デジタルアーカイブがラジオで紹介

2021年5月14日

「絵図・絵巻デジタルアーカイブ」が、南海放送ラジオの5月8日12時からの「坂の上のラジオ」で紹介されました。その放送内容の一部がブログに掲載されています。

坂の上のラジオ 読むラジオ(外部リンク)

番組では、デジタルアーカイブのつくった経緯をはじめ、デジタル技術の進歩、オススメの古地図などについて話しました。私の話しだけで古地図の魅力がどこまで伝えることができたのかわかりませんが、デジタルアーカイブを多くの人に知っていただく機会となりました。 radiko(ラジコ)のタイムフリーで過去1週間以内の番組は聴くことができます。パソコンでデジタルアーカイブ見ながら、ぜひお聴きください。

デジタルアーカイブのツボ2 伊予国絵図 寛永図(その2)

2021年5月5日

前回は「伊予国絵図 寛永図」について、景観年代とともに、描かれた伊予の形に着目して紹介しました。今回はデジタルアーカイブの細部まで拡大して見ることができるという特徴を生かして、細かい表現を追ってみましょう。

まずは大名の本拠地である城の描写から。本図よりも若干景観年代が古い東京大学附属図書館の寛永伊予国絵図(南葵文庫本)では、松山城、今治城、宇和島城、大津城(大洲城)の4つの城が姿図として描かれています。それに対して、本図では松山城、今治城、宇和島城の3つの城が姿図ではなく、簡略化して四角の枠内に文字だけで表現され、残りの大洲城だけが姿図になっています。

大洲城部分(伊予国絵図 寛永図)

大洲城の部分をズームしてみます。南葵文庫本では旧名の「大津城」となっていますが、本図では加藤家が藩主となって以降に定着した「大洲城」が使われています。また、大洲城の姿図自体も、南葵文庫本が横からの視点で城を描くのに対して、本図では上空から鳥瞰して描かれているという違いがあります。大洲城の近くでは肱川が蛇行していて、川沿いの岩山の上に天守が見えます。天守の周囲には内堀が巡らされています。内堀の右側、「大洲城」の文字のすぐ左に幅の大きな堀が見えますが、これは外堀の表現と思われます。外堀沿いの上側に小さく描かれるのが東御門、下側に大きく櫓門のように描かれるのが西御門と判断できます。内堀の左側には塀が連なり、隅の2カ所に櫓が配置されています。

正保大洲城絵図(部分) 国立公文書館蔵

小さなスペースに城を描き込んでいるため、あまりにもアバウトな描き方ですが、でもこの城の表現はどこかで見たような…。正保元年(1644)に幕府が諸藩に命じて作製させた正保大洲城絵図が国立公文書館に伝わっていますが、それと見比べるとやはり類似しています。あるいは本図を描いた人は、正保城絵図の描写が頭の中にあり、寛永伊予国絵図をもとに本図を作製する際に、その情報を新たに描き加えたのかもしれません。このように原図があっても、江戸時代の絵図は、作製された時代にあわせてバージョンアップが繰り返されていきます。いくつかの時代の絵図を集めてみて、変化した部分を見つけていく。そのような絵図の楽しみ方もありそうです。

デジタルアーカイブのツボ1 伊予国絵図 寛永図(その1)

2021年5月1日

愛媛県歴史文化博物館では、収蔵する絵図(古地図)、絵巻の高解像度のデジタルデータをインターネットで閲覧できるサービス「絵図・絵巻デジタルアーカイブ」の公開を始めました。長辺が5m近くの大型の絵図でも、細部まで画像を拡大して見ることができます。ただ、なかには絵図や絵巻のどこを見ればいいのかわからないという方もいるかもしれません。この連載では、デジタルアーカイブ初心者のために、見るポイントのようなものを紹介していきます。名づけて「デジタルアーカイブのツボ」。最初に、愛媛の全体が描かれた「伊予国絵図 寛永図」から取り上げます。

伊予国絵図 寛永図(全体)

