2008 年 11 月 のアーカイブ

特別展江戸考古紹介(29) 江戸時代の髪飾り

11月 30日 日曜日

県民館跡地出土笄
県民館跡地出土ガラス笄他(愛媛県教育委員会蔵)

 松山城三之丸の武家屋敷から出土した細い棒状の製品は、ガラスでできた笄です。おもに髪をまとめるのに使用されました。黄色や青、緑、白いガラスが見られます。ねじった形のものもあります。黄色のガラスには、葉の文様が彫刻されています。これらは鉛ガラスのため、風化して表面に粉を吹いているものもあります。
 遺跡出土の笄は現在は折れて短くなっていますが、当時は女性の髪を美しく飾っていたと想像されます。

特別展江戸考古紹介(28) 江戸時代の化粧道具

11月 29日 土曜日

県民館跡地出土化粧道具
県民館跡地出土化粧道具(愛媛県教育委員会蔵)

 松山城三之丸の武家屋敷から、たくさんの化粧道具が見つかっています。武家屋敷には、男性だけでなく女性もたくさん住んでいたことがうかがえます。
 後列の左の大きな染付の碗は、鉄漿の際に、口をゆすぐのに使用されたと考えられる、うがい茶碗です。見込みにはなすびの文様が描かれています。後列の色絵の段重には、白粉が入れられていたと考えられます。女性好みの色絵の製品です。手前の伏せている小碗は紅猪口と呼ばれる、中に紅が塗られ、筆などで口紅を塗るための道具です。使用しないときは伏せて置かれていました。紅は大変高価なもので、小さな容器がたくさん見つかっています。

特別展江戸考古紹介(27) 武士が使った文房具

11月 28日 金曜日

県民館跡地出土石硯
県民館跡地出土石硯(愛媛県教育委員会蔵)

 現在、私たちは筆記用具といえば、鉛筆、ボールペンなどを使っていますが、それも今はパソコンになりかわりつつあります。江戸時代にはそんな便利な道具はありませんでした。硯に墨を入れて墨を磨って筆で文字を書いていました。松山城三之丸の武家屋敷からは、さまざまな大きさの石の硯が見つかっています。
 石の硯でありながら、色もさまざま見られます。左から2番目の赤い硯は、現在の山口県でつくられた赤間硯です。後ろに「赤間硯」と刻字されているものもあります。遺跡からはたくさん見つかっていますので、大変好まれていたのでしょう。

特別展江戸考古紹介(26) 武士が使った明りの道具

11月 27日 木曜日

県民館跡地出土灯明具
県民館跡地出土灯明具(愛媛県教育委員会蔵)

 江戸時代には、今のように明るい電灯はないため、夜は真っ暗でした。そこで必需品だったのが灯明具です。蝋燭は高価でしたので、使用することは稀でした。おもに菜種油などに灯心をつけて明りを灯すための灯明皿が松山城三之丸の武家屋敷からたくさん見つかっています。土器などの素焼きの皿が用いられましたが、表面に釉薬を掛けて油をもれないようにした陶器の灯明皿も作られるようになりました。油徳利には、注口から漏れた油を再度回収できるように肩部に突帯をつけた工夫がなされています。
 灯明具は需要が高く、砥部焼や西岡焼の窯でもさまざまな灯明具がつくられていたことが窯跡資料からわかってきています。

 11月29日(土)には、大本敬久学芸員による特別展関連講座「灯りと暮らしー火の歴史と民俗」を開催しますので、ぜひご参加ください。

特別展江戸考古紹介(25) 武士が食べた貝

11月 26日 水曜日

県民館出土貝
県民館跡地出土貝(愛媛県教育委員会蔵)

 遺跡からは、ゴミとして捨てられた貝殻や骨がたくさん見つかります。これらはゴミですが、丹念に調べることにより、江戸時代に住んでいた人々がどんな食生活を送っていたかを知ることができる、お宝なのです。
 松山藩の武家屋敷からは、大きなアワビ、サザエ、イワガキ、鯛、スズキなど、瀬戸内海沿岸で採れた魚介類が見つかっています。新鮮な魚介類を食していた姿がうかがえます。

回想法と博物館

 「回想法」という言葉をご存知ですか?
 過去のことを思い出したり、自分の体験を話すことにより、脳を活性化させるもので、介護予防のプログラムとして期待されています。
 今回、宇和島市社会福祉協議会が主催された傾聴ボランティア講座、「回想で元気づくり講座」におじゃまして、博物館の資料を使った回想法のデモンストレーションを行いました。
 道具を使ったことのある方、使ったことはないけど見たことはある方、見たことも聞いたこともない方、メンバーには色々いらっしゃいますが、お互いに説明したり、教えてもらったりしながら話は弾みます。
 例えば湯たんぽなど、お湯を入れて温める人、ブリキの湯たんぽ自体を火にかけて温めた人、使い方は一つではないので、話が広がります。


