明治42年に現在の内子町平岡に生まれた村上節太郎は、昭和32年に愛媛大学教授となり、同35年に「日本柑橘栽培地域の研究」により理学博士の学位を受けるなど、柑橘類研究の第一人者として知られる。また、カメラをこよなく愛し、大正11年に県立大洲中学校に入学、以来平成7年に亡くなるまで、膨大な写真を撮影した。その数はフィルムだけでも推定20万枚、プリントも含めると36万枚にも及ぶ。
撮影地は日本だけでなく海外にも及ぶが、最も枚数を費やしているのが地元の愛媛で撮影された写真で、同じポイントにも何度も足を運び撮影を繰り返している。そのため、写真には愛媛に生きる人々の暮らしが、変化も含めてありのままに写し出されている。このシリーズでは、愛媛の記憶庫ともいえる「村上節太郎写真」から、ちょっと昔の愛媛の姿、暮らしを紹介したい。