Archive for 1月, 2009

「昔の道具★ミステリーツアー」

2009年1月16日

「昔の道具★ミステリーツアー」

 現在開催中の「昔の道具の謎をとけ!~怪人れきはくからの挑戦状~」展では関連イベントも行っております。
 先日11日〈日〉には「昔の道具★ミステリーツアー」が行われました。雪の降る中、たくさんの方が来てくださいました。

ツアー出発風景

ツアーの出発風景です。
 なんと右側に立っているのは怪人れきはく!?
 そうです。今回のミステリーツアーは怪人れきはくから挑戦状を受け取るとことからはじまるのです。怪人れきはくから出された七つの謎をツアーの参加者でといていきます。

はきものをよく見てみよう

「ふだんにはく下駄と、よそいきにはく下駄をグループ分けしてみよう!」という難易度★★★の謎です。
昔のはきものである「下駄」についてみんなで考えます。
よく見てさわってみると、天気や目的に合わせてはきものを選んでいたことがわかりましたね。

明かりの道具を仲間分けしてみよう

「明かりの道具を家の中で使うものと家の外で使うものに分けてみよう」というこれまた難易度★★★の謎です。
ろうそくの出し入れはどうするのかな?自分だったらこう使うかな・・・と想像してみんなで相談します。
7つの謎に果敢に取り組んだ参加者の皆さんは、巨大かるたにも挑戦しました。ブログで紹介しております「ことわざに出てくる道具達」が、かわいいイラストそのままに巨大かるたになりました。

巨大かるたに挑戦

見て、さわって、考えて、お話しして、体をうごかした「昔の道具★ミステリーツアー」は盛況のうちに終わりました。
25日〈日〉には「冬だよ集合!昔のくらし探検隊」が出発しますので、こちらのご参加もお待ちしております。なお「冬だよ集合!昔のくらし探検隊」は先着30名までの事前申込制となっておりますので、博物館(TEL:0894-62-6222)までお申し込み下さい。

ことわざになった道具たち―その9―同じ釜の飯を食う

2009年1月15日

同じ釜の飯を食う
同じ釜(かま)の飯(めし)を食う
(イラスト 菊池安希子)

今のごはんはスイッチ一つでおいしく炊(た)けますが、昔は大きな釜(かま)で炊いていました。おいしく炊くのにコツがいったのです。

ご飯を炊く怪人れきはく
お釜でご飯を炊く怪人れきはく

一緒にごはんを食べるとなんとなく仲良くなった気はしませんか?「同じ釜の飯を食う」とは、一つの釜で炊いたごはんを食べ、一緒(いっしょ)にくらしたという意味なのです。
「昔の道具の謎をとけ!」展では、食事の道具や昔の写真から、昔の食事について知ることができます。

羽釜
羽釜

例 あいつと俺とは、大学時代に同じヨット部で同じ釜の飯を食った仲間だよ。

ことわざになった道具たち―その8―たががゆるむ

2009年1月14日

たががゆるむ
たががゆるむ
(イラスト 菊池安希子)
桶(おけ)や樽(たる)は、木の部品を組みあわせて輪をはめて締(し)めています。

桶
「昔の道具の謎をとけ!」展に展示中の桶と洗濯板

この輪っかを「たが」といいます。このたががゆるんでしまうと、部品はバラバラになってしまいます。気持ちがゆるんだり緊張(きんちょう)がほどけることを「たががゆるむ」または「たががはずれる」といいます。

例 テストが終わってたががゆるんだのか、遊びまわってしまった。

ことわざになった道具たち―その7―管をまく

2009年1月12日

管
「昔の道具の謎をとけ!」展に展示中の杼(ひ)と管(くだ)
 
布を織(お)るときに、横糸を入れる道具を杼(ひ)といいます。杼の中には横糸を巻いた管(くだ)が入っています。管に糸を巻くときに使う道具が糸巻(いとま)き車です。

管に糸を巻く
管に糸を巻きます。

管を巻く
糸車で糸を巻いていきます。

糸巻き車をまわすとブンブンと音がします。この音からお酒に酔ってつまらないことをぶうぶう、ぶつぶついうことを「管をまく」といいます。
管はあまり目にすることはなくでも、「管をまく」という言葉はよく使われているのではないでしょうか。

