展示予告「戦国南予風雲録」-戦国武将ゆかりの刀剣類-

2007年10月3日

 南予地域にも武将ゆかりの刀剣類がいくつか伝来しており、今回そのうち7点を展示します。しかもそのうちいくつかは、室町・戦国時代という中世後期の作の可能性があることが、このほどの調査で判明しました。ここでは4点を紹介します。


薙刀 銘 守家(伝岩本将監奉納)(西予市城川歴史民俗資料館蔵)

 北之川(西予市城川町)の領主紀氏に仕えた、猿ケ滝城主(大洲市肱川町)岩本将監が、春日神社(西予市城川町)に奉納したと伝わる薙刀。(一説には紀氏自身が奉納したともいう)銘「守家」は、備前の刀工が有名ですが、作風が異なるようで、それとは違うと思われます。反りが少なく先端の膨らみが少ないのは鎌倉~南北朝期によく見られる特徴のようですが、刃文や茎(なかご)の錆色は当時のものではないようにも見えます。これらを考え合わせると、鎌倉~南北朝期に作れらたものを後世に再度鍛え直した可能性もありますが、詳細は不明です。


刀 銘 備州長船祐定 永正十六年吉日(久保家伝来)(個人蔵・当館保管)
             
 滝山城(大洲市長浜町)の城主であった久保氏の子孫のもとに伝わった刀。永正16(1519)年の年記銘が入れられています。銘「祐定」は記録上では多数人存在し、個人銘としてのみでなくある種工房銘のように使用されるようになり、大量生産もされたようです。本資料はどうやら個人銘で作刀した作風というよりは、大量生産的に作り、銘は工房銘として入れたものの部類に属するようです。


短刀 銘 國宗(伝土居清良所用)(宇和島市教育委員会蔵)

 土居清良の子孫のもとに伝来した武具類の一つ。清良所用として伝わる短刀。銘「国宗」は各時代・各流派にその名を見ることができ、備前「国宗」や大和宇多派「国宗」が有名だが、それらとは作風が異なるようです。作風から室町末期(戦国末期)作の可能性があるが詳細は定かではありません。


脇差 銘 正宗(伝大野直之所用)(個人蔵)

 大野直之所用と伝わる脇差で、喜多郡山鳥坂村庄屋家に伝来しました。「大洲旧記」にも本資料と思われる刀を同村庄屋が所持したことを記しています。伝承では、落延びて最期を迎える際に所持していたものを、山鳥坂村庄屋が代々所持し供養したものといわれています。刀身にはもともと梵字と剣が彫り込まれていたようで、その痕跡を残しています。銘「正宗」は、相模や大和に刀工がいたが、その作例とは異なるようです。

伝承もさることながら、中世にまで遡ると推定される刀剣類が、実はまだ南予には残されていたのですね。