テーマ展「宇和海と段畑のくらし」の資料紹介。
今回はサツマイモに関する資料を紹介します。

昭和10年代以降、段畑で盛んに作られたのはサツマイモでした。戦争が激化し、食糧増産の国策でサツマイモ作りが奨励されたためです。
戦後も、食料難のためサツマイモが増産され、生のままか、切干(きりぼし)で出荷しました。切干は、デンプンと酒用アルコールの原料となりました。芋や麦は供出制度があり、供出割当以上に増産すると、3倍の価格で買い上げられました。切干がこれに当てはまると、米と同じ値段となります。米と芋とが同じ値段、という「切干景気」に、人々はサツマイモ作りに励みました。段畑の面積を増やし、収穫量をあげるために、石垣化も進められました。

芋かんな/愛南町内海郷土資料館蔵
芋かんなは、大工道具のかんなのような形をしています。かんなと同じ使い方で、1日に約200貫(750kg)の芋を切りました。

千貫切り/愛南町内海郷土資料館蔵
芋切りの効率を挙げるために考えられたのが千貫切りです。千貫切りとは、1日に約1000貫(3750kg)もの芋が切れる、という意味です。芋を置きハンドルをまわすと、刃が回転して輪切りされた芋が出てきます。後には動力で動くタイプも登場しました。
この千貫切りには「宇和島市/愛媛農工株式会社/日の本式芋切り機」という銘があります。愛南町の他に、宇和島市、西予市、伊方町にも同銘の千貫切りが現存しており、宇和海沿岸で広く流通していたことがうかがえます。

すごも/愛南町内海郷土資料館蔵
展示室には、切干作りの道具とともに、切干の模型も展示しています。この模型の製作は、今年度の当館博物館実習生、宇和高等学校職場体験の高校生、そして当館ボランティアの方々に協力していただきました。