例 もうお父さんたら、お酒飲んだらいつも管まくんだから、いやんなるな。

号外「怪人れきはくの謎」6

2009年1月11日

怪人れきはく 昔の道具

「初代怪人れきはく」は明治35(1902)年に愛媛県東宇和郡に生まれたらしい。家は代々ちょうちんの職人だった。幼いころから家業を手伝い、14歳にはすでに一人前の腕になっていた。

15歳になったときに学問を志し、周囲の反対を振りきって、東京に出る。宇和島の親類を頼って上京したのだ。そのときに、同じ宇和島出身の穂積博士という法学者と知り合うことができた。

穂積博士は、実は「初代」がちょうちん職人の技を見事に身につけていることを知り、親交のあった渋沢氏に紹介する。

渋沢氏は、その時代、著名な財界人でもあり民俗・民具に造詣の深い人物だった。後の民具研究の基礎を築いた人物でもある。「初代」はこの渋沢氏と出会い、職人技術のすばらしさ、大切さを聞くことによって、自らが持っている「技」と「文化」の価値に初めて気づいた。大正時代のことである。

「初代」が19歳のときに、渋沢氏は全国の民具をあつめて自宅にミュージアムをつくる。そのあつめる作業に「初代」は参加することができた。その活動によって、「昔の道具」の知恵や工夫に感心したようだ。

その直後、「初代」は何の縁かわからないがヨーロッパ・ドイツに留学し、博物館に日常の生活道具が収集され、保存、展示されていることに驚いたという。しかしその後の彼のヨーロッパでの足跡はよくわかっていない。

日本に帰国したのは昭和39(1964)年。ちょうど東京オリンピックが開かれた年。突然の帰国だった。聞いたところでは、そのころに日本、特に都市部の変容ぶりが現地ヨーロッパのテレビで取り上げられ、それを見て衝撃をうけたという。そして、即、帰国したらしい。

久々に日本の地を踏んだ「初代」は、日本の生活スタイルの変化にとまどいつつも、自分は何をすべきなのか、自問自答していたという。

その後の「初代」の日本における足跡をここでは明かすことはできない。いつ亡くなったのか、その原因が何だったのか、この点はメールで聞いても、かたくなに教えてはもらえなかった。

メールの最後には、祖父「初代れきはく」が常に語っていたメッセージが書かれていた。孫はこの言葉をいつも胸に秘めているという。

「人間は道具を使ってこそ人間である。道具に感謝し、道具を知るべし。」
道具に使われる人間社会への警鐘である。

(この話はフィクションです。)

号外「怪人れきはくの謎」5

2009年1月10日

怪人れきはく 昔の道具

なんと、昨日、愛媛県歴史文化博物館に、「怪人れきはく」からメールが直接届いた。
この博物館のホームページを普段からチェックしていたらしい。
連日、ブログで「怪人れきはくの謎」を紹介しているのを見て、本人自ら連絡してきたというわけだ。

メールの内容はくわしくは紹介できないが、こちらから返信をして、何度かメールのやりとりをすることができた。
以下は「怪人れきはく」から明かしてもよいという承諾をもらった彼の経歴である。

「怪人れきはく」の経歴

生年月日  昭和60(1985)年9月22日。

くしくも昭和60年9月22日といえば、「プラザ合意」(G5:先進国首脳会議による為替レートの合意)が発表された日である。これは、日本のバブル経済とその後の長期的不況「失われた10年」のきっかけともいわれるが、まさにその日に誕生したというのである。

昭和60年生まれなので、現在23歳。若い男性であることは間違いない。

メールで、昭和40年代にあらわれた「怪人れきはく」との関係を問うてみたが、当然、同一人物ではないとの答え。やはり年齢が違いすぎる。

しかし、昭和40年代の「怪人れきはく」の正体は、12月19日付けのブログ「光と影 第二話」の中で、書かれていた祖父「初代怪人れきはく」のことだと教えてくれた。

何をきっかけに、祖父の「初代怪人れきはく」を引き継いで「怪人」を名乗っているのかも明かしてくれたのだが、ここで紹介するのはやめてほしいと頼まれた。
そのかわりに、祖父の「初代怪人れきはく」について詳しく教えてくれた。(つづく)

(この話はフィクションです。)

羽根つきで真っ黒!

