2010 年 6 月 27 日 のアーカイブ

テーマ展紹介-6

6月 27日 日曜日

木村コレクションとその学問 (多田仁氏)

 今回は、寄贈資料の整理でご協力いただきました多田仁氏(愛媛県埋蔵文化財センター)に展示パネル掲載のために、寄稿いただきました原稿を掲載させていただき、木村氏収集資料の整理に積極的に関わられた経緯とその思いをご紹介させていただきます。

木村コレクションとその学問 (多田仁氏)  

 木村さんと私は1993年頃からのお付き合いで、当時の私は四国に住み始めたばかりで何も解らず、まずは木村さんに多くの情報を得ることがスタートであった。そして、木村さんが亡くなる直前まで数々の教えをいただき、共に考古学的研究に勤しんだことは、生涯忘れることのない想い出として私の心の中に生き続けることになろう。   

 こうした木村さんとのお付き合いもあって、生前に頂いたお言葉を実行するべく、彼が収集していた考古資料をそれぞれの地元に里帰りさせる作業を開始したのである。その作業は2007年冬から2008年の初夏にかけて行っているが、まずは遺物の圧倒的な多さには驚かされた。これこそ木村さんの考古学人生を感じ取ることのできる遺品であり、氏の学問姿勢の表れでもある。遺物の収納にはダンボール箱や菓子類の空き箱などが使用されていたが、採集された遺跡名や採集日時などが記されたものもあった。これをみても単に古物趣味的に土器や石器を収集していたのではなく、考古学的研究の資料として丁寧に遺物を取り扱っていた木村さんの学問スタイルを垣間見ることができるだろう。

 遺物の整理期間中、まずは遺跡ごとの仕分けを行い、その内容を把握することに努めた。その結果、高知県の遺跡は約100遺跡約15,100点、収納ケース48箱、愛媛県の遺跡では約20遺跡約4,100点、収納ケース16箱という数に達した。さらには高知・愛媛県以外の資料もあるほか、木村さんが生前に製作した石斧等の実験製作品も含まれており、整理作業をしながらも、木村さんとともに貴重な石器を探した時のことや、一つの石器について夜遅くまで話したことなど、たくさんの想い出が甦ってきた。土器の一片、一かけらの石器には木村さんからいただいた数々の教えが詰まっているのである。

  しかし、ここまで整理作業を行ったとはいえ、私自身、これらすべての詳細を把握しているわけではない。さらなる評価については、近い将来、若き研究者達によって少しずつ解明されていくことであろう。その時を木村さんも待ち望んでいるに違いない。

  なお、木村資料の整理作業について、愛媛県歴史文化博物館のご理解とご協力が大きな支えとなったことは改めて述べるまでもないだろう。博物館が一体となって木村氏の業績を後世まで伝えることを目標とし、市民参加で実施された一連の整理作業は、まさに木村さんが望んだ文化財行政の姿である。博物館のご尽力があったことは勿論であるが、木村さんの熱き思いが、残された人々を動かしたのである。我々は木村さんの考古学的人生を学び、受け継ぎ、その成果を後世へ残していく努力を怠ってはならない。未来の考古学者たちのため、掘り起こした郷土の歴史を消してしまわないため、私たちは木村さんの遺志と学問を語り継ぐことになるだろう。

和口遺跡現地学習会での様子(2009年12月)