2008年11月13日

県民館跡地出土珉平焼小皿(愛媛県教育委員会蔵)
黄色の釉薬が掛かった、派手なやきものです。
これは、現在の兵庫県淡路島で焼成された珉平焼の小皿で、幕末の製品と考えられます。中国風のやきもので、見込みには、龍の文様が陽刻されています。本来の形は小判形をしています。同じような器形で、緑色の小皿も作られています。松山藩の三之丸に住んでいた武士たちも使っていたことがわかります。ほかにも松山藩筆頭家老の屋敷跡でも黄色と緑色の小皿の破片が見つかっています。
特別展では、民家に伝わった黄色と緑色の小判皿も一緒に展示していますので、鮮やかなやきものをお楽しみください。
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2008年11月12日

県民館跡地出土華南三彩壺片(愛媛県教育委員会蔵)
これは、壺の底部に近い部分の破片です。緑色、茶色、黄色の釉薬が掛けられた、大変カラフルなやきものです。中国の南部地方で16世紀末から17世紀代に焼成されたと考えられています。
このようなやきものは、中世末から日本に輸入されていました。茶道具や座敷飾りなどとして使用されたと考えられます。大友氏の府内城下町でも出土事例があり、国内の寺院にも完形の伝世品の壺が数例あります。松山城三之丸でも破片が見つかっていることから、松山藩の武士たちも所有していたことがわかります。当時の人々にとって、新鮮な色彩だったのではないのでしょうか?
破片になってしまっているので形や大きさが想像できませんので、展示室では当館所蔵の華南三彩五耳壺を一緒に展示しています。あわせてご覧ください。
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2008年11月11日

番町遺跡2次出土漆器碗(愛媛県教育委員会蔵)
遺跡から木製品はみつかることは稀です。この遺跡が低湿地であったために残りました。これは、表に黒漆を塗り、中に赤漆を塗った木製の漆碗です。表には丸に蔦の家紋が書かれています。出土品は地中で腐らないやきものが多いのですが、江戸時代には漆碗も多数使用されていました。
番町遺跡2次は、松山藩家老の屋敷跡で、松山城の麓に位置し、2006年に(財)愛媛県埋蔵文化財調査センターによって調査された近世遺跡です。
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2008年11月10日

県民館跡地((財)愛媛県埋蔵文化財調査センター提供)
県民館跡地は、松山の中心部、松山城堀之内に所在します。愛媛県美術館を建設するにあたり、1996年に(財)愛媛県埋蔵文化財調査センターにより、県内で初めて本格的に調査された近世遺跡です。調査では、南北や東西の道路跡や、幕末期には11軒分の中級から上級の武家屋敷が見つかっています。
出土遺物も1000箱を超えるコンテナを数え、16世紀後半から19世紀前半の資料があります。今回の特別展では、県民館跡出土資料を中心に松山藩の武士たちの暮らしのさまざまな道具を紹介しています。
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2008年11月9日

西条藩上屋敷出土南紀男山焼碗(青山学院大学蔵)
伊予西条藩の江戸上屋敷は、現在の東京渋谷にある青山学院大学にありました。敷地内で部分的に発掘調査が行われています。その資料の一部を、今回の特別展ではお借りしています。愛媛県で初公開の資料です。
細かい花唐草が全面に描かれた、美しい染付の碗です。高台には染付で「南紀男山」と書かれています。これは、現在の和歌山県に所在した、紀州藩の藩窯であった南紀男山焼の製品で、19世紀前半の資料です。なぜ西条藩邸で、このような資料がみつかっているのでしょうか?伊予西条藩松平家は、紀州徳川家の一門です。出土遺物からもつながりをうかがい知ることができます。
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2008年11月8日

宇和島藩上屋敷出土卸金(東京都教育委員会蔵)
これは、金属の銅でできた卸金です。表面には目もたててあり、今とまったくかわらない形をしています。これを用いて、大根などをすって大根おろしを作り、お刺身を食したのでしょうか?浮世絵にも刺身が盛られた大皿の横で、大根をすっている姿が描かれています。
江戸時代には、金属は不要になったらリサイクルするため回収されていましたので、この卸金は、その間もなく廃棄されてしまったのでしょう。なお、愛媛県内の遺跡では目の粗い、やきものの卸金が見つかっていますが、金属製にくらべてどうだったのでしょうか。
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2008年11月7日

宇和島藩上屋敷出土温石(東京都教育委員会蔵)
これは、大きさ7.1cm、幅5.2cm、厚さ1.6cm、重さは105gを測る石です。表面には、「賀藤 小西」の文字、裏側には梅樹の文様が描かれています。上には穴があけられています。これは、一体なんでしょう?
温石と呼ばれる、石製のカイロです。暖をとるため、温めた石を布に包んで使用されました。表面の名まえは、持ち主でしょうか?宇和島藩江戸藩邸に住んでいた武士が、江戸時代になんらかのきっかけで落としてしまったのでしょうか。
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2008年11月6日

宇和島藩上屋敷出土徳利(東京都教育委員会蔵)
これは、主に酒を入れるための、やきものの徳利です。江戸後期の風俗誌『守貞漫稿』には、貧乏徳利と紹介されています。胴部には酒屋の屋号が釘書きされています。本資料は瀬戸美濃産のやきもので、宇和島藩の上屋敷では大量に見つかっていますが、伊予では見つかっていません。江戸屋敷には、たくさんの武士たちが居住していました。単身赴任者も多く、酒を飲んで騒いでいた様子が想像されます。
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2008年11月5日

宇和島藩上屋敷出土鯉形花器(東京都教育委員会蔵)
これはやきものでできた鯉です。ちゃんと目も口ヒゲもあり、鱗も一枚一枚浮き彫りに表現されています。鱗には、ところどころ金彩が残っており、当初は金泥で光輝いていたのでしょう。
これは、置物でしょうか?実は花器なのです。胴部が空洞になっており、口が大きく開いています。下側のおなかには穴があり、壁に掛けられるようになっています。壁掛け用花器と考えられます。鯉の滝登りをイメージしているのでしょうか?花を活けて江戸屋敷を華やかに飾ったことが想像されます。
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2008年11月3日

宇和島藩上屋敷出土陶磁器(東京都教育委員会蔵)
江戸時代の大名屋敷には、多数の地下室が掘られています。写真は、宇和島藩上屋敷の一つの地下室から見つかった大量の出土遺物です。組み物の陶磁器や金属製品など、さまざまな種類の製品を見ることができます。地下室に大切に保管されていた品々が火災や災害に遭い、18世紀末~19世紀初頭に、そのまま放棄されたようです。これらの資料は、当時の人々が、どんなものを所有していたかを今の私たちに伝えてくれます。
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