2009年1月9日

 あけましておめでとうございます(^^♪
 本年もよろしくお願いします<(_ _)>
 平成21年の仕事始めだった1月4日(日)、博物館では新春イベントを開催しました。当日は、お正月遊びにちなみ、無地の羽子板に絵付けしてオリジナルの羽子板をつくる「マイ羽子板であそぼう!」と、白木のコマに色をつける「コマに絵付けしてみよう!」を実施し、125名の方が参加してくださいました。

 できあがった羽子板を使って、エントランスホールで羽根つきをしました。

 中には、真剣勝負をしていたのか、顔に墨を塗っている人も…。

 墨を塗っている方も塗られている方も何だか楽しそうですね~。

 ※この日は館の職員の中にも、顔を真っ黒にされていた人が数名いましたが、本人のプライバシーに配慮し、掲載はさしひかえさせていただきました。

ことわざになった道具たち―その6―青は藍より出でて藍より青し

2009年1月8日

今回のことわざは藍染めについてです。
布を青色に染めるには、藍(あい)という植物を使いました。

藍の葉
藍の葉

ですが、元の材料の藍よりも染められた後の青色がより青いことから、「生徒が先生よりも優(すぐ)れている」というたとえに使います。

染めた布を干す様子
染められた布

例 かわいい教え子が素晴らしい賞をとって、まさに「青は藍より出でて藍より青し」の気持ちです。

号外「怪人れきはくの謎」4

2009年1月7日

怪人れきはく 昔の道具

昨晩、東京に住む民俗学者の某先生から唐突に電話があった。以前、国立の歴史系研究機関に勤めていた経験のある先生だ。

その先生曰く、「怪人れきはくが、再びあらわれたのか・・・。」

なんと、かつて政府のある機関にも「怪人れきはく」からメッセージがひんぱんに届き、困惑したことがあったというのだ。その時期は昭和40年代だったという。

「たしか、昭和41年頃に政府が、明治100年(明治維新から百年目、昭和43年のこと)を記念する事業を計画していて、何回も『怪人れきはく』と名乗る人物から、その事業の一環として、全国の民具・民俗を集めて、保存・伝承することを要望した文書が、政府の関係機関に届いていたんだよ。」

しかし、その要望書は差出人不明の扱いとされ、取り上げられることはなかったが、「怪人れきはく」という不思議な差出人名だったので、よく覚えているとのことだった。

「要望書の中身は、高度経済成長期で、日本列島改造論も打ち出され、機械化されている世の中で、それまでの生活道具を破壊し、消し去っている世相を嘆いたものだったような・・・。」

先生は、記憶をたどりながら「怪人れきはく」について教えてくれた。

今から30~40年も前に、「怪人れきはく」がメッセージ性を帯びて、活動していたのは間違いない。愛媛の地元新聞への投稿記事も内容から察すれば、同一人物だろう。

(この話はフィクションです。)

ことわざになった道具たち―その5―一寸先は闇・一寸の虫にも五分の魂

2009年1月5日

1月4日に行われた「昔の装具★ミステリーツアー」では、なんと怪人れきはくが登場しました!
うわさでは握手会と記念撮影会も行われたとのこと・・・
「昔の道具★ミステリーツアー」は11日(日)にも開催されます。
どうぞお見逃しのないよう・・・

一寸先は闇
一寸先は闇(やみ)
一寸の虫にも五分の魂
一寸の虫にも五分の魂(たましい)
(いずれもイラスト 菊池安希子)

一寸(すん)も五分(ぶ)も、昔使われていた長さの単位のことです。一寸は約3.03cm、五分は一寸の半分になります。
ですので「一寸先は闇」ということわざは、一寸というちょっと先でさえ何があるかわからず、真っ暗であるということから、未来のことは誰にもわからない、という時に使います。
「一寸の虫にも五分の魂」は、一寸という小さな虫にも体の半分も魂があるということから、小さいから弱いからといってばかにしてはいけない、という意味です。
今のものさしには、今使われている長さの単位、cmやmmで長さが刻まれています。昔のものさしにも当時使われていた単位である寸や分の長さで刻まれています。ちなみに一寸の10倍が一尺(しゃく)、一尺の6倍が一間(けん)になります。
ものさし
「昔の道具の謎をとけ!」展に展示中のものさしです。
寸と㎝の両方が刻まれています。

例 あの政治家が逮捕(たいほ)されるなんて、一寸先は闇だなあ。