肱川中流域、西予市野村町から大洲市肱川町あたりでは、険しい四国山地の深い山間を縫うように流れる肱川の姿があります。川に沿って谷間を走る国道197号線を行き、鹿野川ダム湖上流に差しかかると、大洲市・西予市の市境を迎えます。現在そこには大地トンネルが抜けていますが、南口を出てからもう一つ南の栗ノ木トンネルにいたるまでの間、ちょうどそこは東からの尾根が張り出し、ダム湖が西へ大きく湾曲しています。その張り出した尾根上に中世城跡の猿ケ滝城跡があります。伝わるところでは、現西予市城川町東部から大洲市肱川町南部辺りまで支配したといわれる北之川氏に属した、家臣岩本将監の城だったといわれます。

猿ケ滝城跡と将監淵
この城は、北之川氏が長宗我部氏に攻め落とされた際に、同様に攻め落とされたといわれています。その時、岩本将監は闇夜に乗じて肱川を渡って城から脱出を試みましたが、かわいがっていた白い犬が付いて来たことで敵に存在が知られ、弓矢に射られて殺されたとも自害したともいう伝説が残ります。この将監が死んだとされるちょうど城の麓の淵を、伝説に由来して今でも将監淵(しょうげんぶち)と呼ぶそうです。
この城から南へ、支流の黒瀬川をさかのぼると旧野村町域を抜けて旧城川町域へ入ります。黒瀬川の東岸の段丘上には嘉喜尾(かぎお)地区が広がりますが、そこには春日神社という神社が鎮座しています。実はこの神社は、岩本将監が奉納したと伝わる薙刀(なぎなた)を現在にまで伝えた神社です。(注:当ブログの昨年10/3記事参照)

春日神社
岩本将監のことを物語る当時の確実な資料は現在見つかっていませんが、地域にはこうしたゆかりの史跡や文化財が今に伝えられています。ちなみに、この薙刀ほか、旧城川町域の歴史や文化を物語る資料は、下相(おりあい)地区の城川総合支所の裏にある、西予市城川歴史民俗資料館に展示されていますので、足を運んでみてはいかがでしょう。

西予市城川歴史民俗資料館