5月4日の朝、ぬりえやきせかえの版元で、今も東京都台東区にお店がある石川勉強堂の石川富也さんがご来館されました。今回のテーマ展「紙モノ大図鑑」のポスター、ちらしには「フジオ」のきせかえを掲載していますが、この「フジオ」のきせかえをつくっていたのが石川勉強堂さんだったのです。先日、ポスター・ちらしへのきせかえの掲載を電話でお願いしたところ、ご快諾いただきました。そして、送付したちらしをご覧になり、遠路はるばる東京からご来館いただいたそうです。
展示をご案内していると、まず黄金バットの双六の前でまず一言。「懐かしいね。」お聞きすると、石川富也さんは石川勉強堂の二代目で、創業者の先代は石川三郎といって、台東区浅草の田原小学校の前で文房具店を開いていたと聞いて、何故勉強堂とつけたか納得。「今から76年前というから古い古い話しです。とにかく狭い店(住居部分と店で7坪)で、文房具兼駄菓子を置いている様な店で、三郎氏は何とか子ども達を呼び集めようと考えたのが、当時子ども達に人気のあった黄金バットをぬりえにしたらどうかというのがそもそもでした。この試みは当たり、子ども達ばかりでなく、露天商、紙芝居屋まで来てぬりえを仕入れて行きました。宣伝には羽子板市に出店を出す知人に頼んで、羽子板の露店の中央に黄金バットの大形羽子板を置き、『黄金バットのぬりえは石川勉強堂』と書いてあちこちに出店してもらいました。」とのこと。お店に残っていた大きな黄金バットの羽子板を先般、下町風俗資料館に寄贈したところ、大変喜ばれたそうです。

展示室のぬりえのコーナーにさしかかると、「これは二年前にお亡くなりになったきいち(蔦谷喜一)のぬりえですね。きいちのぬりえは最初はうちが版元をしていまして、その頃きいち先生は「フジヲ」を名乗っておられました。その後きいち先生が個人でやられていた時期もありましたが、その後川村山海堂と石川松聲堂と二社が版元となりました。」
「袋に10円とありますが…」「そう、最初は色刷りの袋に5枚くらいの仙花紙というザラ紙のぬりえが入っていて、5円で売っていました。昭和25年頃から40年頃です。5円では安いので、ぬりえの版元の協定で10円に決まったんですが、やはり5円で売る版元が出たりして、元に戻ってしまったのです。だから大体の値段は5~10円ぐらいということになります。」
それからきいちのぬりえと一緒に展示している「東京ぬりゑ」と「メリーぬりえ」について。「ひげる画(「東京ぬりゑ」)と書いてありますが、この絵描きさんは聞きませんね。「東京ぬりゑ」というネーミングからして、おそらく名古屋あたりの版元でつくられていたものだと思います。名古屋にもきせかえやぬりえを扱っている版元がありました。ぱっちりした目で、顔が大きく、足が太く描かれているでしょ。このあたりはきいちのぬりえを意識して、似せてつくっていると思いますよ。それだけきいちのぬりえの人気があったということです。」
今回再現した雑貨屋さんをのぞいて。「あそこにきいちのぬりえが帯封つきで並べてありますね。帯封まであるのは珍しいですよ。昔は10袋をセットとして帯封をして、駄菓子屋さんにおろしていましたから、個人のコレクターからの品ではないと思いますよ。」

次回はきせかえについて、お尋ねします。