村上節太郎写真15 頭上運搬する女性2 昭和20年代

5月 25日 金曜日

村上節太郎写真7-509
 女性の頭上運搬を真正面から取り上げた研究書としては、民俗学者、瀬川清子の『販女(ひさぎめ)』(三国書房、昭和18年)があげられる。瀬川はその本の序文に、当時販女の姿が急速に消え去ろうとしているとし、販女を通して婦人が家のため、社会の文化のために果たしてきた、大きな役割を認識したいと研究のねらいを書き記している。
 瀬川が愛媛県の中で頭上運搬の事例としてあげているのは、越智郡宮窪村、越智郡魚島村、今治の大浜、松前町のオタタサンの四つ。このうち魚島村について瀬川は次のように記している。

(引用文)
 同(越智)郡魚島村は男漁女耕で船乗りはいない。土地が狭く、山が急で、その山がことごとく畑であるからどうしてもカベル必要がある。弓削島から嫁にきた者は、はじめよわったが、いつかはみなカベルようになった。女学校を出た娘でもやはりいつかカベル。そうせぬと他の女たちから非難されるからである。以前は12,3歳になるとカベラせ、大人は四斗俵ぐらいはカベル。氏神祭には娘仲間が水をカベッて山の神社にゆき、神輿を洗う。カベルには丸いワを頭にあげてカベル。女のワカナカに草をからすと、20貫は普通であるが、30貫カヅクのを常とした。

 頭に荷物をのせた上に、肥桶を振り分けにして運んでいる女性など、村上節太郎は魚島の頭上運搬の様子を写真に記録しているが、瀬川の文章を読むと村上の写真の背景にあるものが見事に浮かび上がってくる。