テーマ展紹介-4

2010年6月25日

木村剛朗氏と考古学「木村氏の考古学研究(3)実験考古学」

  木村氏の考古学研究の成果の一つとして「実験考古学」の先駆的業績があります。著書『幡多のあけぼの』(1992年)では「私は縄文人-石器を作って試す」として、次のように記されています。

  「子供のころより、あちこちの遺跡を訪れ、随分と土器や石器を拾い集めた。(中略)採集した石器は、丁寧に水洗し、全体を入念に観察するのである。(中略)打ち欠きによって作られた打製石斧は、荒々しい大きな剥離痕を全面にとどめ力強く迫力を持っている。土掘り具として作られたこの打製石斧は、さすがに土を掘りやすくするために刃部は幅広く薄身に加工されていた。と石で研いで作られた磨製石斧は、樹木の伐採や木工具として使用されたもので、特に刃先は鋭利に作られている。槌として用いられたたたき石には、ちゃんと使った跡がアバタ状となって残され、長い間使い込まれたものは石の面が擦り減って変形していた。

 拾い集めた遺物を観察しているうち、縄文人がどのように使っていたのか、そして本当にこれで役立っただろうかと疑問がわいてきた。よし、自分で石器を作って使ってみたら分かるだろうと、それを実行してみた。(中略)まず打製石斧を作ることから始めた。四万十川から黒色の質の硬い石を拾ってきて石の槌で打ち割り形を整えた。これは意外と簡単にできたし、完成品は実物とほとんど見分けがつかないほどの出来栄えだった。早速、木の柄に付けて土を掘ってみた。土はおもしろいほど、幾らでも掘れた。(中略)

 次は、磨製石斧で木を切ってみた。実験用として作った石斧の石質は、蛇紋岩と頁岩である。森に入って立木を探し、大人の太ももくらいのカシの木を見つけ、その木に力を込めて斧を振り下ろした。(中略)粘りのある蛇紋岩の石斧は、いくら力を入れて振り下ろしても折れることはなかった。(中略)

実験考古学を試みたことで、私は石器を見る目が一段と変わった。石器に残された加工痕や、全体の形、滑らかに擦り減った使用痕など見詰めていると、縄文人の気持ちと心が何となく分かるようになってきた。私は、もう平成の縄文人になったようだ。」

 木村氏が実験用に製作した石斧(打製石斧・磨製石斧)2点が現存しています。実験考古学に関する論文は、1970年から72年にかけて、5本の論文を執筆されています。

 木村氏が復元した打製石斧と磨製石斧(手前)(高知県立歴史民俗資料館蔵)