駕籠の修復(その1)

2009年8月20日

 以前、ブログで紹介していた駕籠ですが、ボランティアさんによる清掃の後どうなったのか気になっている方もいらっしゃるかも!?(知らないよとおっしゃる方は3月24日と5月20日の記事をご参照くださいね)

 開幕までのカウントダウンがはじまっている特別展「広重と北斎の東海道五十三次と浮世絵名品展」(9月15日~11月3日)に展示するため、密かに破損箇所の修復を行っていました。

 今回の修復の目的は、ズバリ「人が乗り込める体験用の駕籠」にすること!!
 まず、残っている部品などから推測できる部分の復元補修を行うこと個所を業者さんと打ち合わせしました。
 おおまかな補修箇所は、紛失している引き戸の製作、剥がれて裏貼りがむきだしになっている屋根や吊り棒を取り付ける金具、剥がれた内装部分などの補修になります。

屋根の部分

駕籠の内部

清掃作業の時に除けておいた駕籠の中に散らばっていた木の桟(さん)と思われる木片は、補修の際に何かに使えるかもしれないので業者さんにお渡ししました。
清掃前の駕籠の内部

この駕籠の修復作業の様子は、次回へつづきます・・・。

博物館実習 無事終了

2009年8月19日

6日間にわたって実施した博物館実習、16日(日)に無事終了しました。
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  〈大盛況のワークショップ対応〉

 3日目からは毎日午後にワークショップの対応を体験してもらいましたが、お盆期間とあって参加者も多く、実習生にはなかなか心身ともに疲れる日々だったかもしれません。
 しかも、午前にはきっちり資料整理実習もこなすというカリキュラム・・・。
 でも非常に助かりました。ありがとうございました。

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  〈もちろんデスクワークも〉

 この6日間で博物館のいろんな部分に触れ、博物館の活動がどのようなものか、実体験の中で理解してもらえたのではないでしょうか。
 普段できない体験に、みなさん緊張気味ながらも興味深そうに、そして楽しそうに過ごしていたのが印象的でした。
 これから、どこかの博物館や史跡を訪れたり、文化財に触れたりする機会には、きっと今回の実習を思い出し、他の人とはちょっと違った見方をしてもらえることでしょう。
 本当にお疲れ様でした。

150万人達成

2009年8月13日

 本日、れきはくの入館者が、平成6年11月のオープン以来150万人を達成しました。その記念すべき150万人目の入館者になったのは、お父さんとお友だちと一緒に来た西予市内在住の小学3年生の直起くん。

入口から人力車に乗り、セレモニー会場へと移動しました。

会場では、館長から花束と認定証が授与されました。

れきはくのキャラクターと一緒に記念のカメラにおさまりました。

テレビ局や新聞社などマスコミの取材も受けました。
なれないことばかりで、少々緊張したかな…。
偶然にも、今日が9歳の誕生日だった直起くん。いい思い出になったね♪

ナイト☆ミュージアム

本日8月13日(木)から15日(土)までの3日間、愛媛県歴史文化博物館は、21:00まで開館しています。

 幻想的な光を放つ約200個の“あんどん”が皆さんをお出迎え!!

やわらかな光に包まれた歴博で一緒に夏の夜を楽しもう。

歴博あんどん祭り開幕!

愛媛県歴史文化博物館あんどん祭り

 本日8月13日、愛媛県歴史文化博物館で、夏休みイベント「歴博あんどん祭り~光の花道~」が開幕しました。8月16日までの4日間、多くのイベントを用意しています。(博物館のエントランスホールには、赤いじゅうたん沿いに、西予市、八幡浜市、大洲市の小中学生が大洲和紙に歌舞伎や夏をイメージして描いた「あんどん」を200個、飾っています。)
まずは、本日13日13:00~と17:00~、多目的ホールで、アニメ映画「ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!」が上映されます。

愛媛県歴史文化博物館 人力車

また、16日までの各日、10:00~と15:00~、愛媛県歴史文化博物館の地元、卯之町の中町人力車倶楽部のご協力のもと、博物館内を人力車に試乗できるコーナーも設けています。クイズや隠れキャラを探しながらの人力車の試乗体験です。

愛媛県歴史文化博物館 あんどん作り

13日~16日、13:00~17:00には、ワークショップ「オリジナル ミニ・あんどんを作ろう!」がオリエンテーションルームで行われます。上の写真がミニ・あんどん。中には、蜜蝋(みつろう)のキャンドルを灯すことができます。
愛媛県歴史文化博物館 歌舞伎
また、特別展「歌舞伎と文楽の世界」にあわせて、当博物館で所蔵している芝居絵をもとに作った「歌舞伎福笑い」体験コーナーもあります。

その他、14日、15日には、筝曲の演奏会などもあります。詳しくは、当館ホームページのトップページをごらんください。

13日~15日は、開館時間が21:00までとなっています。みなさまのご来館をお待ちしています。

博物館実習

2009年8月12日

 博物館学芸員の資格を取得するには、大学などで所定の単位を取得する必要があります。そのひとつに「博物館実習」があります。
 当館でも、今年は8月11日(火)から16日(日)の間に、4名の実習生が県内外の大学から参加しています。
 この間、館内の施設見学から始まって、各分野の資料整理や体験イベント対応、また展示監視・受付の実習など、博物館業務を多岐にわたって実見・体験することになります。
 最近の博物館では、ただ資料を展示して見せるだけではなく、参加して楽しみながら学べるような体験型のスタイルが重視されてきています。当館でも、ちょうどお盆期間中でいろいろなイベントを実施しているということで、実習生にもどんどん普及活動に館側の人間として関わってもらうようにしています。
 普段見られない博物館の裏側、学芸員の専門業務、保管されている実物資料などを実際に見て体験できるとあって、暑さ真っ盛りの時期ながら、実習生のみなさんとても熱心に、そして楽しそうに日々実習を続けています。(送り出した大学関係者の皆様、どうぞご安心ください。)

