2008 年 6 月 11 日 のアーカイブ

写真でみる昭和の暮らし10 駅の貨物

6月 11日 水曜日

 民俗学者の宮本常一が、十五歳で生まれ故郷の周防大島を離れる際に、父親からはなむけに送られた十カ条の人生訓があります。その一カ条目には、汽車に乗った時のものの見方が記されています。駅の荷物置き場にはどのような荷物が置かれているのか。それを見ることで、富んでいるのか貧しいのかなど、その土地のことが理解できると説いています。村上節太郎もそれと同じような発想があったようで、繰り返し駅の貨物を撮影しています。

夏柑の積み込み(昭和32年)

 上の写真は昭和32年に、八幡浜駅での夏柑の積み込みを撮影したもの。三崎(伊方町)の夏柑は広島県の糸崎港までが海路で、それから汽車に積み替えられて東京まで運ばれていましたが、八幡浜の夏柑は八幡浜駅で直接汽車積みされて運ばれていました。写真は竹製の十貫籠を貨物車に運び込もうとしているところ。10貫は37.5キロになるので、かなりの重労働といえます。

内子駅の木炭(昭和39年)

 もう一枚の写真は、昭和39年に内子駅で撮影されたもの。炭俵をたくさん積み上げたトラックが到着し、これから貨物車に積み込もうとしています。昭和30年代、「燃料革命」により木炭や薪に代わって、電気・ガス・石油が家庭燃料の主体となったことがいわれていますが、 写真からは昭和30年代終わり頃でも、内子周辺の山村では依然としてかなりの量の木炭が生産されていたことが分かります。駅の貨物に着目することで、昭和30年代にそれぞれの土地で多彩な生業が広がっていたことに気づかされます。