Archive for 6月, 2007

展示予告「異界・妖怪大博覧会」7―百鬼夜行絵巻5―

2007年6月3日

当館所蔵の「百鬼夜行絵巻」に描かれた「妖怪」シリーズの第4回目。

番号9と番号10の妖怪は京都大徳寺の塔頭である真珠庵に伝えられた「百鬼夜行絵巻」(室町時代、伝土佐光信画)にも登場しますが、番号11は真珠庵本には出てこないものです。百鬼夜行図が時代とともにどのように書写され、変容、展開していったかを知る上で興味深い材料といえます。(本資料は、7月10日~9月2日の企画展「異界・妖怪大博覧会」にて展示予定です。)


9 黒布の妖怪
黒い布をかぶっているので、正体はよくわからない。ただ、足には鋭い爪があり、獣の毛のようなものも見える。少なくともおとなしい妖怪ではなさそうだ。


10 狐女の妖怪 
紫色の着物を振り乱しながら疾走する妖怪。顔は見えないが、尻尾の形や色から狐と思われる。一体、何を急いでいるのだろう。


11 盥(たらい)の妖怪
水やお湯を入れて顔や手を洗うための盥。顔を洗う道具自体が顔になっているという不思議な妖怪。表情や体は人間の女性なのに、手足はなぜか獣のようだ。

村上節太郎写真17 浅海のおたた 昭和20年代

2007年6月2日

村上節太郎写真6-364
 村上節太郎は松前のおたただけでなく、浅海(松山市浅海原)のおたたについても写真に記録している。この浅海地区で頭上運搬による魚の行商が行われていたことは、民俗学者、瀬川清子の『販女(ひさぎめ) 女性と商業』にも全く言及がなく、それだけに村上の写真は貴重である。

 村上は「瀬戸内海国立公園候補地域としての忽那諸島の地理的景観」(昭和27年)に、浅海のおたたについて書き記している。それによると、当時は毎朝40~50人の婦人が頭上に桶をのせて付近に行商に行っていたという。汽車を利用する者もあったが、大半の行動範囲は10キロ余りで、昼頃には帰ってきたらしい。

 頭上運搬の桶から、手や肩に提げるブリキの「カンカン」へという運搬方法の変化は、松前と同様に浅海でも見ることができる。しかし、浅海の写真では、かなり年輩の婦人でも「カンカン」を提げているので、この変化は世代差もさることながら、魚の鮮度を保つために「カンカン」の方が適していたことによるものとも考えられる。

※下の写真は浅海のおたた。未だ頭上運搬も残るが、「カンカン」を手にする人の方が増えている。昭和27年。
村上節太郎写真3-386

展示予告「異界・妖怪大博覧会」6―百鬼夜行絵巻4―

2007年6月1日

当館所蔵の「百鬼夜行絵巻」に描かれた「妖怪」シリーズの第3回目。お経や錫杖など仏教法具などの妖怪です。(本資料は、7月10日~9月2日の企画展「異界・妖怪大博覧会」にて展示予定です。)


6 仏具の妖怪 
左上の妖怪は、頭にお経(経巻)を載せている。右下の妖怪は、お堂の中で置いて使う鐘(「磬子(けいす)」)をかぶり、たたく棒(「倍(ばい)」)を持っている。


7 笙の妖怪
錫杖を担いだ妖怪。頭は笙(雅楽の楽器)をかぶる。もともと錫杖は、魔を除ける仏教道具だが、それを妖怪が持っているとは、これまた不思議。


8 妖怪の入った葛籠(つづら) 
縄で縛られた古葛籠。中では妖怪がうごめいている。大きな爪を持つ黒い手も出ている。上には鋏(はさみ)の妖怪がいる。鋏で縄を切ってしまえば、妖怪は大暴れ?