祝!等妙寺旧境内が国指定の史跡へ

2007年11月17日

旧等妙寺跡
  等妙寺旧境内出土褐釉龍文壺(かつゆうりゅうもんこ) 鬼北町教育委員会提供

 このたび、鬼北町奈良に所在する等妙寺旧境内が、国の史跡として指定されることが答申されました。決定すれば、宇和島城や河後森城跡や湯築城跡などとともに、十一番目の国指定史跡になります。
 等妙寺旧境内は、鬼ヶ城山系に連なる郭公岳(標高1010m)の尾根筋に位置する中世の山岳寺院で、鎌倉期の戒律復興運動のなかで遠国四箇の戒場として定められた天台律宗系寺院です。鬼北町教育委員会により1994年から発掘調査が実施され、14世紀から16世紀末まで機能していたことが明らかになっています。
 現在、当館で開催されている「戦国南予風雲録」展にて、等妙寺旧境内出土の遺物を展示しています。寺院での生活や儀式に使用されたと考えられる中国から輸入された青磁や白磁、青花などの貿易陶磁器が数多く出土しています。なかでも褐釉龍文壺は、中国南部で生産されたと考えられるやきもので、胴部に龍が巻きつき、肩部では耳を形成する六耳壺で、全国でも数少ない出土品として注目されます。ほかに備前焼の水指や天目茶碗などの茶道具、金色に輝く仏具などもあります。
 等妙寺旧境内のさまざまな資料を、愛媛県歴史文化博物館で見ることのできる絶好の機会ですので、ぜひご来場ください。