 豆炭あんかです。見た瞬間「懐かしい」と声があがりました。

 20分ほどのデモンストレーションが終了後、話の内容やすすめるにあたっての態度など回想法の注意点について、心理士である講師の先生からアドバイスを頂きました。
 さて次は、参加者の皆さんの実践です。月組、星組、花組と華麗な名前のついたグループに分かれて、博物館の資料である昔の道具を使いながら、懐かしいお話を始めます。6~8人の少人数の中で、リーダー、補佐を決めたのですが、誰がリーダーだったかわからないくらい話が盛り上がる組ばかりです。
 アルミのお弁当箱を選んだ組では、「冬はストーブでお弁当を温めたわ」「ふたにお茶を入れて飲むのよ」「お弁当のおかずはイカの佃煮が懐かしい」など、お弁当の中身から使い方まで、どんどん思い出話があふれてきました。
 自分の思い出話をするだけでも楽しいものですが、他の人の話を聞いて、また思い出してお話して・・・という会話のキャッチボールが回想法では大切になります。
 その回想法の中で、実物資料である昔の道具が果たす役割は小さくありません。

 愛媛県歴史文化博物館の常設展示では、昭和初期の大街道を復元した町並みを歩いたり、牛鬼や太鼓台など愛媛の祭りを見たり、実物大の農家におじゃまして昔のくらしをのぞいていただくことができます。懐かしい風景や、昔の道具を見ながら、楽しい思い出を語り合うことで、脳をイキイキ、笑顔で楽しい時間をすごしていただけます。
 さらに遠方でなかなか博物館にご来館いただけない方のために、貸出用資料パックを現在準備中です。来春登場予定のその名も「れきハコ」には、回想法のお手伝いをする「昔のくらしパック」のほかに、「弥生のくらしパック」や、「祭りパック」、「民話パック」などがございます。
 今回の講座では「れきハコ」を実際に試していただき、博物館としてもよい機会となりました。この講座での経験を踏まえてよりよい「れきハコ」にすべく改良を重ねていきたいと思っております。
 脳をイキイキ、元気で楽しく毎日を過ごすために、ぜひ博物館をご利用下さい。お待ちしております。

特別展江戸考古紹介(24) 江戸時代の焼塩壺

11月 25日 火曜日

県民館出土焼塩壺
県民館跡地出土焼塩壺(愛媛県教育委員会蔵)

 私たちの食卓に調味料として塩は欠かせません。江戸時代にも卓上塩として使われた塩壺があることが松山藩の武家屋敷から出土した遺物からわかります。
 素焼きの土器の中に粗塩を入れて、容器ごと蒸し焼きにすると、ニガリが取れて上質の塩が出来上がりました。中身はなくなると容器は廃棄されました。京都や堺産の焼塩壺が有名で、商品として流通していたと考えられます。
 愛媛では近世遺跡の調査が少ないのでよくわかりませんが、今後いろいろな形態の焼塩壺が見つかる可能性があります。

特別展江戸考古紹介(23) 埋められた銀貨

11月 24日 月曜日

石手川公園出土丁銀
石手川公園出土丁銀(東京国立博物館蔵)
Image:TNM Image Archives Source:http//TnmArchives.jp

 よく「埋蔵金」はないのですか?と尋ねられますが、今回の特別展では「埋蔵銀」があります。
 これは、元文丁銀という江戸時代のお金です。丁銀13点、豆板銀19点が壺の中に入って見つかりました。大正10(1921)年12月8日、松山市石手川公園の造成中に、発見されたことが当時の新聞記事でわかります。発見時の新聞記事も展示していますので、あわせてごらんください。
 いったい誰が、何のために埋めたのでしょうか?
特別展が終了すると、東京へ帰ってしまいますので、ぜひお見逃しなきよう、愛媛の地でじっくりごらんください。

特別展江戸考古紹介(22) 遺跡で見つかった十錦

11月 23日 日曜日

番町2次出土十錦
番町遺跡2次出土十錦小杯(愛媛県教育委員会蔵)

 これは、いったいなんのやきものでしょうか?松山藩の武家屋敷から見つかった十錦のやきもので、小杯の口縁部の破片です。外面には緑色の釉薬を厚く掛け、釘状の工具で唐草の文様が刻まれています。
 中国清朝のやきものに、赤、緑、黄色などの釉薬を掛けた十錦手のやきものがあります。江戸時代には富裕層に文人趣味の流行により、こうしたカラフルな清朝の磁器がもてはやされました。
 幕末から明治初年にかけて、伊予市郡中で小谷屋友九郎により、清朝磁器を模した郡中十錦という、砥部焼の素地に上絵付けを施したやきものが作られました。今回の特別展では、友九郎が伊豫稲荷神社に奉納した郡中十錦の徳利一対を展示していますので、その色鮮やかなやきものをご覧ください。
 現在のところ、郡中十錦の考古学的な調査が進んでいないため、写真の製品がどこの十錦なのか不明ですが、松山藩の武家屋敷で十錦手のやきものが出土していたことが明らかになったことは、当時のやきものの流通を考える上で重要です。

特別展江戸考古紹介(21) 江戸屋敷で見つかった西岡焼

11月 22日 土曜日

汐留遺跡出土西岡焼
汐留遺跡出土西岡焼(東京都教育委員会蔵)

 これは、東京、江戸の大名屋敷でみつかった「豫州松山」銘のやきものです。鳥などのえさ入れと考えられます。これまで紹介してきた、東温市で焼成された西岡焼です。仙台藩伊達家と龍野藩脇坂家の江戸屋敷から見つかりました。西岡焼が遠く江戸の大名家に持ち込まれていたことのわかる、貴重な資料です。このことは、西岡焼の果たした役割を考える上で大変重要です。
 今回の特別展にあたり、江戸東京でみつかった西岡焼を初公開しています。ぜひご自分の目でごらんください。

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