本図の原形になっているのは、寛永国絵図と思われます。寛永10年(1633)、江戸幕府の諸国巡検使が全国に派遣されていますが、その際に作製された一国ごとの絵図が、寛永国絵図とされています。この寛永伊予国絵図は、写しが東京大学附属図書館の南葵文庫などに残されていますが、それらには余白部分に絵図が作製された当時伊予を治めていた宇和島藩の伊達秀宗、大洲藩の加藤泰興、今治藩の藤堂高吉、松山藩の蒲生忠知(ただとも)の4人の名前が記されています。一方で本図の余白には8人の大名の名前が記されており、伊予八藩が成立した寛文10年(1670)以降の状況を描いているようにも見えます。

そこでもう一度、原点に立ち返って、絵図の中身を観察します。本図には、伊予全体に村々が点在して描かれています。それらの村は、楕円形の村形の中に村名が墨書され、さまざまな色に塗り分けられています。色は大名の所領ごとに決まっており、松山藩松平家が黄色、今治藩松平家が赤色、大洲藩加藤家が青色、新谷藩加藤家が今治藩と同じ赤色、宇和島藩伊達家が橙色に塗られているようです。寛永伊予国絵図が作製された直後、松山藩主蒲生忠知が急逝、忠知の大洲藩主加藤泰興が、自らの風早郡内、桑村郡内の領地と松山藩領であった伊予郡内、浮穴郡内の領地の交換を幕府に願い出て、許可されています。これを替地(かえち)といいますが、本図は蒲生家が伊予を去り、替地が行われた後の状況が描かれています。蒲生忠知の所領は、伊予の東側、宇摩郡・新居郡・周布郡にもありましたが、本図ではこれらの村々の村形がいずれも白色に塗られています。これらの地域は、寛永13年に一柳直盛の所領となりますが、直盛が赴任途中の大坂で死去したため、直重・直頼・直照の3人に分与されます。そのことから、本図は伊予東側の3つの郡に一柳氏の所領が展開していた時代の状況を描いたものといえそうです。つまり、本図は寛永伊予国絵図をそっくりそのまま写したものではなく、その直後の変化も反映していることになります。

ややこしい話はこれぐらいにして、絵図に描かれた伊予の形を見てみましょう。一番の特徴は、本来は南西に向けて伸びる佐田岬が南に垂れ下がっていることです。江戸時代の人が佐田岬をこのように認識していたというよりは、限られた紙面に伊予の姿をコンパクトに収めるための工夫だったのかもしれません。南部のリアス海岸も、異様なほど屈曲が激しく、複雑な伊予の姿を何とか捉えたいという作製者の強い意志がうかがえます。現在の愛媛県地図と比べると、伊予の形を大まかにはつかんでいるものの、細部ではデフォルメが目立ちます。整った近代的な測量図とは異なる、江戸時代の絵図の主観図としての面白さをまずは感じていただけたらと思います。

デジタルアーカイブの公開

2021年4月3日

愛媛県歴史文化博物館では、平成6年11月の開館以来、伊予・愛媛県に関係する史料の収集・整理・保存活動をおこなってきました。当館がこれまでに収蔵した史料の中から、絵図(古地図)、絵巻などをデジタル化して記録保存し、それらをインターネット上で公開する画像閲覧サービス「絵図・絵巻デジタルアーカイブ」を3月31日から開始しました。本サイトでは、高解像度のデジタルデータを活用することで、大きな絵図であっても、利用者が細部まで観察することができます。

https://ehime-archive.iri-project.org/

≪絵図(古地図)≫

江戸幕府が伊予の大名に命じて作製させた伊予国絵図をはじめ、松山城や宇和島城の城下絵図、江戸時代の四国遍路のルートが細かく描かれた絵図など、多彩な絵図を紹介します。なかでも、元禄時代の松山城下町が鳥の目線で詳細に描かれた松山城下図屏風はオススメ。城郭・武家屋敷・町屋・寺社などの細密描写を見ていると、江戸時代の城下町にタイムスリップしたような感覚が楽しめます。

国絵図/藩領絵図/城絵図/村浦絵図/海岸絵図/裁許絵図/温泉絵図/遍路絵図 / 金毘羅絵図/その他の絵図

松山城下図屏風の画面

≪絵巻≫

当館がこれまで収集してきた「後三年合戦絵巻」、「酒飯論絵巻」など、全国的にも有名な絵巻の模本のほか、江戸時代の交通の大動脈であった瀬戸内海航路が描かれた絵巻4点を公開します。その他、別子銅山の採掘や精錬の様子を描いた絵巻や愛媛県指定無形民俗文化財の吉田(宇和島市)の秋祭りのお練りを描いた絵巻など、伊予ゆかりの絵巻も紹介します。

別子鉱山図巻の画面

新型コロナウィルスの感染予防のため、「おうち時間」が増えるなか、博物館資料でお楽しみください。

「れきハコ」に「平和学習支援資料」加わる!

