「大型器台の分布圏」テーマ展「大型器台とその時代」展示資料から⑤

12月 9日 土曜日

西部瀬戸内に広がる大型器台(松村さを里氏作成協力)


今回は「大型器台の分布圏」についての解説です。

■大型器台の分布
 松山平野で成立した大型器台は弥生時代後期後半から古墳時代初頭にかけて(約1800年前)、周防(すおう)、豊後(ぶんご)、豊前(ぶせん)といった西部瀬戸内地域を中心に、日向(ひゅうが)、肥前(ひぜん)、土佐(とさ)、讃岐(さぬき)にも分布しています。   
県内では、南予地域の宇和盆地で松山平野の大型器台の影響を受けた資料が西予市宇和町坪栗(つぼくり)遺跡、同永長上塚田(ながおさかみつかた)遺跡において確認されています。
 伊予灘(いよなだ)、周防灘(すおうなだ)を挟んだ周防では、伊予からの影響を受けた器台が出現しています。周南市天王(てんおう)遺跡17号住居跡出土資料と同岡山(おかやま)遺跡1号台状墓周溝内出土資料は、小型でエンタシス状の胴部も細く、円形透(す)かしも小さいものです。
 豊後(ぶんご)水道を挟んだ豊後では、別府(べっぷ)湾沿岸で多く分布しています。器形は伊予と類似していますが、突帯を加え、赤色顔料を塗布するなど独特の加飾性を付加しています。
 
四国山地によって隔てられる土佐では、弥生時代終末~古墳時代初頭にかけて(約1800年前)の資料が土佐市居徳(いとく)遺跡で確認されています。口縁部の伸びは伊予出土資料ほど大きくないが、法量は松山市土壇原北遺跡の資料に類似しています。
 西部瀬戸内の外側の肥前では、みやき町原古賀(はらこが)遺跡の溝(SD107)で弥生時代終末~古墳時代初頭にかけて(約1800年前)の資料が確認されています。綾杉(あやすぎ)文などの施文は松山市福音(ふくおん)小学校構内遺跡出土資料と類似しています。
 このように大型器台の分布圏は西部瀬戸内の文化圏を示していると考えられます。

西予市宇和町坪栗遺跡出土大型器台・器台(西予市教育委員会蔵)

なお、今回の展示の記念イベントとして、12月16日(土)に大分市教育委員会の坪根伸也氏をお招きして、愛媛大学名誉教授下條信行氏、愛媛県埋蔵文化財センターの松村さを里氏の三者による鼎談会(講演会(愛媛・大分交流講座))を開催いたします。多くの皆様にご参加いただければ幸いです。