
備前焼壺と銭貨(個人蔵・当館保管)
これは、昭和24年ころ、東温市松瀬川の山中から出土した備前焼壺で、中に一万枚あまりの銅銭が入っていました。そのうち3000枚が調査され、もっとも古い銅銭は中国の唐代の開元通宝(初鋳621年)で、もっとも新しいものは明代の永楽通宝(1408年)でした。現在は2000枚あまりが現存しており、近年の調査では、唐、北宋、明など8王朝、55種類の銭貨と無文銭や模鋳銭が含まれていることがわかりました。そのうちもっとも多かった銭種は永楽通宝でした。中世には、中国から輸入した銅銭が使用されていましたが、近年では日本でも模鋳銭が作られていることが明らかになってきています。
壺は岡山県備前市で焼成された備前焼で、室町時代の15世紀後半のものと考えられます。丈夫な備前焼を銭の埋蔵容器として活用していたことがわかります。中世の備前焼は、壺・甕・すり鉢が生産され、伊予にも大量にも流通していることが明らかになっています。このような大量出土銭を詳細に検討することにより、銭や備前焼の流通をうかがい知ることができます。
地中から大量の銭貨を埋蔵した事例が全国的にみられます。その理由として、中世の人々が、戦禍や天災を避けるために地中に備蓄したことや、神仏に捧げるために地中に埋納したことなどが考えられていますが、検証材料が少なく、断定するにはいたっていません。
中世の松瀬川の人々も、備前焼の壺を容器として、中に大量の唐~明代の銅銭を入れて、なんらかの意図を込めて埋蔵したのでしょう。どんな想いだったのでしょうか?
第二会場に展示していますので、ぜひご覧ください。