2021年3月21日

 当館では「弥生のくらしパック」など学習教材キットを「れきハコ」として学校などへ貸し出しています。この度、昨年開催したテーマ展「戦後75年 伝えたい10代の記憶」の成果を活かして、新たに「平和学習支援資料」を加えましたのでお知らせします。  

 「平和学習支援資料」は、戦争体験者からの聞き取り調査を収録したDVDを中心に、以下の4点から構成しています。社会科や総合的な学習の時間(平和学習)などでご利用ください。このDVDを通じて、戦争の悲惨さと平和の大切さを伝える機会が広がれば幸いです。                                                                       

1.DVD「戦後75年 伝えたい10代の記憶」

・高島清さんと松山・三重海軍航空隊(22分)   

 松山海軍航空隊の空襲、特攻機「桜花」に搭乗するためのグライダー訓練、 8月15 日の終戦など     

・金田八重子さんと宇和島空襲(17分)

 戦時下の学校生活、5月10日の宇和島初空襲、戦後の平和活動など                                                                                                                                                

2.パンフレット「戦後75年 伝えたい10代の記憶」            

 先生方向けにDVDの内容を文章化したパンフレット。授業前にお読みいただくと、 DVDをわかりやすくご覧いただけます。 

3.【教員向け】「DVDのご利用について」   

 DVD の利用案内や出前授業のご案内を記載しています。

4.【児童・生徒向け】「平和学習シート」             

 DVDの内容をわかりやすく要約し、学習のポイントを記載しています。

※ ご利用の際は事前に博物館までご連絡ください。

※ なお、資料の貸し出しにかかる送料はご負担願います。  

       

DVDとパンフレット

                                                                                                                

第43番札所明石寺と大寶寺道体験ウォーキング実施しました

2021年3月1日

令和3年2月27日(土)、四国八十八箇所霊場第43番札所明石寺と大寶寺道体験ウォーキングが行われました。参加者は約50名。 最初に、当館のエントランスホールに集まり、開会式のあと、当館の常設展「密●空と海-内海清美展」を見学、そして現在開催中の特別展「明石寺と四国遍路」を観覧しました。

展示室では、明石寺所蔵の県指定有形文化財「絹本著色熊野曼荼羅図」(室町時代)、本尊千手観音像の眷属とされる二十八部衆、風神・雷神像(鎌倉時代)などの迫力ある仏像彫刻など、明石寺の絵画、彫刻、工芸、古文書などの文化財、四国遍路関係資料を間近に見ていただきました。

その後、歴博から白王権現(明石寺奥之院)を経由し明石寺までウォーキング(約1㎞)しました。

明石寺では明石清澄ご住職のご協力によって、本堂内を特別に拝観させていただきました。また、ご住職からは明石寺の歴史について、愛媛大学四国遍路・世界の巡礼研究センター長の胡光教授からは、愛媛の四国霊場の特色についてお話しがありました。

境内を散策した後は、明石寺から国重要伝統的建造物保存地区の卯之町中町までをウォーキング(約1㎞)しました。この道は国史跡の「伊予遍路道 大寶寺道」に指定されています。

 天気にも恵まれて、博物館の見学、遍路道ウォーキング、明石寺特別拝観、卯之町中町散策など、盛りだくさんのメニューでしたが、参加者からはとても充実した体験ウォーキングができて良かったとの感想を多くいただきました。

明石寺の寺宝を特別公開する特別展「明石寺と四国遍路」は3月14日(日)迄。とても貴重な機会なので是非ともお見逃し無いように。

『明石寺と四国遍路』展開幕!!

