前回に続き、高知県土佐清水市の足摺岬にある四国八十八箇所霊場第38番蹉跎(さだ)山補陀落(ふだらく)院金剛福寺(こんごうふくじ)を例にして、観音信仰と補陀落渡海について紹介します。
四国八十八箇所霊場の本尊を種類別に見ると、第1位は薬師如来(23箇寺)ですが、第2位は千手観音菩薩(13箇寺)、第3位は十一面観音菩薩(11箇寺)です。そして、聖観音菩薩(4箇寺)、馬頭観音菩薩(1箇寺)を加えた観音菩薩系の本尊を祀る札所は29箇寺(阿波4箇寺、土佐4箇寺、伊予8箇寺、讃岐13箇寺)を数えます(写真①)。香川県内の札所の本尊は観音菩薩が多いことがわかります。本尊仏が多岐にわたる四国霊場の礼拝対象の中でも観音菩薩が多い理由は、『法華経』の観音経(普門品)に、観音菩薩は三十三身に変化して衆生を救済すると説かれており、その慈悲深い性格から、現世利益を求める信仰として広く親しまれたことによるものと考えられています。

金剛福寺について、元禄2年(1689)の寂本『四国徧礼霊場記』によると、「此寺大師以前より有て当山頭にありしを、勅を奉て大師今の所に堂社を立、勅願の所となれり。本尊千手千眼の大悲の像長六尺、二十八部衆囲饒せり。(中略)観音の霊場なれば補陀落を院号とす。」とあります。金剛福寺は古い霊場で勅願寺として弘法大師が堂社を建立して再興したこと、本尊の千手観音菩薩とその眷属(従者)の二十八部衆が祀られていること、観音霊場であることから「補陀落院」と名付けられたこと、などの内容が読み取れます。
本尊の三面千手観音菩薩(写真②)は昭和39年(1964)の西端さかえ『四国八十八ヶ札所遍路記』によると、「本堂の外陣におかげを頂いた人たちが書き残していった額や札があった」と記され、「狂死寸前に助かる」などの霊験譚が紹介されています。

観音霊場のキーワードである「補陀落」とは、サンスクリット語の「ポータラカ」の音訳です。それはインドの南端にある伝説上の山(補陀落山)で、観音菩薩の住むとされる浄土を意味しています。つまり「補陀落渡海」とは、観音菩薩の住むとされる浄土を目指して、わずかな食糧を舟に積み、南海洋上に漕ぎ出すことで、それは「生きながらの水葬」「南海の観音に捧げる捨身行」ともいえます。
日本では紀伊半島に位置する熊野は、海の彼方に理想郷・常世(とこよ)の国があると信じられ、それに観音信仰が結びついて補陀落渡海が行われるようになったと考えられています。熊野にある補陀洛山寺(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)は、観音浄土へ向かう「補陀落渡海の出発点」とされました。
「補陀落渡海者一覧」(『熊野三山信仰事典』戎光祥出版、1998年)によると、渡海記録は9世紀に遡り、15~17世紀にピークを迎え、18世紀で終わっています。渡海の件数は熊野発が最も多く20件を数えますが、2番目に多いのが金剛福寺のある足摺岬発で、11~15世紀に4~5件が確認されています。
足摺岬から補陀落渡海を行う僧の話が、鎌倉時代後期の日記『とはずがたり』巻5に紹介されています。
「(前略)岬に至りぬ。一葉の舟に棹さして、南をさして行く。坊主泣く泣く、『われを捨てていづくへ行くぞ』といふ。小法師、『補陀落(ふだらく)世界へまかりぬ』と答ふ。見れば、二人の菩薩になりて、舟の艫舳(ともへ)に立ちたり。心憂く悲しくて、泣く泣く足摺りをしたりけるより、足摺の岬といふなり。」
意訳すると、金剛福寺にいた修行僧のもとにやってきた小法師は小僧を誘って、2人で岬の端に至り、一葉の舟に棹さし南へ向かって大海へと出てゆく。修行僧は泣く泣く「我を捨ててどこへ行くのか」と叫ぶと、小法師は「補陀落世界に参ります」と答えた。見ると2人は観音菩薩になり、船の艫(とも)と舳(へ)に立っていた。修行僧は悲しみのあまり、泣く泣く足摺りをしたので、足摺岬と呼ぶようになりました。
地理的に熊野よりもさらに南方の足摺岬に位置する金剛福寺は太平洋の水平線を臨むことができる大海原に面し(写真③)、『とはずがたり』に記されているように、日本(四国)から観音浄土を目指す理想的な補陀落渡海の出発点であったことがわかります。

観音霊場の金剛福寺と補陀落渡海の歴史を物語るものとして、御詠歌「ふだらくやここはみさきの船の棹 とるもすつるも法の蹉跎山」があります。その意味について、昭和6年(1931)の安田寛明『四国遍路のすすめ』によれば、「此の霊場は岬の船の様である。沖まで遥かに見渡せば、雲波の海珊瑚の宝ぞ相茂る御法りの船に棹を差し取るも捨てるも仏教のご沙汰次第と云う事です」と解釈されています。まさしく補陀落渡海の霊場であることが金剛福寺の御詠歌に謳われています。また、同寺には、三筆の一人・嵯峨天皇の宸筆と伝えられる「補陀落東門」の扁額(土佐清水市指定文化財)が伝わっています。現在の仁王門には新しい「補陀落東門」の額が掛けられています。
四国霊場には「補陀落院」の金剛福寺の他にも、瀬戸内海側の札所寺院で第86番志度寺(本尊十一面観音菩薩、香川県さぬき市)と第87番長尾寺(本尊聖観音菩薩、同市)は山号が「補陀落山」です。観音信仰の広がりによって、様々な場所が観音菩薩の住むとされる理想郷「補陀落」になぞえられたことがわかります。四国遍路の信仰の源流にはこうした観音信仰の特徴である海洋信仰が大きく影響していると考えられています。









































