愛媛県西条市にある四国八十八箇所霊場第63番密教山吉祥寺(みっきょうざん・きちじょうじ)は、四国八十八箇所霊場の中で唯一「毘沙門天」(同寺では「毘沙聞天」と記載)を本尊とする札所寺院です。毘沙門天は仏教における天部の仏神で、四天王の一尊で北方を守護する武神です。また、七福神の一人としても知られ、福徳を授ける神としても信仰されています。
四国遍路道中図の特徴の一つはイラスト風に描かれた八十八箇所霊場の札所の本尊が掲載されている点です。吉祥寺の本尊毘沙門天について、四国遍路道中図の大正6年(1917)の駸々堂版と昭和13年(1938)の渡部高太郎版で確認すると、毘沙門天の特徴である火焔光背(かえんこうはい)が象徴的に描かれています(写真①②、当館蔵)。


今回注目したいのは吉祥寺の見どころの一つである、境内にある成就石です(写真③)。

成就石について、昭和9年(1934)の安達忠一『同行二人 四国遍路たより』には「境内の成就石は、元黒瀬山の川にあって瀧津瀬の水に穿たれた穴石で、宝亀年中搬出されたものであります」と紹介されています。同年の『四国霊蹟写真大観』には「成就石 此穴石は幾千年の間瀧津瀬の落る水に穿たれたものにて、元黒瀬山の川にありしを宝亀年中当山に納めたもので今尚境内にあり。信者は信心を永く相続すれば必ず此穴の如く諸願成就する事を教へたもので、成就石と名づく。」と記載され、成就石の写真が掲載されています(写真④)。

昭和18年(1943)の宮尾しげを『画と文 四國遍路』には、「境内に穴のあいた石があつて、成就石と名づけられてある。建札の説明に曰く、此穴石は幾千年の間、瀧津瀬の落る水に穿たれしものにて、元黒瀬山の川にありしを宝亀年中当山に納め、信者は信心を永く相続すれば必ず此の穴の如く諸願成就するものなり。『この穴から向ふ覗いて、向ふがよう見えんと寿命長い事おまへん、と云ひ伝へてます』『ほんまか』『ほんまや』『わテ見える、寿命なかいぞ、あんた見えるか』『ハテ見えんが』『見えん筈やが、わてが、蓋してまんが』『あほうせんでおくれ、わテびつくりしたがナ、アヽよかたつ』」と記されています。
これらの戦前の案内記類によると、境内の説明書きに、成就石は黒瀬山の川にあったものが宝亀年中(770~781年)に当山に納められたと記されていたことがわかります。黒瀬山の川は石鎚山に源を発する加茂川(西条市)と推察されます。縁起によると吉祥寺の開基は弘仁年間(810~824年)と伝えられるため、それ以前の由来をもつ古い石と見なされます。
四字熟語に「点滴穿石」(てんてきせんせき。訓読みで「点滴石をも穿(うが)つ」があります。一滴一滴の小さな水滴でも、同じ位置に落ち続ければ、長い年月を経ていくうちには、固い石にも穴をあけるという意味から、小さい力でも積み重なれば強大な力になることの例えとして知られています。
吉祥寺の穴石は「点滴穿石」のように「信者は信心を永く相続すれば必ず此の穴の如く諸願成就するものなり」といわれ、いつしか「成就石」と呼ばれるようになったと推察されます。
成就石については、江戸時代の記録を確認すると、寛政12年(1800)の『四国遍禮(へんろ)名所図会』に収録する吉祥寺の境内図に、真ん中に穴が開いた自然石と見られるものが描かれていることが確認できますが、本文には記載されていません。成就石が彩色で描かれた史料として確認できるものとして、天保13年(1842)に日野和煦(にこてる)が編纂した伊予西條藩の地誌「西條誌」があります(当館蔵、写真⑤)。それによると、「穴石(庭上にあり、竪三尺三寸、横四尺、もと瀧壺にありて水に打れ、自然と穴あきたる也と云)」と記載され、当初は滝壺にあったもので、江戸時代後期には「穴石」と呼ばれていました。滝壺にあった珍しい「穴石」は、四国霊場の境内に安置されて、諸願成就の「成就石」へと変容したことがわかります。

さらに注目したいのは、遍路と成就石との関係です。前述の宮尾しげを『画と文 四國遍路』からは、穴を覗いて寿命を占う遍路の姿が読み取れ、新たに迷信的な要素も加わています。
昭和63年(1988)の平幡良雄『四国八十八ヵ所(下)』には、「ご本尊に参拝すると、遍路はかならず目をつぶり、願いごとを念じながら、金剛杖を下段にかまえて本堂前にある『成就石』に向かって歩き出す。そして石の穴に金剛杖が通れば願いごとが成就するのである。この大石は石鎚山系の滝つぼにあった緑泥片岩で穴は直径四十㌢あまり、いつのころか境内におかれ、毘沙聞天の信仰と合わせて、数かぎりない金剛杖のお相手をしてきたのである。」と紹介されています。筆者もかつて四国遍路で吉祥寺に立ち寄った際に、目をつぶって金剛杖を成就石の穴の中に通そうとしましたが難しかったことを記憶しています。
現在、四国霊場会の公式ホームページや『先達経典』(四国八十八ヶ所箇所霊場会、平成18年)によると、吉祥寺の見どころ紹介で「成就石=本堂の手前にある高さ一メートルほどの石で、中央下に径三〇~四〇センチの穴があり、金剛杖を通せば願いが叶えられるという」と記載されています。金剛杖は巡礼において手に持つ杖で、四国遍路では弘法大師そのものと信仰されています。
四国霊場の札所には本堂と大師堂以外にも様々な信仰と結びついた多くの見どころがあります。吉祥寺の成就石のように、時代と共にいろんな要素が加わり、遍路に受容されてきた見どころも、特色ある札所の歴史の一端を示したものといえます。




























