佳姫の婚礼6-佳姫の奥女中-

2011年3月26日

 安政3(1856)年8月10日にも、宇和島藩から秋田藩の留守居に対して連絡があります。その内容は佳姫が秋田藩から連れて来る奥女中の人数を17人以内にして欲しいということです。そして、もし17人以下なら、宇和島藩側で足りない人数を補充するとも答えています。それに対して、秋田藩の返答では、老女1人、若年寄1人、中老4人、御小姓1人、表使1人、御次4人、御中居2人、御末3人の合計17人が佳姫付きとして宇和島藩に入ることが記されています。お姫様が結婚する場合、お姫様だけが婚家に移ってくるわけではなく、実家の藩の奥女中組織がそのまま移ってくることがこの資料からわかります。

 以前、NHKの大河ドラマの「篤姫」で、松坂慶子さん演じる幾島という女性が篤姫と一緒に入っていましたが、幾島は「篤姫君付つぼね」という位置で、幕府でいう老女に相当する役職として大奥に入っています。篤姫の場合もそれなりの人数薩摩藩の奥から幕府へ入っていたのではないかと思います。そして、幕府の奥女中と薩摩藩の奥女中との間にはかなりの手紙のやりとりがなされ、篤姫の好みである薩摩の味噌が、薩摩の奥向から幕府の大奥へと送られてたりしたようです。佳姫の場合も一人で宇和島藩に入るわけではなく、老女を頂点とする佳姫付きの奥女中組織そのものが宇和島藩に移ってきたということになります。