2009 年 1 月 10 日 のアーカイブ

号外「怪人れきはくの謎」5

1月 10日 土曜日

怪人れきはく 昔の道具

なんと、昨日、愛媛県歴史文化博物館に、「怪人れきはく」からメールが直接届いた。
この博物館のホームページを普段からチェックしていたらしい。
連日、ブログで「怪人れきはくの謎」を紹介しているのを見て、本人自ら連絡してきたというわけだ。

メールの内容はくわしくは紹介できないが、こちらから返信をして、何度かメールのやりとりをすることができた。
以下は「怪人れきはく」から明かしてもよいという承諾をもらった彼の経歴である。

「怪人れきはく」の経歴

生年月日  昭和60(1985)年9月22日。

くしくも昭和60年9月22日といえば、「プラザ合意」(G5:先進国首脳会議による為替レートの合意)が発表された日である。これは、日本のバブル経済とその後の長期的不況「失われた10年」のきっかけともいわれるが、まさにその日に誕生したというのである。

昭和60年生まれなので、現在23歳。若い男性であることは間違いない。

メールで、昭和40年代にあらわれた「怪人れきはく」との関係を問うてみたが、当然、同一人物ではないとの答え。やはり年齢が違いすぎる。

しかし、昭和40年代の「怪人れきはく」の正体は、12月19日付けのブログ「光と影 第二話」の中で、書かれていた祖父「初代怪人れきはく」のことだと教えてくれた。

何をきっかけに、祖父の「初代怪人れきはく」を引き継いで「怪人」を名乗っているのかも明かしてくれたのだが、ここで紹介するのはやめてほしいと頼まれた。
そのかわりに、祖父の「初代怪人れきはく」について詳しく教えてくれた。(つづく)

(この話はフィクションです。)