2007 年 12 月 1 日 のアーカイブ

戦国展資料紹介 中世の甕棺墓

12月 1日 土曜日

 甕棺墓(かめかんぼ)は、北部九州の弥生時代の甕棺墓がよく知られていますが、実は中世にも甕棺墓あります。現在、戦国展では、八幡浜市日土から偶然見つかった中世の甕棺墓を紹介しています。
 平成6年に道路建設の際に偶然、標高約20mを測る丘陵斜面から大甕が二基発見されました。中から人骨が出土したことから、お墓ということがわかりました。大甕はともに現在の岡山県備前市で生産されたものでした。

ウラショウジ1
 棺おけに使われた備前焼(八幡浜市教育委員会蔵・当館保管)

 上の写真は1号墓で、高さ約80cmを測る大甕で、口縁部には凹線、肩部にはヘラ記号がみられます。製作年代は16世紀前葉から中葉のものと考えられます。甕の中には熟年男性の人骨と脇差が埋葬されていました。脇差の銅鐔には、丸刀のような工具で両面に唐草と菊花文様が刻まれています。

ウラショウジ2
 棺おけに使われた備前焼(八幡浜市教育委員会蔵・当館保管)
 2号墓は1号墓から東へ0.5mほど離れた場所から発見されました。写真は2号墓の大甕で、高さは約70cmを測り、口縁部は長めの玉縁をもちます。製作年代は、15世紀末から16世紀初頭のものと考えられます。甕の中には女性の人骨と短刀一振、土師質土器皿二枚が埋葬されていました。死者のゆかりの品々が副葬されたのかもしれません。
 備前焼の年代から2号墓が先に埋葬されたことが考えられます。水や穀物を貯蔵する大甕を棺桶として用いた、16世紀代の夫婦の墓として貴重な事例といえます。
 ぜひ展示室で甕の大きさを実感してみてください。