2010 年 7 月 のアーカイブ

特別展「水木しげるとゲゲゲの鬼太郎―妖怪道五十三次―」始まりました!

7月 9日 金曜日

 みなさまお待たせしました。待ちに待った特別展「水木しげるとゲゲゲの鬼太郎―妖怪道五十三次―」がついに始まりました!!

 「ゲゲゲの鬼太郎」は子供から大人まで、誰でも知っている漫画で大活躍のキャラクターです。そんな鬼太郎とその仲間の妖怪たちを皆さんは、どのくらいご存知ですか?作者の水木しげる先生は、江戸時代の有名な浮世絵師である歌川広重の「東海道五十三次」の旅情風景を、妖怪たちが旅したらどうなるか、との思いから「妖怪道五十三次」という作品を作りました。今回の展示会では、水木しげる先生の人生を紹介するとともに、江戸から京都までの各宿場に鬼太郎をはじめ、目玉おやじ、ねずみ男など300体以上にも及ぶ、さまざまな日本の妖怪が登場する「妖怪道五十三次」などを展示紹介します。また、当館所蔵の「百鬼夜行絵巻」など妖怪の歴史にまつわる資料も同時に展示するとともに、妖怪に関するさまざまなイベントを開催します。

 職員一同、みなさまのご来館を心よりお待ちしております。

■開催期間:平成22年7月10日[土]~9月5日[日]

■開館時間:午前9時~午後5時30分

(展示室への入室は午後5時まで)

■休館日:7月12日(夏休み期間中は無休)

■会場:企画展示室

■観覧料

<特別展>

大人  500円(400円)

65歳以上 250円 (200円)

小・中学生  250円(200円)

<特別展・常設展共通券>

大人  800円(640円)

65歳以上 400円(320円)

小・中学生  250円(200円)

※(  )内は20名以上の団体料金になります。

※小・中学生の方は、常設展は無料です。 

協力/(株)水木プロダクション・(株)やのまん

まもなく開幕! 水木しげるとゲゲゲの鬼太郎   ―妖怪道五十三次―

7月 7日 水曜日

 7月10日(土)にオープンする特別展「水木しげるとゲゲゲの鬼太郎―妖怪道五十三次―」の開催に向けて、ただいま展示準備中です。

 今回はその作業風景の一部を紹介しましょう。

1 妖怪画「妖怪道五十三次」の展示風景

 ゲゲゲの鬼太郎をはじめ、目玉おやじ、ねずみ男、ぬりかべなど300体以上にも及ぶ、さまざまな日本の妖怪が登場する、水木しげるさんの妖怪画「妖怪道五十三次」を壁面に展示しているところです。55枚もの作品を壁面にしっかりと固定させ、バランス良くきれいに壁面に展示します。展示企画者の学芸員の指揮のもと、日本通運の美術品スタッフが作業しています。

2 水木しげる人生絵巻の展示風景

 ゲゲゲ鬼太郎の作者・水木しげるさんの人生を紹介した7メートルもの絵巻をケース内に展示しています。巻物が長いため、紙がやや反っていますが、作品に負担をかけないように展示します。

3 ぬりかべの展示

 大きなぬりかべの模型を仮置きし、会場内でのレイアウトの調整や、露出展示となるため、パーテーション等の設置について検討しています。

 この他にも、鬼太郎人形、妖怪ブロンズ、当館所蔵の百鬼夜行絵巻など、妖怪にまつわる貴重な資料を数多く展示します。

 特別展「水木しげるとゲゲゲの鬼太郎―妖怪道五十三次―」(7月10日~9月5日)、乞うご期待!

