールは、展示会期中に行われるイベントの一つ、クイズラリー「めざせ妖怪博士!」(中学生以下対象)の参加者への記念品として配布する予定です。

クイズラリー「めざせ妖怪博士!」は、8月4日(土)、5日(日)、11日(土)、12日(日)のいずれも13:00~16:00に行います。(申し込みは不要です。)


19 お歯黒女性の妖怪
女性がお歯黒(既婚者だということを示す証)をする様子。よく見れば、口元は耳まで裂けているし、足は人間の足ではない。妖怪も結婚するということか?


20 鰐口の妖怪
鰐口(わにぐち)は、お寺の正面の軒につるされた円形で扁平の仏具。参詣者がこれをたたいて鳴らす。「鰐口」だけに、体も実際の鰐のようだ。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」12―百鬼夜行絵巻8―

6月 17日 日曜日

当館所蔵の「百鬼夜行絵巻」に描かれた「妖怪」シリーズの第7回目。

この「百鬼夜行絵巻」は、縦37センチ、幅(全長)11メートルの寸法です。7月10日からの企画展「異界・妖怪大博覧会」では、何とかガラスケースで11メートル幅のスペースを確保して、全場面を展示します。(なお、今回、紹介する妖怪は、絵巻の終盤部分に描かれているものです。)


17 馬具の妖怪
顔の形は、馬具の一種である鐙(あぶみ)。乗馬の際に足を踏み掛けるための道具である。馬の背に固定する鞍(くら)も見える。よく見ると足は馬の足だ。


18 謎の赤い妖怪 
異様な形の赤い妖怪。前足だけしかない。小さい尻尾のようなものも見える。赤い布を全身に覆っているのか、それとも本来の姿なのか不明。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」11―百鬼夜行絵巻7―

6月 14日 木曜日

当館所蔵の「百鬼夜行絵巻」に描かれた「妖怪」シリーズの第6回目。

7月10日開幕の「異界・妖怪大博覧会」では、展示室内だけでなく、博物館館内のいたるところに「百鬼夜行絵巻」に描かれた妖怪を題材として、等身大?(1m20cm程度。ただし、妖怪の実際の大きさは不明・・・。)の妖怪人形パネル(人ではないので単に「妖怪パネル」?)を配置します。今回、紹介する妖怪たちもパネル化される予定です。博物館内で、妖怪パネルを探したり、見つけたりするだけでも楽しむことができるように工夫したいと考えています。


15 農具の妖怪
左の妖怪は、頭に農具の箕を戴く。右の妖怪は、顔が竪杵の形をしていて、木臼を搗いている。穀物を脱穀する様子であり、妖怪も農作業をするというのか?


16 分銅と天秤ばかりの妖怪 
顔の形は重さを計るための道具である「分銅」。肩には「天秤ばかり」を荷っている。何かに追われて逃げているような表情にも見える。

展示予告「異界・妖怪大博覧会」10―牛鬼―

6月 12日 火曜日


※「吉田祭礼絵巻」(当館所蔵)に描かれた牛鬼(うしおに)

「異界・妖怪大博覧会」では、「鬼のすがた」というコーナーを設け、各種の鬼を紹介します。愛媛の「鬼」で忘れてはいけないのが、南予地方の「牛鬼(うしおに)」です。

牛鬼は全国でも比類の無い練物(ねりもの)で、今回の展示では、全長6メートルの大きな牛鬼(八幡浜市川名津地区・内子町中田渡地区)も展示します。


※現存最古の牛鬼(大洲市立肱川風の博物館・歌麿館所蔵)


※内子町小田の牛鬼(当館撮影)

牛鬼は、青竹を割って牛の胴体のように編み、赤布や棕櫚(しゅろ)の毛で全身を覆い、長い首の先には張子(はりこ)製の頭を付けています。その表情は牛とも鬼ともつかないもので、二本の角と額には月輪の前立物(まえだてもの)があり、口は大きく開き、舌をむき出しにして恐ろしい表情を強調しています。

また、ケン、オバチと呼ばれる尻尾(しっぽ)は鋭く尖っており剣を象徴しているといわれ、それに白い御幣を垂らしています。祭りでは牛鬼を10~20人が担ぎ上げ、神輿(みこし)行列の先導役として、家々に首を突っ込みながら悪魔祓(あくまばら)いをしてまわります。

牛鬼がいつの時代から祭りに登場するようになったかは不明ですが、少なくとも江戸時代、1700年代後半には、南予地方(旧宇和島・吉田藩領内)にて各地の祭りに登場していることが確認できます。

なお、史実とは異なりますが、牛鬼の起源伝承として、加藤清正が朝鮮出兵の際に敵を威圧するために用いたのが始まりであるとか、大洲太郎が赤布で牛鬼を作って敵を退治したとか、宇和島藩主の許しを得て、オオカミ退治のために牛鬼を作ったのが始まりであるなどと、様々な起源伝承が各地にあります。

展示では、各地の牛鬼の頭(かしら)も紹介します。南予でも地域によって異なる「牛鬼のすがた」を、ぜひご覧になってください。

※企画展「異界・妖怪大博覧会―『おばけ』と『あの世』の世界―」は、7月10日(火)~9月2日(日)に開催します。

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