2013 年 12 月 のアーカイブ

お正月の支度

12月 25日 水曜日

 年の瀬も近くなり、博物館でもお正月支度が着々と進んでおります。
 先日は民俗展示室2の復元家屋に並べられている食事模型がお正月のものに変わりました。

海のいえでの展示替えの様子

いつもは麦のまざったご飯もお正月は輝く白米に変わります。

里のいえの箱膳に乗り切らないほどのお正月の料理が並びます。
お雑煮やかずのこなど、今のおせち料理とくらべてみるのも楽しいかもしれません。

食事模型の展示替えが終わると、次は暖房道具を展示しました。

豆炭あんかを展示

ずらりと並んだ暖房道具は里のいえの座敷で見ることができます。
湯たんぽや火鉢、やぐらごたつに足あぶり。
見ているだけであたたかい気分になります。

民俗展示室以外でも、企画展示室では「午年のお正月」がテーマですから、時々の流行を反映した双六やカルタ、愛媛県内のしめ飾りの写真など、お正月気分満載の空間になっております。
あわせてぜひご覧ください。

テーマ展「宇和海の船大工」展はじまります

12月 21日 土曜日

 12月21日(土)より、テーマ展「宇和海の船大工」展が開催されました。
 本展示のきっかけは、ある船大工さんから、船大工道具や船の設計図である「板図」、そして「板図」をもとに作られた船の模型などを当館へ寄贈いただいたことにはじまります。
 資料の寄贈にあたり、資料の名前や使い方、船大工の仕事などを聞き取り、記録する中で、その貴重さや船大工の美意識などを知り、ぜひ展示につなげることができないかと考え、準備をしてきました。
 そして以前当館に寄贈された別の船大工道具や、村上節太郎撮影の造船所の写真なども合わせ、今回の宇和海の船大工の仕事を紹介する展示となりました。

 
船の模型(奥)と板図(手前)


船大工道具

 博物館の展示ができあがるまでにはさまざまな形があり、今回のようにまずはじめに資料がありそこから展示へとつながるものもあれば、あるテーマをもとに資料を調べ、集めて展示へとつながる形もあります。今回企画展示室で同時開催されます「午年のお正月」展は後者のタイプだと言えます。平成26年の干支、「午」と「お正月」をテーマに、当館の各研究科の学芸員が「これぞ!」という資料を持ちよっての展示となりました。時代も場所も研究分野の垣根も越えたおめでたい展示となっております。
 ぜひご来館ください。職員一同お待ちしております。

テーマ展 「宇和海の船大工」
開催期間 平成25年12月21日(土))~平成26年2月3日(月)
会場    愛媛県歴史文化博物館 文書展示室

テーマ展 「午年のお正月」
開催期間 平成25年12月21日(土))~平成26年2月3日(月)
会場    愛媛県歴史文化博物館 企画展示室

新年に備えて

12月 19日 木曜日

年の瀬を迎えました。残りの日数が少なくなると、今年中にやっておきたいことがいろいろ思い浮かんで悩ましいところです。

博物館では少し先取りして、新年を祝う展示が始まります。題して「午(うま)年のお正月」展。時代を超えてウマやお正月に関する博物館資料が大集合します。

お正月遊びの定番だったカルタを並べています。江戸時代後期から昭和40年代までのカルタがずらりと並びます。学芸員の各担当が、お正月と馬にまつわる史料を持ち寄って、展示室を埋め尽くします。

テーマ展「午年のお正月」は12月21日(土)に開幕。新年は正月2日から開館しておりますので、ぜひご来館ください。

展示閉幕の報告

12月 12日 木曜日

特別展「三瀬諸淵-シーボルト最後の門人-」の史料返却で長崎に出張しました。長崎までは美術品専門の輸送業者のトラックに同乗。11時間以上の長い旅でした。史料返却の作業はスムーズに終わり、少し時間ができたので、特別展閉幕を報告しようと皓台寺を訪れました。

皓台寺は長崎市寺町にある曹洞宗の寺。背後の山に広大な墓地が広がっています。山の石段を息を切らせながらあがっていき、中腹ぐらいにその墓地はありました。

楠本家の墓地です。歴代墓の側面に楠本イネの名前も刻まれています。そっと手を合わせて展覧会の終了を報告します。同じ敷地内に三瀬諸淵の叔父で、蘭学の師匠でもあった二宮敬作の墓もあります。こちらにも手を合わせて報告します。

敬作の墓は楠本イネが建てたもので、宇和島の儒学者上甲振洋による撰文が刻み付けられています。墓碑の三面にわたる長文で、その生涯が紹介されています。

碑文は今でも風化することなく、はっきりとしており、貴重な情報を読み取ることができます。なお、今回の特別展図録「三瀬諸淵-シーボルト最後の門人-」では、シーボルト記念館の館長織田毅氏による論考、「二宮敬作の一側面~長崎での活動を中心に~」において碑文の全文が紹介されていますので、詳しくはこちらを御覧ください。

皓台寺から見る長崎の街は美しく、すがすがしい気持ちになりました。この墓参りで三瀬諸淵展も一区切り。また新しい仕事に歩み出せそうです。

サラミス発見

12月 5日 木曜日

特別展「三瀬諸淵」は12月1日に閉幕しました。多くの方にご観覧いただきました。閉幕後、早速撤去に取り掛かりました。思い入れのある展示があっという間になくなり、ケースが空っぽになっていくのは、担当者として少し寂しい気持ちもします。

慶応2(1866)年にイギリス軍艦が宇和島港に来港した際に、友好の証しとしてイギリス側から宇和島藩に渡された巨大な軍艦旗(宇和島伊達文化保存会蔵)も撤去中です。展示する際に記録していた折り目を確認しながら、丁寧に折りたたんでいきます。

軍艦旗は折りたたむと、思ったよりも小さい箱に収納することができます。収納する木箱には、「慶応二丙寅六月廿七日渡来/ミニストルより七月朔日到来/但此方よりも/緋九曜紋船印/贈る/英国軍艦旗一」と、史料の由来がはっきりと裏書されています。イギリスと宇和島藩、それぞれの船印が交換されたことがわかります。

今回撤去作業をする時に、確認したいことがありました。それは、宇和島市立伊達博物館の「宇和島伊達家伝来品図録」に、軍艦旗には「E 14 Salamis」と書き入れがあると紹介されている点です。旗を慎重に畳んでいるとその箇所を発見しました。

この書き入れにより、この軍艦旗がミニストル(公使)であるパークスが乗船したサラミス号のものであることがわかるわけです。展示作業を行っている時には、開幕日に間に合わせるために、時間の余裕があまりありませんでしたが、撤去時にもう1度、別れを惜しんで史料をじっくり拝見していると、いろいろと新たな発見もあるかもしれません。