2017 年 3 月 1 日 のアーカイブ

「愛媛・災害の歴史に学ぶ」9 ため池の保全・防災

3月 1日 水曜日

ため池は、江戸時代初期から農業用水を確保するために各地で築造され、現在、全国には約20万ヶ所、愛媛県内でも3,256ヶ所(農林水産省資料より)を数えます。西日本、特に瀬戸内海沿岸の各県に多く、降水量が比較的少なくて大きな河川のない地域で数多く築造されています。愛媛県内では今治市、松山市、伊予市、西予市、宇和島市に多く見られます。

県内の代表的なため池の一つに、農林水産省のため池百選に選定されている松山市堀江の「堀江新池」があります。江戸時代の松山藩内では最大の12万t規模で、少雨、旱魃対策として天保6(1835)年に庄屋の門屋一郎次が呼びかけ、村民総出で3年をかけて完成したもので、現在は親水公園としても整備されています。また、伊予市大谷池は貯水量175万tの県内最大のため池として知られ、伊予市域の田畑938haに農業用水を供給しています。池の位置する旧南伊予村は、少雨地帯で大きな河川もなかったため、村長武智惣五郎が先頭に立ち、のべ37万人がその築造工事に従事し、昭和20年に完成しています。このような大規模なため池ばかりではなく、ほとんどは1万t以下の小規模なもので、集落ごとに管理されています。

ため池の管理は地元集落や水利組合などが主体となって保全、管理されてきたのですが、近年では農家数が減り、土地利用も農地から転用されるなど、保全組織が充分機能せず、以前と比べてため池の管理が困難になってきている事例も多く見られます。ため池の管理が充分になされていないと、ため池が決壊する可能性があります。決壊すれば下流域にあたる住宅地や田畑に大量の水が流れ込むことになります。

平成23(2011)年3月11日の東日本大震災の際に、福島県須賀川市の藤沼湖(藤沼ダム)が決壊しました。これは戦後に完成した150万tの大きなため池です。愛媛県内では例えば西予市宇和町に関地池がありますが100万t規模です。その1.5倍のため池が地震で決壊したのです。その水は下流に流れ、須賀川市内で死者、行方不明者が8人出て、市の文化財収蔵庫も流され、歴史資料が被災しています。

愛媛県内でも平成17(2005)年3月に伊予市稲荷の「八幡池」が決壊し、1万3千㎡の農地被害、24棟の浸水被害が出たことがありました。水が出る樋部分の施工不良が原因であると愛媛県原因調査検討委員会では結論づけましたが、その4年前の芸予地震の影響を指摘する見方もあります。底が決壊して直径3mの穴があき、そこから水があふれ出て、池から約1km地点まで浸水しました。また平成9(1997)年には松山市畑寺町のため池「宝谷池」も決壊した事があります。最近では平成28(2016)年6月の大雨のよって西予市宇和町大江の「フケ下池」が決壊し、住民に避難指示が出たこともありました。

ため池決壊は地震、大雨によって引き起こされますが、高齢化や担い手不足によって日常管理が行き届かない所も今後増えてくると予想されます。今後30年、50年を考えると、ため池防災は、愛媛県の地域的特性の一つであり、喫緊の課題といえるでしょう。