
※江戸時代後期の幽霊図(部分)
この図は、県内に伝わる幽霊図で、誠拙(せいせつ)が画賛を書いています。誠拙は、江戸時代後期の文政3(1820)年に75歳で亡くなった伊予出身名僧で、鎌倉円覚寺に住持した僧侶です。誠拙の活躍した年代を考えると、この幽霊図は、1800年代初頭に描かれたものと推測できます。
やはり足のない幽霊が描かれていますが、足のある幽霊もいないわけではありません。例えば「牡丹灯篭」という有名な怪談話に出てくる「お露」の幽霊。生前、恋こがれていた萩原新三郎のもとに、毎夜、牡丹の灯篭を持って通ってきますが、下駄の音を響かせながら通って来ることになっています。つまり、下駄を履くということは、足があるということになります。

「牡丹灯篭」については、展示会場で紹介している石井滴水画「幽霊絵葉書」に描かれています。