  石器と図面を照合してます。
 まだまだ日程は残っています。頑張りましょう。実習の途中経過報告でした。

棉の花が咲きました。

2009年8月9日

 エントランスから展示室入口を入ってすぐの中庭に、今年は棉の栽培にチャレンジしています。棉の種はれきはく友の会の会員さんに分けていただきました。
 5月初めに植えた棉は、ムシに食べられて全滅し、もう一度種をまきなおしたり、雨が少なくて成長が遅かったりと気をもみましたが、やっと昨日、花が咲きました。

棉の花

分けていただいた綿の種は、花の色からみると和綿ではなく洋綿のようです。

中庭

中庭は建物に囲まれているせいか風が強く吹いて棉が倒れてしまうので、ボランティアさんたちにもご協力いただいて支柱を立てました。棉が無事収穫できるとよいのですが・・。

 愛媛県内における棉の栽培について調べてみると、松山・今治・西条付近で多く栽培され、明治以降も水の不足する地域を中心に盛んに栽培が行われていたようですが、アメリカ綿の輸入増加に押されて明治27年頃から急速に衰退してしまいました。

 展示室へ向かう年配のお客さまの中には、中庭の棉にお気づきになって懐かしく感じられる方がいらっしゃるようです。

松井今朝子さん講演会

2009年8月8日

松井今朝子先生歌舞伎講演

 本日、作家・松井今朝子先生をお招きして、講演会「歌舞伎と遊ぶ」が開催されました。
 約200名もの参加者でした。松井先生からは、事前に質問も受けていただけるとのことで、お話の終了後、質疑応答もあり、参加者としても交流ができた雰囲気になり、充実した講演会でした。

 松井先生は、講演終了後、特別展「歌舞伎と文楽の世界」をご覧になって、その後、西予市宇和町卯之町の中町(なかのちょう)の町並みを見学され、一路、東京へ戻られました。
 また、特別展「歌舞伎と文楽の世界」では、講演会に参加していただいた方のために、臨時の展示解説会も開催し、約50名が熱心に解説を聞いていただきました。
 歌舞伎と文楽の魅力を、多くの来館者に聞いていただき、見ていただき、ありがとうございました。

※特別展「歌舞伎と文楽の世界」は、8月31日まで開催しています。

展示室から生中継

2009年8月7日

ラジオ 歌舞伎文楽

8月6日22:00~24:00、南海放送ラジオで、特別展「歌舞伎と文楽の世界」の展示会場から、ラジオ生中継がありました。
番組タイトルは「明治の南予物語」。当館職員をはじめ、西予市内の先生方を招いて、歌舞伎・文楽といった芝居や、宇和町卯之町の開明学校を題材に教育の話、そして卯之町中町を舞台に「あんどん」の光の祭典「卯のほたる」などを取り上げて、2時間、フリートークをくりひろげました。
明治時代から南予地方で使われてきた文楽の人形に囲まれながらの生中継。深夜で観客はいませんでしたが、多くの人形たちに見守られながらのシンポジウムでした。

愛媛の農村歌舞伎―川瀬歌舞伎―

2009年8月5日

川瀬歌舞伎

 写真は、川瀬歌舞伎(久万高原町)の玉三(「玉藻前曦袂」三段目道春館の段)です。

 川瀬歌舞伎は、上浮穴郡久万高原町直瀬に伝わる農村歌舞伎(地芝居)で、県内では現存する唯一の歌舞伎です。川瀬歌舞伎保存会が組織され、町の無形文化財に指定されています。開演日時は不定期ですが、芸能発表会などに招かれて演じられます。大正8(1919)年に下直瀬の人々が「敷島会」を結成したのに始まるとされますが、江戸時代末期の安政4(1857)年頃には既に演じられていたと思われます。
 川瀬歌舞伎の伝承されている川瀬地区をはじめ、久万高原町一円では、歌舞伎に先立って、浄瑠璃(三味線伴奏による語り物)が盛んだったといわれます。これはこの地域に限ったことではなく、浄瑠璃の流行という下地があってこそ、人形浄瑠璃(文楽)や農村歌舞伎を地元で行うことができるようになったのです。
 川瀬歌舞伎の最盛期は昭和初期といわれています。戦時中、戦後には衰退しましたが、昭和35年に下直瀬公民館を中心に歌舞伎保存会を組織、再興され、現在にまで伝承されています。
 なお、川瀬歌舞伎が歌舞伎と人形浄瑠璃の双方の要素を取り入れたものとして注目されます。川瀬歌舞伎では、人形浄瑠璃(文楽)と同じく、太夫が浄瑠璃を語り、三味弾きが音楽を奏でます。そして太夫が情景描写だけでなく、役者自身が語るべき台詞も語っています。役者は演じること(舞・踊・振り)に専念します。このような形態は全国でも数少なく、人形浄瑠璃(文楽)との混交が見られます。