2017 年 11 月 12 日 のアーカイブ

「高虎と嘉明」紀行13 -津城-

11月 12日 日曜日

高虎は、関ヶ原合戦の後に20万石の大名になりましたが、その8年後の慶長13(1608)年、13年間の伊予統治を終え、伊賀・伊勢へと国替になります。
本城に定めたのは、伊勢の津城でした。それまでの津城主は富田信高で、板島城に入ることとなった富田と入れ替わるように高虎は津へ入りました。

津城

津は、古くから安濃津と呼ばれる伊勢湾の主要港湾で、津城は平野部の海岸近くに築かれた平城です。高虎は、伊勢に入ると津城に大改修を加え、城下町を整備しました。
四角形の本丸の東西に東之丸・西之丸を付け、これを内堀が囲み、その周囲にやはり四角形に近い形で二之丸が設けられ、さらに外堀が取り巻くという、直角・直線を基調に海岸部の平野に作られた平城という意味で、今治城を連想させます。

また、城を中心に西側方面に武家屋敷地を設けるとともに、伊勢街道が通る東側には町屋を作りました。
この伊勢街道を南へ向かい岩田川にかかる岩田橋を渡った現在の岩田地区には、かつて「伊予町」「久留島」といった伊予ゆかりの町名がありました。高虎が国替の際、伊予から同行した人々が住んだことに由来するといわれます。

現在、津城は本丸付近を残して公園として整備され、入ると唐冠形兜をかぶる高虎の騎馬像が出迎えてくれます。特別展では、この「唐冠形兜」の実物を展示しています。
城跡には、江戸時代からの城郭建築物は残りませんが、本丸付近の石垣と堀の一部によって往時を偲ぶことができます。

高虎像

この津城を本城に、高虎の子孫たちは津藩主藤堂家として明治維新までこの地を治めました。

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