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中国四国名所旧跡図4 布引の滝

2007年7月6日

 文化6年2月29日に、京都の商人升屋徳兵衛一行は、四国遍路と西国巡礼を合わせた旅に出発している。3月2日、一行は西宮と住吉の名所旧跡をめぐった後、摩耶山に登っている。摩耶山には約2キロ程の山道が続き、険しい石段があるとその道中日記には書き記されている。一行は摩耶山の麓の茶屋で一泊し、翌3月3日には布引の滝、生田天満宮に行った後、兵庫、須磨の名所を見物してまわっている。このコースは当時の旅人にとって一般的なものと思われるが、西丈も升屋と同じように摩耶山に登った後に、布引の滝を訪れその姿を絵にして遺している。
中国四国名所旧跡図4
 『摂津名所図会』に「岩面を流落る事白布を曝(さらす)に似たり」と記される通り、布引の滝は、約250mほどの間に連続する滝の様子があたかも布をたらしたかのように見えたため、そのように呼ばれるようになった。上流から順番に、雄滝(おんたき)、夫婦滝(めおとだき)、鼓ケ滝(つつみがだき)、雌滝(めんたき)からなる。このうち、西丈が描いたのは最上流部にある雄滝であろう。険しい岩肌を何段にもわたり激しく流れ落ちる水。滝の下には水垢離する人間の姿があるが、その小ささが滝のスケールの大きさを際だたせているように思える。西丈は雄大な滝の姿を前に、絵にそっと一首書き添えている。
 「瀧乃瀬に繰出すいとのほそけれと織る布引のはたの廣さよ」