2010 年 2 月 のアーカイブ

ポーラ・コレクション 美人の化粧術展

2月 16日 火曜日

 

特別展「ポーラ・コレクション 美人の化粧術 ~姫君からモダンガールまで~」は、本日開幕しました。
観覧料は以下のとおりです。
■特別展
大人  500円(400円)
65歳以上 250円 (200円)
小・中学生  250円(200円)
■常設・特別展共通
大人  700円(580円)
65歳以上 350円(280円)
※(  )内は20名以上の団体料金になります。
※小・中学生は常設展は無料です。

職員一同、みなさまのご来館を心よりお待ちしております。

特別展「美人の化粧術」、列品中です

2月 14日 日曜日

 バンクーバー五輪が開幕しましたが、特別展「ポーラ・コレクション 美人の化粧術~姫君からモダンガールまで~」の方もいよいよ開幕が近づいてきました。先日はポーラ文化研究所にうかがい、資料の借用を行いました。

 1点ごとに点検を行い、資料を輸送に耐えられるように丁寧に梱包していきます。今回は資料点数が多いので、2日間かけて作業を行いました。

 資料は無事に博物館まで到着。資料の列品に取り掛かります。

 列品は余裕をみて3日間を予定。狭い展示ケースのなか、どう展示すると綺麗に見えるのか考えながら、慎重に資料を並べていきます。終盤にさしかかると、展示の全体像がくっきりと見えてきます。学芸員として少しほっとする瞬間です。

 

 今日は列品の最終日。最後の追い込みになります。

松尾峠と純友城址

2月 5日 金曜日

 先日、愛媛県最南端の峠である松尾峠を訪れ、歩いて県境を越えてきました。南宇和郡愛南町小山と高知県宿毛市大深浦の間にあるこの峠道は、昭和4年に宿毛トンネルが貫通するまでは、伊予と土佐を結ぶ主要な街道として多くの人々に利用されていました。享和元(1801)年の記録には、普通の日に200人、多い日には300人が通ったと記されているそうです。

 また、ここには、貞享4(1687)年と翌年に建立された2基の石柱が存在し、それぞれ「従是西伊豫國宇和島藩支配地」、「従是東土佐國」の文字が刻まれています。

 この石柱から南西へ200メートルほど行くと「純友城址」と書かれた看板があります。それによると、天慶4(941)年、追捕使小野好古率いる朝廷軍に敗れた藤原純友は、伊予から九州へ逃れるとき、妻とその父をこの純友城に隠した。やがて純友と息子重太丸が討たれたことを聞いた妻は、悲しみのあまり気が狂い、その年の8月16日にこの地で亡くなった、とされています。

この記事の出典と思われる『前太平記』には、

「爰に栗山将監入道定阿と云ふ者あり。是は、伊予掾純友が末子重太丸が母方の祖父なり。去んぬる承平の比、純友隠謀露顕して伊予国を出奔せし時、定阿入道も重太丸が母を具して当国を立ち退き、土佐国松尾坂と云ふ所に忍びて居たりけるに、一類残らず討たれ、重太丸も縲紲の辱めに逢ふて、京都に誅せられぬと聞きしより、彼母恩愛の悲嘆に堪へず、慟哭の余りにや物狂わしく成つて、巫医の功を尽くすと云へども更に験もなく、今年八月十六日に思ひ死にゝぞ失せにけり。」

と、「土佐国松尾坂」の記述が見えます。

現在、純友城址には展望台が設けられており、宿毛湾を一望できるようになっています。

 ここから、高知県側に下っていき、宿毛市大深浦に入ると松尾坂口番所跡がありました。往時は不法越境者を厳しく取り締まっていたと思われます。

 3月には、友の会会員でここを歩き、春の心地よい風とともに予土国境を行きかった人々の歴史にふれていきたいと思います。

特別展「美人の化粧術」、看板ができました

2月 4日 木曜日

  特別展「ポーラ・コレクション 美人の化粧術~姫君からモダンガールまで~」も開幕が迫ってきました。この数日、展覧会場の設営に汗を流しています。

 昨日は看板もできあがりました。ポスターのデザインに合わせて、落ち着いた雰囲気に仕上がりました。いよいよ来週は資料の借用に出張します。
  一方で、今年は常設展示室で開催されるテーマ展「おひなさま」も、展示の追い込み。

 御所人形を慎重に列品中。少しも気が抜けません。

 こちらは江戸小物を列品中。細かい資料ばかりなので、学芸員の中でも比較的繊細(?)と思われる人が並べていきます。
 テーマ展の方はようやく終わりが見えてきました。