「大型器台のその後」テーマ展「大型器台とその時代」展示資料から⑥

12月 12日 火曜日

瀬戸内東西の器台の中心地域(松村さを里氏作成協力)

最終回は「大型器台のその後」についての解説です。

■伊予型特殊器台の創出
 伊予型特殊器台は、今治市大西町に所在する初期(約1800年前)の前方後円墳、妙見山(みょうけんさん)1号墳の墳丘から発見されたもので、2008年、下條信行氏によって命名・提唱されました。現在のところ他に類例はなく、同古墳で創出されたとものと考えてられます。
 伊予型特殊器台は、西部瀬戸内(せいぶせとうち)で盛行(せいこう)した弥生大型器台の型式を継承(けいしょう)したものではあるが、新しい古墳時代の特徴もあわせ持っています。
 全体的なプロポーションがやや寸胴(ずんどう)ではあるが、口縁部(こうえんぶ)と裾部(すそぶ)が大きく開く筒形の形態は、大型器台から受け継いだ最大の特徴です。
新時代の要素としては、畿内系二重口縁壺(きないけいにじゅうこうえんつぼ)とセットで使用されることの外、口縁部・胴部・裾部を区別する突帯(とったい)による段の表現、胴部の長方形(ちょうほうけい)・巴形(ともえがた)・三角形(さんかっけい)の透(す)かし孔(あな)や、胴部全体への施文(せもん)の充実などが挙げられますが、胴部文様の綾杉文(あやすぎもん)や孤帯文(こたいもん)などの分析から、この文様もまた在来の大型器台から発展したものと考えられています。
伊予型特殊器台の新旧の時代要素が複合する様は、西部瀬戸内地域の個性豊かな初期古墳の成立事情を深めるため注目されます。

今治市大西町妙見山1号墳出土伊予型特殊器台・二重口縁壺(今治市教育委員会提供)

■埴輪の時代へ
 弥生時代後期から終末期(約2000年前~約1800年前)の中部瀬戸内(ちゅうぶせとうち)(特に吉備(きび))とそれ以東の地域では、器高1m前後、径30~40㎝の太い筒部の上下に口縁部と脚部が付いた「特殊器台(とくしゅきだい)」が墳墓祭祀(ふんぼさいし)に用いられ、それが、特殊器台形埴輪、円筒(えんとう)埴輪に発展したと考えられています。
 伊予において円筒埴輪が最初に用いられるのは、今治市相の谷(あいのたに)1号墳です。全長約81mの前方後円墳の墳丘の西側のみしか調査されていませんが、円筒埴輪の他に、朝顔形(あさがおがた)埴輪、壺形(つぼがた)埴輪が確認されています。
 古墳時代前期後半以降、埴輪が古墳の外表施設(がいひょうしせつ)として配置されるようになり、大型器台とその系譜にある伊予型特殊器台はその役割を終えることとなります。

今治市相の谷1号墳出土円筒埴輪・壺形埴輪

なお、今回の展示の記念イベントとして、12月16日(土)に大分市教育委員会の坪根伸也氏をお招きして、愛媛大学名誉教授下條信行氏、愛媛県埋蔵文化財センターの松村さを里氏の三者による鼎談会(講演会(愛媛・大分交流講座))を開催いたします。多くの皆様にご参加いただければ幸いです。