テーマ展紹介-2

6月 20日 日曜日

木村剛朗氏と考古学「木村氏の考古学研究(1)遺跡踏査」

  木村氏の考古学研究の大きな成果の一つとして、西南四国地域を隈なく歩き(踏査)、多くの遺物を表面採集し、新たな遺跡を発見したことがあげられます。著書『幡多のあけぼの』(1992年)「遺跡探しのコツ 地図でまず下調べ」には次のように記されています。

  「縄文の遺跡を見付けるのは、一般に難しいと思われがちであるが、ポイントさえつかめば簡単である。ただ、それにはある程度の訓練と勘が必要である。まず遺跡のありそうな所を地図の中から探すことから始める。(中略)その中から河川流域と海岸に発達する舌状または扇状に開けた段丘地をマークすればよい。できるだけ南向きで日当たりのよい地形を選び、中でも大規模な段丘地であれば遺跡発見の確率がより高い。(中略)もちろん、これらのことは縄文人が生活するうえで求めたところである。(中略)遺跡探しも、地図上で想像していたことが現地に行ってみれば大きく異なることも時々あり、地図に表現されてない所で、現地で素晴らしい地形をしている所も見られる。こういう所は、大体に小規模の段丘となっている(後略)。」

  木村氏が踏査で確認した遺跡数を正確に数えることはできませんが、著書に紹介された遺跡数では、『高知県梼原の縄文遺跡と遺物』(1978年)4ヶ所、『姫島産黒曜石の交易』(1978年)15ヶ所、『四国西南旧石器・縄文期の新発見遺跡と遺物』(1979年)6ヶ所、『四万十川流域の縄文文化研究』(1987年)49ヶ所、『四国西南沿海部の先史文化』(1995年)63ヶ所、『南四国の後期旧石器文化研究』(2003年)38ヶ所を数えます。

遺跡踏査の様子(四万十市平野にて 多田仁氏撮影)