「大型器台とマツリ」テーマ展「大型器台とその時代」展示資料から④

12月 8日 金曜日

北井門遺跡のマツリの情景(イラスト:藤川由依氏 監修:柴田昌児氏)


今回は「大型器台とマツリ」についての解説です。

■集落における儀礼(マツリ)
近年の発掘調査にて、集落遺跡での大型器台の出土事例が増加しています。松山市北井門(きたいど)遺跡2次・3次調査での出土資料は、集落(ムラ)での儀礼(マツリ)を復元できる良好な資料です。
 流路(りゅうろ)(SR-1)では、大型器台を中心に大量の後期弥生土器が廃棄された状態で見つかっています。その出土状況からいくつかの廃棄単位が想定されています。この廃棄単位は居住領域の縁辺に当たる流路付近で、大型器台を使ったマツリが行われ、祭式に使われた土器群がまとめて廃棄された時の状況である可能性が考えられます。
 流路のほとりで行われたマツリは、大型器台が祭壇に置かれ、その周囲にはお供え物を入れる容器や儀礼に使った土器が置かれ,呪術者(シャーマン)が儀礼を行った後に、これらの大型器台や容器、祭祀具はまとめて流路に廃棄されたのでしょう。

北井門遺跡2次調査出土遺物

■墓地における儀礼(マツリ)
 伊予では、約30遺跡で大型器台が確認されていますが、墳墓(墓地)で確認されている事例は松山市土壇原北(どんだばらきた)遺跡と隣接する土壇原Ⅵ遺跡のみです。周辺の地域では、周防(すおう)、豊後(ぶんご)、安芸(あき)などで数例、墳墓で大型器台が出土しています。
 松山市土壇原北遺跡では、昭和50年代初めに大型器台とともに器台(きだい)、高坏(たかつき)、壺(つぼ)、甕(かめ)が土壙(どこう)状の遺構(?)から発見され、その後、隣接する土壇原Ⅵ遺跡の発掘調査では、約50基の土壙墓群が検出されました。なお、同Ⅵ遺跡では、4個体の大型器台が確認されており、墓地での埋葬の儀礼(マツリ)において、大型器台が用いられたことがうかがえます。
 豊後の大分市丹生川坂ノ市条里跡(さかのいちじょうりあと)第13次調査では、土器棺墓(どきかんぼ)3基、土壙墓(どこうぼ)8基、石棺墓(せっかんぼ)6基から成る墓地にて大型器台が確認されています。
 伊予(いよ)と豊後(ぶんご)で確認されている墓は特定の個人墓ではなく、集団墓であることが特徴です。

松山市土壇原Ⅵ遺跡土壙墓群の配置復元図(愛媛県埋蔵文化財センター提供)


松山市土壇原Ⅵ遺跡出土土器

なお、今回の展示の記念イベントとして、12月16日(土)に大分市教育委員会の坪根伸也氏をお招きして、愛媛大学名誉教授下條信行氏、愛媛県埋蔵文化財センターの松村さを里氏の三者による鼎談会(講演会(愛媛・大分交流講座))を開催いたします。多くの皆様にご参加いただければ幸いです。