2021年2月16日

 

 2月11日(木)から『明石寺と四国遍路』展が開催されました。

 

 今回の展示では、近年の愛媛県教育委員会による四国八十八箇所霊場第43番源光山円手院明石寺(西予市宇和町明石)の文化財詳細調査の成果をもとに、当館の研究成果も交えて、明石寺所蔵の愛媛県指定有形文化財「絹本着色熊野曼荼羅図」(室町時代)をはじめ、寺外で初公開となる二十八部衆像と風神・雷神像(鎌倉時代)、観音経陰刻のある短刀(藤原国正銘)、境内の発掘調査出土品など、明石寺の絵画、彫刻、工芸、古文書などの文化財を一堂に会して特別に公開します。また近隣で出土した「蕨手刀」(7世紀末、西予市指定文化財)や四国遍路関係資料の展示を通じて、明石寺の歴史と四国遍路について紹介しています。

 

 明石寺の寺宝が見られるこの機会にぜひ、お越し下さい!

 

『明石寺と四国遍路』
会期  令和3年2月11日(木)~3月14日(日)
休館日 2月15日(月)、22日(月)、3月2日(火)、8日(月)

関連講座やワークショップの詳細については、こちら

 

大型器台安定台の完成

2020年12月18日
北井門遺跡出土大型器台

 7月に、松山市北井門遺跡2次調査出土大型器台(県指定有形文化財)2点の安定台製作のための型取り作業が当館で行われましたが、先日、完成、納品されましたので、ご報告します。

 この資料は県指定有形文化財になってから当館にて保管することになりました。今後、より良い状態で保管・展示するために、今回安定台(展示台)を製作することにしました。 関西地方の某社の工場にて製作された安定台はこのようなものです。

完成した安定台

 器台を載せると、このようになります。

安定台に載せた大型器台

 まだ、この安定台を使用して当館で公開する予定は立っていませんが、県外で初公開されることになるかもしれません。それまでしばらくお待ちください。

疫病退散展(12月9日~1月24日)

2020年12月8日
疫病退散展(愛媛県歴史文化博物館)

テーマ展「疫病退散―感染症の歴史と民俗―」が12月9日(水)に開幕します。

令和2年は新型コロナウィルスCOVID-19の感染拡大により、社会、経済等が多大な影響を受けた年でした。愛媛県歴史文化博物館では令和2年を締めくくる展示として本テーマ展を開催します。改めて日本における感染症(疫病)の歴史・文化を見つめ直す機会になればと思います。

会期は2020年12月9日(水)~2021年1月24日(日)。

【展示構成・資料】(1)古代の疫病 日本書紀(最古の疫病記録)、続日本紀(天然痘と藤原四兄弟)、万葉集(疫病と和歌)、日本三代実録(祟りと疫病、御霊会)、大鏡(藤原道長と疫病)、高野大師行状図画(空海と疫病)(2)近代の伝染病 明治・大正時代の流行病に関する海南新聞記事、流行病に関する愛媛県行政資料、スペインかぜに関する新聞記事(3)疫病と民俗行事 白澤(宇和島藩藩札、旅行用心集)、菊間の牛鬼、郷土玩具コレクション、疫病除けの呪い(新撰呪詛調法記大全)など約50点。

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文書展示室で等妙寺の秘仏「木造菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音)」初公開!

2020年12月2日
木造菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音)

 現在、文書展示室と考古展示室において、鬼北町と共催で「奈良山等妙寺の至宝と国史跡等妙寺旧境内展」と題したテーマ展を開催しています。
これは、等妙寺開基700年を記念し、現在の等妙寺に伝わる平安から江戸時代までの寺宝類を一堂に会して公開し、史跡の発掘調査等による調査成果と合わせて、西南四国最大の山岳霊場「奈良山」の実態に迫るというものです。
このうち、文書展示室では、奈良山等妙寺(鬼北町芝)以外では初公開の資料約50点を展示しています。
中でも写真の「木造菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音)」は、旧等妙寺御本尊とされ、宝暦5(1755)年に再建された観音堂(如意輪堂)内厨子に安置され、60年に一度の御開帳の秘仏とされています。
安政2(1855)年の「奈良山如意顕院等妙寺由緒」には、「延宝八庚申歳(1680)開帳有て大に群集せり」との記事が見え、江戸前期にも秘仏であったことが分かります。
その後、直近では平成5(1993)年に御開帳が行われましたので、本来であれば、次は令和35(2053)年に公開されるところ、今回、等妙寺開基700年を記念して特別に展示公開するものです。
現地を離れ、こうして一般に公開されるのは、まさに「史上初」です。展示期間は12月13日(日)までとなっていますので、ぜひともこの機会を見逃さないよう博物館まで足をお運びください。