テーマ展紹介-9

7月 4日 日曜日

木村氏の足跡をたどる 発掘された遺跡

 

中駄場遺跡出土遺物展示状況

  このコーナーでは、木村氏が踏査した成果を基に発掘調査された遺跡として、中駄場遺跡(宇和島市)と大宮・宮崎遺跡(高知県四万十市)を展示・紹介しています。今回は、中駄場遺跡について紹介します。

 中駄場遺跡(宇和島市津島町御内)

■発見の経緯・発掘調査

 1977年、木村氏によって発見された遺跡で、姫島産黒曜石製石鏃や頁岩製剥片などが採集されました。姫島産黒曜石などから縄文時代のキャンプ・サイトとして評価されました。この踏査成果を受けて、1999年、県道整備事業に伴う発掘調査が、実施され、後期旧石器時代・縄文時代前期の遺物が確認されています。

 

中駄場遺跡遠景写真(多田編1999より)

 ■立地

宿毛湾に注ぐ松田川の最上流左岸に発達した河岸段丘にあり、標高約250mを測ります。

 

  中駄場遺跡位置図(木村2003より)

■周辺の遺跡 

松田川上流部では影平遺跡・中駄場遺跡・犬除遺跡・笹平遺跡と旧石器・縄文時代の遺跡が集中している地域の一つです。

■発掘調査の成果 

後期旧石器時代の遺物として、ナイフ形石器・スクレイパー・使用痕剥片・台石・石核・剥片があり、在地の石材を使用し、石器作りをしながら狩猟を行い暮らしていた様子が復元されています。木村氏が縄文時代にキャンプ・サイトであると指摘されていたが、後期旧石器時代においてもキャンプ・サイトであることが証明されました。

 

 中駄場遺跡土層断面写真(多田編1999より)

 参考文献

木村剛朗 2003『南四国の後期旧石器文化研究』幡多埋文研

多田 仁編 1999『中駄場遺跡』(財)愛媛県埋蔵文化財調査センター

 本テーマ展は9月5日まで開催予定です。お見逃しなく。

テーマ展紹介-8

7月 1日 木曜日

西四国の縄文文化

 広見遺跡採集の石鏃

 当地域の縄文時代の遺跡は、木村2001によると約140箇所で確認されています。ここでは、木村氏が多くの資料を採集されている愛南町広見遺跡について、紹介します。

 広見遺跡(南宇和郡愛南町広見)

 ■発見の経緯

1966年に考古学研究者によって発見された遺跡です。

■立地

盆地状の広見地区の名路の通称岡駄場に所在し、標高382mの北側の山から南に延びる舌状段丘の先端近くに位置し、標高約100mを測ります。

 

 広見遺跡位置図 木村1995より

■遺物

石器129点、土器70点が報告されています。

土器は、前期の彦崎ZⅠ式、中期の船元式、後期の中津式・平城式・片粕式・伊吹町式、晩期の中村Ⅱ式が確認されています。

石器は、石鏃・石錐・石匙・スクレイパー・打製石斧・庖丁形石器が確認されています。特に、石鏃は香川県金山産サヌカイトが65%と主体を占めることが特徴です。

  木村氏は、1972年に「愛媛県南宇和郡広見縄文遺跡と出土遺物」『古代文化』第24巻第5・6号を発表されています。

 また、著書『幡多のあけぼの』(1992年)「散らばる矢じり-縄文人は狩猟好き」では、石鏃を採集した際のことを次のように記されています。

「(前略)宿毛湾に注ぐ松田川の支流、篠川上流地帯の愛媛県南宇和郡一本松町広見遺跡も石鏃の多い所である。(中略)

 私はある日、ここを訪れ徹底的に表面採集をしたことがある。その時、土器のほか、石鏃を三十点余り拾った。これは、私が一日で採集した石鏃数の最多記録で、今もこの記録は破られていない。その後、ここに通い詰め、最終的には石鏃百五十点余りを集めた。その石鏃は、形の完全なものが多く、時期的には、縄文前期から晩期までのものを含んでいた。ただ石質のほとんどが香川県坂出市の金山に産出するサヌカイトであったのには驚いた。ここの縄文人は瀬戸内地方と頻繁に交易を行っていたのであろう。(後略)」

 

木村氏が撮影した広見遺跡周辺写真

(撮影年不明 1970年前後?・高知県立歴史民俗資料館蔵)

参考文献

木村剛朗 2001「南四国における旧石器・縄文期の文化様相」『くろしお』No.11

高知大学黒潮圏研究所

木村剛朗 1995『四国西南沿海部の先史文化 旧石器・縄文時代』幡多埋文研

  この他にも、松野町真土遺跡、広福寺遺跡、愛南町深泥遺跡、茶堂遺跡採集資料について紹介しています。